第76話 またいつもの日常に戻った
ギルド体験も終わり、空は夕日でオレンジ色に透き通って、気温も昼からちょっとずつ肌寒くなってきた頃、俺はとぼとぼ歩いて寮へと戻る途中だ。
ギルド体験は無事に終わったのはいいんだけど、もう一つ問題を抱えていたことを思い出したから、少しテンションが落ちている。俺はユリアと喧嘩したままだった。
このままだと、一生ユリアとこんな気まずい関係が続くことになる。いや良いんだよ別に、ただの騎士と姫っていう関係だけで。料理作りに来なくても、朝起こしに来なくても、一緒に学園に行かなくても。
でも、喧嘩してから1週間くらい、1人で過ごして、何かが満たされなかった。孤独は慣れているはずなのに。ユリアといるのが当たり前だったから。
こんなふうに思うようになったのはなんでだろうな。認められて自己肯定感が2ミリ上がったから?ひとまずギルド体験という恐怖イベントが終わって気持ちが落ち着いているから?
まあ、今はどうでもいいか。結局俺はまたユリアと普通の関係でいたいって思ってしまっている。可愛いし、可愛いし、あと可愛いし。優しいし。嘘かもしれないけど俺を否定しないし。なんだかんだ楽しいし。
俺から、明日、謝ってみるか。今日は疲れたから、明日でいい。人間なんて嘘でまみれた生き物だ。ユリアが俺の気持ちを分かっていてもいなくても、俺を傷つけまいとして言ってくれただけだ。嘘でもほんとでもどっちでもいいじゃねえか。
俺は寮に戻り、自分の部屋の扉に手をかけて、ゆっくりと開けた。あいつらとのコミュニケーションとボスゴリとの対決で完全に疲れきっていた。速攻ベッドに潜ろうと、視線は完全にベッドに向けて歩いて行ったのだが……横目に何か人影が見えた。
「チー君……その、おかえり」
ソファにはユリアが座っていて俺を見上げていた。ユリアは少し視線を逸らしながら、サイドの髪をいじっている。ユリアも気まずかったってことだろうな。
じゃなくて、なんで俺の部屋にユリアが?この1週間ずっと来なかったのに。それに、料理ができているのか、キッチンの方から香ばしいにおいが鼻をつく。
料理まで作ってくれたのか?怒ってたんじゃないのか?ていうか、疲れもそうだが、緊張もあって明日謝るつもりだったのに、なんか、今しなきゃいけない雰囲気みたいじゃないか。
おかえりとは言われたが、俺は気まずいから無言でうなずいて、とりあえずユリアと向かいのソファに腰を掛ける。それと同時だった。
『あの』
ユリアと俺の声がかぶる。ユリアは目を丸くして、すぐに苦笑する。久しぶりにユリアの顔見たけど、ほんと可愛い。俺は直視できずに目を逸らす。
「チー君からにする?」
「いや、ユリアからで」
「うん、分かった」
ユリアは一旦深呼吸した後、俺をまっすぐ見る。
「ごめんなさい」
「え?」
「まず、勝手に体験に申し込んだこともそうだし、チー君がどれだけ苦労したかも知らずに安易に分かるよ、なんて言って怒らせちゃった」
俺はすかさずユリアに謝る。
「いや、俺こそあんな怒ってすみません。まあ、正直、えっと、ギルド体験、行って良かったって、思います、2ミリくらい」
「2ミリ!?」
「みんな、俺を認めてくれて、少しだけ、嬉しかったです。まあ嘘だろうけど」
「相変わらず一言多いよね……でも、そう思ってくれて良かった。一歩前進だね」
一歩だけな。
「ねえ、ギルド体験ではどんなことしてきたの?何認められたの?」
「え、いや、ブラックオルフを、その、パーティ組んで討伐したというか」
「Cランクだね。チー君なら楽勝だよね」
なぜそこまで俺を過大評価するんだ。
「その後、ボスゴリだっけ、そいつが現れて……」
「ボスゴリ!?ち、チー君大丈夫だった!?ケガはない!?」
ユリアは焦ってテーブルに手をついて身を乗り出してきた。こんな焦る必要もないのに、ほんと、純粋というかお人好しというか。こういうの見ると、ほんとに心配してくれてるみたいじゃん。
「いや、大丈夫ですから、一応討伐しましたし……」
「はい?ボスゴリってAランクの狂暴な……えっと、プロの冒険者が、討伐したんだよね?」
スタッフも大して役に立たなかったしなあ。まあムンを庇って攻撃食らって即気絶しただけだから仕方ないけど。
「いや、ほぼ俺が……」
と俺は言いかけて、すぐに言い直した。
「はい。プロの冒険者です」
「今”俺が”って言いかけた!嘘つくないでよ!やっぱチー君おかしいよ!そりゃ皆も認めてくれるよ!で、でも私はもっと昔からチー君すごいって分かってたもんね!」
むんっとなぜかドヤ顔をするユリア。ほんとよくわからなくて可愛い。なぜお前が誇る。見ていてほんと面白いな。
「あ、チー君ちょっとだけ笑った」
「気のせいです」
俺が笑った?そりゃMAD動画とかゲームで煽るときとかは爆笑しているが、この世界に来てから笑うなんて一切なかったはず。
「チー君ももっと気楽でいいんだよ?今みたいに」
「……まあ、善処します」
気楽に生きる、できるんならそうしたいわ。前世のせいで普通をずっと束縛されてたんだから。今更、安心なんて得られない。今も人が怖いし信用できないし、自己肯定感も低いまま。まあ、前世よりは、マシにはなった、かな。
すると、ユリアは少しだけ顔を赤く染めながら、隠すように俯く。そのまま話始める。
「話は変わるけどさ。えっとね?ちょっと、その、寂しかったというか……ほら、いつもチー君と一緒に行動してたし、料理とかも癖みたいになってたから!その、またいつもみたいに、チー君の部屋来てもいい?またいつもみたいに、話したいのもあるし、その……チー君はどう思ってる?」
「え?いや……」
そりゃ、俺もなんか欠けたような満たされない気持ちだったし、まあそれを寂しいって言うんだろうけど。ユリアも同じ気持ちだったのかと、少し安心もしていた。
そりゃ、俺も同じ気持ちだと素直に言いたいが、恥ずかしい。
「もちろん、騎士としていつもみたいに守りますんで。一応契約なんで」
「そういうのじゃない!バカ。チー君はまたいつも通りが良いの!?喧嘩したままが良いの!?どっち!?」
ユリアは急に俺の目の前に距離を詰めてくる。なんだこの威圧感と可愛さは。俺はそれに負けて咄嗟に「いつも通りで……」と言ってしまった。
「良かった。じゃあ仲直り。その、チー君の過去のことは確かに私は知らないけど、もし、本当に私を信頼出来たら、話してほしいな」
「まあ、いつか」
まあ、今にでも話して、共感してもらいたい気持ちもあるにはあるけど、信頼できる日が来れば……。まあいつでもいいさ。
「じゃあご飯食べよ。今日は……はい、オムライス!チー君に初めて作ってあげた料理だよね~」
そう言えばそうだったな。当時はこの世界にもオムライスがあるのかと驚いた記憶。それに普通に美味かった。
ユリアがキッチンからオムライスを持ってきて、食卓に並ぶ。なんか、こうして誰かと食事をするのって、今更ながら、普通の生活って感じがしないか?俺の憧れていた、普通。いや、普通以上に恵まれている?
こんな生活できてるのも、ちょっとだけ人を信じられるようになったのも、イケメンと遺伝子のおかげだ。本当に恵まれているなあ。
と感慨深い思いにふけながら、一口。うん。普通に美味かった。
1年生編 完
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もし面白かったら、評価とブクマ登録をお願いします!
執筆の励みになります!




