第127話 いつもと違う、いつも通りの朝
「おはよ!チー君」
「うおっ!?」
突然の声に驚き、俺はまだ眠くて、うっすらと目を開けると、なんとまあ、ユイが俺の上に覆いかぶさっていたのだ。な、なんだこれ……俺おそわれてる!?
俺は反射的にユイの手足の間をすり抜けて逃げ出そうとしたが、ユイに手を掴まれる。
「むぐ~。そんなにびっくりしなくてもいいじゃん。まだ私の事信頼できないの?」
「いや、そりゃびっくりしますから……。社会的な危機を察知して、反射的に離れようとしただけです」
「私は絶対にチー君のことは裏切らないもん」
絶対……そういう言葉は普段は大っ嫌いなのだが、ユイが言うと、なんだか、本当に思える。にしても……。
「ユイって、なんか……いきなりすごい大胆になりましたね」
「だって、恋人なんだから、遠慮しなくてもいいでしょ?それに、朝からチー君の寝顔を間近で見られるなんて、最高」
「やめてください」
「見る」
「やめてください」
「見る!」
いや恥ずいわ、見るな、いくら今はイケメンでも、前世のブサイク顔だった頃の名残で、見られることに未だに抵抗があるんだ……。
「お、起きるからどけてほしいんですが……」
「は~い」
ユイは俺のベッドから降りる。はあ、いつ理性がぶっ壊れて襲ってしまうか分からないなこれ。いつも通り起こしてくれよ。結局俺は付き合ったドキドキであんまり眠れなかった。
重い身体を何とか起こすと、部屋のテーブルの上には、すでに朝ごはんが並べられていた。俺とユイは椅子に座り、朝食のパンを口に運ぶ。……いつも食べていたはずのユイのご飯がいつも以上に美味しく感じる。
「おいしい?」
「あ、はい」
「よかった」
何気ない会話でさえ、いつもよりも楽しく感じる。今までと違って、不安も警戒の壁の大部分が崩れたから、気がだいぶ楽になったんだろう。
友達とも、親友とも違う、特別な関係。まさか、チー牛だった俺が経験できるとはな。前世の俺を見て、同情してくれたんかな、転生させてくれた神とやらは。
朝飯を食い終わった後は、いつも通り、一緒に学園に向かう。手はもちろん……繋いでいない。
ユイは手を繋ぎたがっていたが、俺が「人前だと恥ずかしすぎるからやめて」と懇願したら、何とか頼みを聞いてくれた。ただ、ユイもただ譲歩しただけでなく、休みの日や人目のないところは繋いでほしいとのことなので、俺はそれを受け入れた。
俺とユイの性格はほぼ真逆と言っていいが、こんな感じで、支え合いと譲歩ができる関係というのは、素晴らしいものだ。これが理想の恋人同士だと思う。
理想の押し付け合いなどして何が楽しいのか。男女ってのは全く違う生き物なのだから、対立して当たり前だ。そこを互いに譲歩し合うことこそ本当の恋人ってやつじゃないのか?知らんけど。
「よっ、チー、ユリア」
「あ、はい」
「いまだにチーの挨拶聞いたことないんだが……」
そこにレッドが声をかけてくる。いや、なんかさ……挨拶って恥ずかしくね?というか「あ、はい」が前世から癖になってるからどうしようもない。
今更陰キャあるあるだけど、かならず最初に『あ』とか『え』とか、どもるんだよな……。
すると、何かに気づいたように、俺とユイをじっと見ていたレッドは、妙に鋭い指摘を突いてくる。
「なんか、お前ら変わったか?もしかして、やっぱり付き合ってたのか?そういえば、昨日の祭りでも一緒にいたし」
「え、あ、いや」
どもる俺を見て、レッドはニヤニヤしはじめる。
「あれ?いつもはすぐに否定してくるのに、ずいぶん動揺してるな、チー」
くそ、こいつ脳筋バカだと思ってたのに、なぜかさっきから図星を突いてきやがる。まあ、隠してるつもりもない、友人くらいには言ってもいいさ。こいつはバカにしないだろう、意外にも根は真面目だし。
「……半分正解で、半分は違います」
「というと?」
「いや、付き合ったのは祭りの後です」
「ってことは……やっっっっと付き合ったのか!そもそも、なんで今まで付き合ってなかったって方が不思議だぜ!」
そんなに不思議だったか?まあそりゃ、護衛のためとはいえ、ほとんど一緒にいるし、たまに無意識にいちゃついていた気もするし。……そりゃ不思議に思うか。
「何にせよ、おめでとう、チー、ユリア」
「あ、はい」
「ありがと、レッド君のおかげでもあるよ」
レッドのおかげでもある?何か企んでたのか?まあ余計な詮索はしねえけど。
にしても、俺の予想通り、レッドは根は真面目な奴だ。普通は妬みとかもあるだろうに。素直に祝ってくれる。まあ、人間だから、レッドの本心がどう思っているかは、本人にしか分からないけどな。
後ろから刺されないように気を付けよう。
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学園の玄関を通って、いつものように教室に入る。ネクラはすでに席に着いていた。あ、そうだ、こいつ昨日の夏祭り、俺が引き留めたのに逃げやがったんだ。串刺しにするって決めてたんだった。
「あ、師匠、おはようございま――ってなんでそんなに怖い顔してるんすか」
「昨日の自分に聞いてみてください」
「に……逃げたことっすか?」
「正解」
まあ、さすがに串刺しにはしなかったが、軽く小突いてやった。ネクラが声にならない声で暴れたところで止めてやった。
「師匠、ひどいっす……」
「ネクラも俺の『まだいてほしい』という頼みをスルーして逃げるように帰ったのもひどいです」
「それはすいませんっすけど、おかげで付き合えたんすからいいじゃないっすか」
「まあ、それもそうだけど……は?」
待て待て。なんでネクラが俺とユイが付き合ったことを知っている?あの後ユイと二人きりだったはずだ。
今、付き合ってることを知ってるのは、さっき教えたレッドだけのはずだ。
「なんで付き合ってること知ってるんですか」
「あ、いや、た、たまたま見かけたから?」
「なんで疑問形?てか、帰ったはずですよね?」
「た、たまたまっすよ?」
「俺たちは屋上にいたはずですけど、それを見かけたんすか?」
「あ、人違いだったかも?」
ネクラは冷や汗をかいて焦っている。確信犯だ。後をつけて覗いてたな、こいつ。
「ネクラく~ん?」
「すいません隠密使って覗いてました」
暗殺技術をそんな使い方すな。
「さ、最低……」
ユイですらネクラの行動に引いていた。
「ど、どっちにしても、俺はあの後師匠たちから離れないといけなかったんすよ!?ユリアが告白するの知ってたんですから!俺がいたらダメっすから!まあ覗いたことはマジですんません……」
ネクラはユイの告白することを知ってた?ユイってもしかして、レッドやネクラに事前に相談してたとか?そこまでして俺を……クソ、なんなんだよマジで。
ていうか待て……キスシーンとかも全部ネクラに見られていたってことか!?は?氏ねよ!目ん玉くりぬいて、いや、脳の記憶をつかさどる部分を切り抜いて記憶消してやるか!?
……まあでも、ネクラが俺の頼みを聞いて、もしあのまま一緒にいたら、ユイの告白プランは崩れていて、付き合うことも無かったのも事実だし、まあ許してやろう。
「とりあえず、おめでとうございます、師匠」
「あ、はい」
ネクラからも祝福の言葉を貰う。なんか、朝からからかわれている感じがして疲れたわ。するとドタドタと騒がしい走る音が近づいてくるのに、俺は警戒する。あいつか。
「え!?チーとユリア付き合ぼうへえ!」
予想通り、サンが急に俺たちのところに飛び込んで来て、大声で付き合ったことを叫ぼうとしたので、緻密な風魔法で顔面目掛けぶっ放してしまった。サンはそのまま後ろから倒れた。
付き合っていることはあくまで俺達だけの秘密にしてほしい、クラスメイトに知られれば、そこから学園中に広がる。
いじられたり、バカにされたり、嫉妬の目を向けられたり……ああ怖い。サンに知られたのは痛すぎる……こいつ絶対口軽いもん……。




