第44話 疑うことは普通じゃないのか?
ライの宙を舞った手首の飛び血が、ユリアの顔にポタっとこびりつき、赤黒く染まる。ユリアは顔に付いた血を手で拭った。手に付いた鮮血を見て、すぐに恐怖の表情に変わり、ただ足を震わせ、茫然と立ち尽くしていた。
ライは数秒後、自分の手首がなくなったことを認識した後、気を失うほどの痛みに絶叫し始める。
「あ、ああ、あああああああ!!!俺の手がああああ!!!てめえらあああ!誰がやったあああ!!!」
ライは自分の手首を抑えながら学園全体に響き渡るかというくらいに声を荒げた。お、ライらしくない叫び。今日までずっと”僕”だったのに、今は俺と言ったな。ついに本性を現したか。
いつの間にか、ライの隣にはネクラが立っていて、右手には血に染まった短剣を持っていた。そして宙に飛んで落ちてくるライの左手を、ネクラは左手でキャッチする。ネクラの表情は未だに無表情で変わらないのが、少し怖い。
ライの絶叫の後、皆の視線が静かにネクラに集まっていく。このネクラを見ると、改めて暗殺一家の一員なんだなと思ってしまう。腕を奪うことに躊躇がなかった。
「ね、ネクラ君……なの?」
「ネクラ?おまえ、どういうことだよ!」
ネクラはユリアとレッドに問い詰められるが、顔色を一切変えずに言い放つ。
「え、いや、ユリアを守ろうとしただけっすよ」
ユリアはネクラの言ったことを信じずにそのまま言い返す。
「お、おかしいよ!私を守ろうって、じゃあなんでライ君がこんな!ひどいよ!」
こんなユリア見たことない。ユリアは目に涙を浮かべながら、怒りを表しながら叫んでいる。
だが、ネクラは俺たちにライの手首を見せる。
「じゃあ、これ、何すかね?」
ライの手首の腕輪にくっついている、小さい針を拾い上げる。みんな、その針に釘付けになる。ライの顔は青ざめていく。
ネクラはその針のにおいを嗅いで、納得したように言った。
「……うん。これ強力な毒っすね。ユリアに近づいて毒針を刺そうとしてた。これ、普通の人間なら数ミリでも数分で命落とす毒っすね」
ネクラのセリフにレッドとユリアは凍り付く。そしてユリアとレッドの二人はライに視線を向ける。
ネクラの奴、やけに毒に詳しいな……と一瞬思ったが、そういえばこいつ暗殺者だったわ。
わなわなと震えていたライは、何とかこの場をしのごうと、すぐに叫び始める。
「クソガキ!てめえ俺に罪を着せようとしてんのか!?それはお前が持ってた針じゃないのか!?それを俺の手首に仕込んでたみたいな言い方しやがって!」
「いや、手首にくっついてたのお前も見てたっすよね?わざわざこうやって腕輪に仕込んで」
「黙れ!これは罠だ!みんな、聞いてくれ、これはネクラが僕を陥れるための罠だ!……信じてくれ、普段ほとんど喋らない感情の無いような奴の言葉を信じるのかよ!」
レッドとユリアは、ライの豹変ぶりに後ずさりして、表情は動揺の色を示していた。だが、まだライを疑いきれていないような気がする。
そりゃそうだ、ユリアもレッドもライのことをずっと信頼してきたんだから、動揺もする。まあ、ネクラもやり方が強引すぎるし、これじゃどっちが本当のことを言っているのかも分からなくもなるだろう。
俺はリュックからとあるものを取り出す。それをライに渡す。
「ライさん。えっと、これ、飲んでみて、ください……」
「は?チー、こんな時に何を……!?」
ライは俺の持っている水筒を見て明らかに動揺する。そしてなぜか後ずさりしながら必死に抵抗してきた。
「嫌だ!それを飲んだらし……ち、違う!っていうかこんなときに何を言ってるんだと聞いているんだ!」
俺が持っていたのは水色の水筒。ライがユリアにさっき渡した水筒とは別のものだ。俺はとぼけながらライに聞いてみる。
「え、あ、すいません、聞き取れなかったんすけど、その、それを飲んだら、し?」
「違う!そうじゃない!」
「じゃあ飲んでください」
俺は無理やりライの頭を手で押さえつけて飲ませる。今までライにイライラしてたから、かなり強引に。
ライはそれを口に含んだ後、すぐにそれを吐く。
「チー!てめえなにする!……ん!がはああ!」
ライはそれを飲んだ瞬間、いきなり吐血し始める。おう、かなり即効性の毒っぽいな。普通はバレにくいように効果を遅らせるような毒を盛るのが普通では?まあそれだけ、自分の暗殺に自信があったのか。
とりあえずライに死なれては困るので、俺はユリアに治癒を頼む。
「あ、やっぱり毒だったんすね。ユリア、その、一応死なれちゃ困るんで、えっと、毒だけ治癒してくれませんか」
「え?う、うん……」
ユリアは動揺しながらも詠唱を始め、ライの毒を治癒し始める。ユリアとレッドの俺を見る目も少し疑いが見え始めた。まあこのままじゃ俺もネクラも疑われそうなので、説明はだるいけど、まあ仕方ない。
「ユリア、レッド、とりあえずそのまま聞いてください。こいつはカネズーキ家から依頼された殺し屋です」
「え!?」「な!?」
ユリアとレッドはさらに動揺し始める。あ、ユリアの動揺で治癒が止まってライが苦しみ始めた。ざまあ。
「えっと、ユリア、治癒止めないで……」
「え?あ、うん、ごめん」
俺はライがほんと怪しくて、いつも笑顔で、それが単純にうざくて、ユリアに気に入られていたので、絶対にこいつは信用しない様にしていた。
なので、とりあえず2週間、ネクラに「ライの部屋を見張ってほしい」と頼んだのだ。そりゃ、ネクラは部屋をすり抜けたりできるし、暗殺者なのでこういう潜入ミッション的なのは得意だと思ったからな。
それにネクラも、師匠のためならと快く受けてくれた。しばらくはライも警戒していたのか不審な動きはなかったのだが、昨日の夜、ネクラはライが毒を水筒に入れていたのを発見。
「これで明日ユリアを殺せば、今回の任務は完了だ」と嬉しそうに独り言をつぶやいていたそうだ。そのことを昨日の夜、ネクラが俺に報告してくれた。
ライが寝たのを見計らい、姿を消してその水色の水筒を奪う。ネクラはその水筒を俺に持ってきてくれて、俺はその水筒とそっくりの水筒を錬成で作り上げる。錬成で作った毒の入っていない水筒を奴の部屋に戻す。俺は念のため毒入りの水色の水筒を持っておく。これでユリアの毒殺は防いだわけだ。すっごい簡単なお仕事だったよ。
で、今回の手首に仕込んだ毒針に関しては、お茶での毒殺が上手くいかなかった時の暗殺だと思われるが、それを見破ったのは単純にネクラ本人だ。俺もいきなり手首が飛んでビビったものだ。
ライは俺を睨みつけながら聞いてくる。
「てめえ、いつから俺を疑い始めた?」
「え、あ、その、最初から」
「はあ?」
「いやだって、その笑顔とかしゃべり方とか単純にうざかったので」
「てめえ、あのなあ、俺は今まで怪しまれたこともなかったし、てめえみたいな人間不信な奴も、じっくりと信頼関係を築いてきた。
そうやって俺の演技に騙され、信頼してきたのに付け入って、楽に殺してきた。なのに、てめえだけはずっと俺を疑ってたってのか!?まあお前は暗殺対象でもないし、警戒を怠った俺も悪かったが……それにしてもだ!てめえ何なんだよ!どんだけ人間不信なんだよ!」
俺の人間不信はそんなにやばいの?とりあえず正直に話す。
「そりゃ、人間はみんな信じないようにしてますから。その、レッドも、ユリアも、全員」
「ちょっと待って!?チー君!?私のことも信用してないの!?」
「俺もかよ!?」
ユリアとレッドがショックを受けていた。
「そりゃそうですよ。誰だって心の中でどう思っているかなんてわかりません。口では好きといっても、楽しいといっても、心の中では俺を嫌っているかもしれない。人間は自分の保身のために、良い人に見せるために、関係を壊さないために、他人に平気で嘘をつきます。だから誰も完全には信じない。疑い続ける」
ライが俺をやばい奴みたいに見てくる。
「な、なんなんだよてめえ……頭おかしいぞ?」
「え、あ、はい」
俺はもちろん肯定する。おかしいのは分かってる。でも、おかしくなったのは、前世のせいだから。
にしても、なんかみんなの視線が冷たい……。




