第35話 なんか知らんけど勝ってた
「ひっ!?」
俺はとっさに赤髪の拳をかわして隣の机の上に飛び込んだ。父さんに比べれば、拳は断然遅い、けど今の俺はパニック状態のせいで冷静に判断できない。赤髪は躱されても、俺を追いかけてくる。
「待てやゴラ!!!」
追いかけてくるのに待てと言われて待つ奴がいるかよ!怖すぎる!男に追いかけられる女の気持ちってこんな感じなのかな……。いや男でもヤンキーに追いかけられたら怖えわ!
俺はとにかく必死で教室中を走り回った。机を跳び箱のように飛びこえたり、クラスメイトを盾にするように逃げたり……赤髪も俺しか見えてないってくらい、俺だけを追いかけては蹴りや拳で机や椅子などを破壊しながら、追いかけてくる。
教室中、巻き込まれたクラスメイトの悲鳴やら何やらでマジでパニックだよ。
俺はもう恐怖でただ逃げる事しか頭になく、途中で段差に足を引っかけて顔から思いっきりこけた。
いってえなあ、じゃなくてヤバい!捕まっちまう!
だけどなぜか、こけた時に脱げた靴が思いっきり後ろに飛んで行って、赤髪の顔面にクリーンヒットしていた。
「ぼふえ!?」
赤髪がそのまま前が一瞬見えなくなって机に脚を引っかけて盛大に転ぶ。
その瞬間教室中からくすくすと笑いが漏れる。お前ら、笑うなっ!
それでもなお立ち上がって、目を血走らせて追いかけてくる赤髪からしばらく逃げ続けると、赤髪はなんと、俺の逃げ先を予想して俺の目の前に現れた。
「ひ!?」
俺は反射的に頭を抱えてしゃがみ、赤髪の回し蹴りをたまたま躱す。
「すげえ!何て反射神経だ!」
「あのイケメン余裕で躱したぞ!」
さっきまでパニックだったのに今度はみんな面白がり始めた。俺はそれどころじゃないってのに……。
「……あれがブルー君と互角にやり合ったチー君……?」
ユリアが顔を引きつらせて呆れていた。
そしてかがんだ際に赤髪に胸倉を掴まれて浮かされてしまう。俺はちらっとヤンキーを見るが、前世のいじめっ子とリンクして、俺は顔をこわばらせた。ヤンキーは呼吸を荒げながらも、やっと俺を捕まえてニヤリと笑った。
「おい、散々逃げ回ったが、とうとう終わりの時が来たようだな」
俺はその瞬間殺されると思い、物をねだる子供のように思いっきり暴れて抵抗した。
「やめろおおおお!!!」
「ぐふお!」
たまたま赤髪の顔面に頭突きを食らわせた。赤髪はようやく俺の胸倉から手を離しよろめいた。
正当防衛で必死な俺はそのまま椅子を持ち上げて赤髪を椅子で思いっきり叩いた。それも何度も。殴っているうちに、なぜだか、俺は俺の嫌いないじめっ子を自分の手で制裁しているような気がして、気分が高揚して止まらなくなっていた。俺は自分でも少し口角が上がっていたことに気づかなかった。
もちろん、赤髪がギブと何度も言っているのに俺は気づかない。
「ち、チー君!もう終わり!そいつもう降参してるって!!!」
「……え?」
俺はユリアの声とともに、後ろから両腕を羽交い締めにされて、俺はようやく正気を取り戻す。足元を見ると、赤髪が倒れて白旗を挙げていた。いやどこから出したその白旗。
それと、背中にユリアの二つの果実の柔らかさが……。あ
「ひっ!?ごめんなさい!!」
「いやなんで私に謝るの!?」
良かった……ユリアは果実が俺の背中に当たっていたことに気づいていないようだった。いい体験できたわ。
全身あざだらけとなった赤髪は生まれたての小鹿のように、ふらふらとよろけながらなんとか立ち上がった。そのまま、俺をぎろりと睨み、チッと舌打ちした。そのまま教室を出ようとしたのだが、奴は一瞬振り返って、俺を見つめてきた。いや、俺の後ろを見ていたような気もする。
そして、意味深な言葉を発する。
「おい、俺の親が誰か分かってて、俺に手を出したんだろうな?自分がどうなるかくらい、分かってるよな?お前の大切なものが消えた時、その覇気のない顔が絶望に変わるのを楽しみにしてるぜ……」
そう言い残し、赤髪は子分らしきギャルと緑髪二人を引きずって教室を出ていった。
その後、教室で「おおおお」と歓声が沸いた。
「あのイケメン陰キャやるじゃん」
「正直怯えすぎててださかったけど」
「あの問題児を黙らせたのはすげえじゃん」
あの問題児どもを追い出せたからだろう。あのヤンキーも口だけじゃなく、クラスではかなり強いほうだから、誰も手を出せないような状況だったんだろ。
てか、こっち見ないでくれ、恥ずかしすぎる……。俺は速攻机の下に隠れた。
それにしても、あの赤髪のセリフ、まるで負け惜しみだった。自分では敵わないと思って、親に頼るってことか。
「俺の親が誰か分かってて」って言ってたけど、知らねえよ。クラスの人の名前と顔全く一致してないんだから、お前の名前すら知らねえよ。
もしかすると、その親の権力かなんかで、ねじ伏せる的なことをされるのだろうか?暴力より質悪いな。
で、俺の大切なものが消える?そんなもの思い浮かばないが。謎だ。俺に大切なものなど何もない。前世ではゲームと金が大切だったが、今世は、何もない。
ユリアやレッドは、ただの友人、いや、知り合いだ。人間である以上、裏切られる可能性だってある。それを大切になんてできない。
ユリアは机の下にいる俺を、椅子に座りながら覗き込んで来た。
「その、ありがと。チー君震えてたのに、私を助けるために勇気出してくれて、やっぱかっこよかった……」
「嘘つかないでもらえます?マジで俺の黒歴史の1つにまた刻まれた気がするんすけど」
「え?なんで?」
「あんな怯えながら逃げ回って、こけて、全部たまたま避けて、たまたま攻撃が当たって、なんか勝ってただけだから」
「あ、あはは……確かに。でも、何もしない人よりよほどかっこいいよ」
「恥ずかしい」
「かっこいいよ」
「恥ずかしい」
「もう!チー君卑屈すぎだよ!」
褒められても、何を言われようと、全て嘘やお世辞に聞こえる俺に何を言っても無駄だ。
いやマジで、今思い返してみても恥ずかしすぎんだろ!かっこいいは絶対にねえよ!
頭の妄想の中では、魔法で華麗にかわしてカウンター決めた!!!みたいにやってるのに、現実はあんなにださいんだからな!?
ユリアはふと、思い出したかのように聞いてくる。
「ねえ、ブルー君との模擬戦ではあんなにかっこよかったのに、今回どうしちゃったの?」
「いや、それとこれとは話が別っすよ。あれはあくまで模擬戦、喧嘩でもなんでもないし。今回は本気で敵意を持った不良との喧嘩っすよ?下手したら大けがを負って、今後も狙われ続けるかもしれないし……」
「あはは、そうかもね……それでも、助けてくれてありがとね」
「え、あ、いや、たまたまっす……」
お礼を言われると、なんだか心が軽くなるような、変な気分になる。俺でも価値があるのか錯覚してしまうじゃないか。俺に生きる価値なんて無かったはずなのに。
すると、周りのクラスメイト達がざわざわと意見を交わし始める。
「でも、最初に飛び出した女子もけっこうカッコよかったよね」
「あの男子はただ逃げ回ってて、たまたま勝っただけでしょ?」
「見た目に反してダサかった」
「たまたまだろうな」
「まあまあ、行動しただけマシだろ」
「あいつ模擬戦の時も逃げてたな」
おうおう、言うねえ。まあ事実なんだけどさ。もう恥ずかしすぎて学園に来れない。よし。明日からサボろう。
すると、周りの声が聞こえていたユリアがプルプルと拳を握りしめていた。うん。これはまずい。絶対みんなに「チー君そんなことないもん!」みたいに文句を言うつもりだな。頼むから目立つ行動は控えてくれ!俺は慌てて手袋をはめて、勢いよく立ち上がったユリアの手を引っ張った。
あ、手袋の理由は直接触らないため、自己防衛のためだ。
「きゃ!……ちょ、ちょっとチー君なんなの!?……ってなんで手袋?」
「いや、なんか、みんなに文句言いそうな勢いだったので」
「だ、だってみんな行動すらしないで傍観してただけのくせに、チー君の事悪く言って――」
「事実です。ダサいのは。もう顔出すのも恥ずかしいくらいに」
「だから、そんなことないって」
「なので明日から不登校になります。では、よろしくお願いし――」
「そう言う冗談は良いから」
「あ、いや、冗談じゃなくて」
「ダメ」
怒られた。くそ、サボる口実ができたと思ったのに。マジで泣きそう。
「……もう、分かったよ。黙ってるよ。納得いかないけど、チー君が嫌だったら、仕方ないもん。でもいいの?悪く思われたままで」
「はい。その、慣れてますから……」
「……そ」
ユリアは一瞬眉をひそめたが、そっけない返事をして拳の握りしめる力を緩めて脱力した。はあ……何とか目立つことにならずに済んだ。真面目過ぎるんだよ、ユリアは。俺と違って行動力もある。ガチの陽キャやん。
「席に戻ろっか」
「あ、はい」
そして俺は机の下から出てきて、ユリアと席に戻ろうとしたら、窓際でずっと座っていた陰キャ君がこちらに来て、話しかけてくる。
「えっと、名前、なんだっけ」
当たり前だが、名前を覚えられていない。まあ、俺もこの陰キャ君の名前を知らないのだが。とりあえず答える。
「チー、です」
「あ、そっすか。その……あのめんどくさい赤髪ヤンキーを追っ払ってくれて、一応礼を言う」
「あ、はい」
「……」
「……」
……それで会話が終了した。
うん、仕方ない。陰キャと陰キャが出会ったらどうなる?何も起きない、会話が続かない。ネットでは饒舌だった俺も、現実ではしゃべれない。何か言ってて悲しくなってきたわ。
まあ、あとはあの赤髪の動向には注意しなきゃな。




