第45話 完全な信頼など存在しないよね
このままじゃ俺がただのやばい奴に思われかねないので、とりあえず屋上の出入り口へ手を伸ばし、ひょいっと軽く手を振る。
すると、屋上の出入り口に隠れていたリーファが姿を現す。リーファはヤンキのことも連れてきていた。ヤンキの表情はいつにもまして青白かった。
リーファはヤンキを引きずりながら、俺のところにゆっくりと歩いてくる。
「チー、すべて聞かせてもらった。で、こいつが例の殺し屋か」
「はい」
昨日、ライの犯行が確定したので、今日の朝、事前にリーファに昼に付いてきて欲しいと頼んでおいた。一人じゃ怖いのでネクラと。ついでにヤンキも連れてきて欲しいと頼んだ。
ネクラはライの目の前にかがんで、質問する。
「ライ、お前はここにいるヤンキに依頼されたんだよな?」
「ち、ちが」
「しらばっくれんな」
ネクラはライの小指を一本、短剣で切り落とす。そしてライは再び発狂する。まて、ネクラ、俺グロいのきついんだって……。てかやり方が893じゃねえか……。
「やめろ!わかった!こいつだ、こいつに依頼された!5000万ウェンで交渉した!」
ついに吐いた。というか、ネクラのやり方のせいで無理やり言わされたようにしか見えなかったが……。
すると、ヤンキが尻もちをついて、声を震わせながら言い訳をし始める。
「こ、こんなやつ知らない!誰だよこいつ!」
ヤンキもしらばっくれる。それを見たライが残った片腕でヤンキの胸倉を掴み、怒りを露わにする。
「て、てめえ!ヤンキ・カネズーキ!てめえがわざわざ俺を呼び出してきやがったくせにしらばっくれんのか!?てめえの下らねえ逆恨みのせいでなんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」
「俺は知らねえ!知らねえ!」
ははは、おもしろ。仲間割れしてんじゃん。俺はユリアとレッドに向かって皮肉っぽく言った。
「ほら。見てください。ヤンキみたいに、人間ってこうやって都合が悪くなると簡単に人を裏切るんすよ。
これ見たら、人を信用するのって、怖いと思いません?もちろん、誰も信じるなとは言いませんけど、人を”完全に”信じるとかは、その、もう少し考えたほうがいいと思いますけどね」
「……」
2人は何も言えない。仕方ない。ユリアは単純にお人好しすぎるというか優しすぎるし、レッドもすぐに仲良くできるってことはすぐに人を信用するんだろう。
人は信頼した奴に裏切られるときのダメージはでかい。だから、俺はどんなに信頼していたやつでも、少なくとも2割は疑いの目を持っている。
もちろん、ユリアのことも常に疑う。ユリアのすべてを知っているわけではない。もしかしたら、ユリアは俺をうざいとか嫌いとか思ってるかもしれん。
話を聞いていたリーファは、いがみ合っていたヤンキとライの首根っこを掴んで、手慣れたように縄で拘束した。
「チー、ネクラ、お手柄だったぞ。さて、お前ら。治安隊に連行するが、言い残すことは無いな?ああ、ヤンキ、もちろんお前は退学処分だ」
治安隊はこの世界での警察みたいなものだ。ライは何も言えずに俯いて固まる。覚悟は速いな。まあ言い逃れもできるわけない。
ただ、ヤンキは最後まで抵抗を続けた。
「だ、だから!こいつのことは知らない!俺は依頼なんかしてない!」
「黙れ」
リーファはバシンとヤンキの顔を思いっきりぶっ叩く。乾いた衝撃音が屋上に響いた。叩かれたヤンキは……白目を向いて気絶した。
そのまんま二人の首根っこを掴んだまま立ち上がり、リーファはネクラに言い残した。
「あ、ネクラ、そこの血、綺麗に拭いとけよ」
「あ、はい」
そのまま、ライとヤンキを引きずって屋上から消えていった。ネクラが俺のところに来て耳打ちする。
「あの、師匠……掃除手伝ってくれません?」
「いや、リアルな血とかグロくて無理なんで……」
「ええ……」
こうして、ヤンキによる嫌がらせはすべて解決したのだった。
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その日の夜の事。
「チー君!ちょっといい!?」
「ひ!?え、あ、はい……?」
俺は部屋のソファでダラダラとくつろいでいると、バタンッ!とユリアの部屋の扉が開いた。俺はビビって反射的に起き上がる。扉の前には、眉間にしわを寄せたユリアが立っていた。
いや、そもそも平然と人の部屋に勝手に入ってこないでもらえます?ノックするって約束はどうした?俺ユリアの事助けてあげたのに、なんだよこの仕打ちは。
「わ、私の事本当に信頼してくれてないの!?友達だよね!?」
あ、そのことか。
「信頼してない、とは言ってないです。完全に信頼してないってだけで」
「ほぼ同じでしょ!」
相当ショックだったっぽい。てか、別に同じじゃなくね?
「人を完全に信頼すれば、裏切られた時、どれだけ辛いか分かりますか」
「確かにそれはそうだけど……そんなにみんな疑ってて、疲れないの?」
「そりゃ、俺だって疑いたくないですけど、自分を守るためにも、疑わないとやっていられないんすよ。ユリアだって、俺を心の中ではどう思っているか分からないし」
「私はチー君の事悪くなんて思ってないもん」
「って口では言っても、ユリアは嘘をついてる可能性は0じゃない。ユリア本人にしか真実は分からない。もちろん、俺はユリアの心の中は読めません。だから、疑わずにはいられないんです。表面上のユリアしか、俺は知りません」
「そう、だけど……じゃあ、チー君はどうすれば私を信頼してくれるの……?」
ユリアは肩を落として、俯きながら声を絞り出して聞いてきた。
それは、多分、一生ないだろうな。ユリアの言動一つ一つを、疑わずにはいられない。てか、普通はそう言うもんじゃないのか?ユリアは続ける。
「そもそも、チー君はそこまで人間不信になるほどの何かがあったの?」
そりゃ、前世の扱いを受ければ、人間不信にもなる。ただ、それを言えば転生者だとバレる。この話を終わらせたいから、とりあえず信頼してると伝える。
「あの、とりあえず、俺はユリアを信頼してますからね?」
「え?ほんと?」
「6割」
「6割!?」
「ユリアも、その、ちゃんと相手がどんな人か見極めて、関係を築くべきだと思います。というか、元王族なんだからさすがに危機感持ってください。えっと、ライを見たでしょう?すべて疑えとは言いません。もし俺がライを疑っていなければ、ユリアは死んでましたね」
「う……そ、そう、だね。あ、そう言えば、動揺ばかりしてて、ちゃんとお礼言ってなかった。私を守ってくれてありがと。また助けられちゃったね。本当に、チー君が私の騎士で良かった」
なんか、礼を言われるのに慣れていなくて、変な感じになる。それに、今のユリアのちょっとした笑顔を見るだけでも、少し報われるな。
騎士も、なんだかんだ悪くない。多分、今、俺とユリアを繋ぎとめているのは姫と騎士の関係があるから。こんな俺を本当に友達と思っているなんて信じられない。まあそれもユリア本人にしか分からないが。
「わ、私、頑張るから。チー君に完全に信頼してもらえるように」
「え、あ、はい。てか、なんでそんなに俺の信用を得たいんすか」
「友達だから!」
「そうですか」
ほんとかなあ。
まあ疑うって言ってる俺も、本当は完全に誰かを信頼して、楽しく生きていきたいものだ。と、ユリアがトントンと俺の肩を手でつつく。
「あのね。チー君にプレゼントがあって……」
「あ、はい」
プレゼント?生まれてこの方、家族以外にプレゼントをもらったことなんて無いぞ?すげえな、イケメン効果。
でも、ちょっと嫌なイベントではある。リアクションだ。喜ぶリアクションができない。まあ、ユリアも俺のリアクションに期待するとは思ってないだろうけど、やっぱ、あげる側からすれば、喜んでくれた方が嬉しいのだ。
リアクションが薄ければ、次のプレゼントは無い(かもしれない)。なんか緊張する。
「それに、前にチー君のこと、怒鳴っちゃったから、仲直りの意味も込めて、ね?」
卵焼きぶっ飛ばして怒られたっけな。あれからちょっと気まずかったし、ユリアもずっと言うタイミングを探してたのかもしれない。
ユリアが棚から何かを取り出す。
「その、これ。手袋、その、チー君、前、ライに出会った後に手袋捨ててたでしょ?だから、頑張って編んだの」
青色の、手作りって感じの手袋だった。
「もしかして、手作りっすか?」
「う、うん。嫌だったら、いいけど……」
「嫌じゃない、えっと、あ、ありがとうございます」
「いいんだよ、なんども助けられちゃってるし」
ユリアの手作りの手袋か。すごいな。最近ユリアが部屋でなにかに夢中になっていたのはちらっと見ていたが、まさか俺のために手袋を縫っていたとは。
俺のため?なんで、そこまでしてくれるんだろう。
俺のリアクションを見て、ユリアは良かった、と胸に手を当てて安堵していた。結局、まともなリアクション取れなかったけど、まあいいだろう。




