第125話 初めての恋人との何気ない会話
いつの間にか魔導花火大会も終わり、再び夜の暗さと静けさが戻る。
「綺麗だったね」
「まあ、はい」
ユリアと見たからなのだろうか。普段は花火などつまらないのに、なんだか心に響くものがあったな。よくわからんが。
俺はそのまま、地上に降りるために風魔法を詠唱させておく。あとはユリアと一緒に降りるのだが……。前回は手袋越しで手を握って降りたよな。今回もそうするかと手袋を付けようとしたが……今日は持ってくるのを忘れていた。
直で手を繋ぐとか、俺にできるか?ユリアは今日、初めての彼女になった。彼女になったのなら、手繋ぐくらい良いに決まってるよな?いや、でもやはり怖い。
はあ……付き合ったとは言え、俺の懐疑心は一生消えることは無かった。
でも、さっきはユリアとキスまでしたし……それに比べたらこんなことくらい……。俺は自然とユリアに手を差しだしていた。
「え?チー君が、自分から……?」
「いいからその……手、握ってください。えっと、降りるんで」
「う、うん!」
ユリアは嬉しそうに、そして力強く俺の手を握って来た。未だに、この女子の手の感触には慣れない。同じ人間なのになんなんだろうな。
そのまま俺とユリアは風魔法を操りながらゆっくりと地上に下りて行った。今回も慎重に着地は成功。異世界ってのは本当に便利なもんだ。
ユリアは俺の手を離すことなく、はにかみながら俺の手を引っ張る。
「じゃあ、帰ろっか」
「あ、はい」
俺も手を引かれながら、徐々にユリアの隣に近づきながら歩く。初めて、女子の隣を歩いているのかもしれない。
周りを見れば、祭りのメインイベントである花火も終わり、周りも寮の方へと向かい帰っている。中には、まばらにカップルも散見される。まあ、みんな男らしい体つきで強そうなイケメンだったけどな。この世界でもルッキズムかよクソが。
とは言え、今の俺は冷静ではなく、未だに鼓動のドキドキが止まらなく、なかなか慣れないでいた。今までよりなぜか、ユリアの顔を直視できない。
「ねえ、チー君」
「あ、はい」
ユリアは少し恥ずかしそうに目を伏せながら、口を開く。
「私のことはさ、ユイって呼んでくれると、嬉しいな……」
「えっと、それって」
「私の本当の名前」
ユイ・ローレンティア……だったか。今まで名乗っていたユリアという名は偽名だ。王族の者とバレないように、ユリア・メイネルスという偽名でずっと生きてきたのはメイドから聞いていた。
「チー君には、私の本当の名前で呼んでほしいんだよね。私のお母様とお父様が私にくれた、大切な名前を……」
「あの、それ……大丈夫なんですか?」
偽名じゃなく本名を使うということは、もし学園に神声教団のスパイがいたら、正体がバレるリスクが高まる。確定ではないが、スピアがいる可能性は明らかに高い。リスクが大きすぎる。
「いいの。その……世に知れ渡ってるのはローレンティアって家名だけだし、ユイって名前自体はわりと多いんだよ?知ってるのも、王族の一部の人だけだし。
それに、何かあっても、チー君となら何とかなりそうだから。周りからだって、きっとニックネームだと思ってもらえると思うよ」
なんか、セキュリティリスクが心配だなあ……。まあでも、ユリア……いや、ユイが言うなら、問題ないんだろうさ。
「分かりました。その……ユイ」
「うん、チー君」
ユリアという名前に慣れているから、癖でユリアと呼んでしまいそうだ。ユイは、星がきれいな夜空を見上げて、ぽつりとつぶやいた。
「お父様、お母様、あなたの言う通り、いろんな人に優しくしたら、いろんな人が私を助けてくれて、お父様みたいな、優しくてかっこいい素敵な人にも出会えたよ。チー君っていうの。本当にありがとう」
そこまで言われると、なんか照れる。ほんと真面目だなこいつ。ふと、実はユイの両親生きてるってオチは無いよな?と頭によぎるが、まあそれはそれでハッピーエンドじゃね。知らんけど。
「あとは……お父様とお母様の仇を撃つ。チー君となら、できる」
ユイの目に、決意がともる。こんな真面目な子でも、いや、真面目な子だからこそ、復讐心が芽生えるんだろう。まあ、俺も手伝っていくとしようか。
俺は別に復讐心はないけど、単純に俺も平和に過ごさせて欲しいんだわ。そんな物騒な集団野放しのするのはねえ。
しばらく無言のまま、2人で歩いていると、ユイは思い出したように話す。
「あのさ、チー君、さっき、その……私のキス、拒んだよね」
「あ、いや、流石に急に来られると……まだ怖いし……あの、すいません」
「いやいいの!最終的には受け入れてくれて嬉しかったし……でも、やっぱりその、まだまだ女性が怖い?私のことも、まだ怖い?」
ユイは不安そうで、俺の手を握る力がちょっとだけ強くなっている。そりゃ、怖いさ。何度も言うが、完全には信用はしてない。でも、ユイの真剣さとか行動を見て、ちょっとだけ信用してみようと思っただけ。
もし裏切ってきたらその時は……多分、いくらユイでも許さないと思う。俺が完全に人を信用できる日は来るんだろうか。
ていうかさ、今日散策してても、ユイがあんまり屋台の食べ物食わなかったのって、最初からキスする気満々だったから……?恐ろしい子……。
とにかく、正直にユイに答える。
「正直言って、まだ怖いです。裏切られない保証は無いですから。でも、その、一番信用できるのは、ユイだけかもしれない、です」
「チー君……ありがと。少しでも信用してくれて」
「いや、まあ……」
「もう恋人同士何だし、私には何言ってもいいからね?」
そう言われても言えないのがチー牛陰キャなんだよ。まあ、でもちょっと気になることもあるし、どうせなら試してみるか?まあ、これ恋人に言ってもあまり意味ないけど。
「ユイ」
「ん?」
「何歳?」
「ほえ?チー君と同い年だよ?」
「そのサイドの三つ編み、すごい可愛いっすね」
「へ?そ、そう?チー君が褒めてくれるなんて……これね?お母様がいつもしてくれたんだ……嬉しい」
急に褒められ、照れて沸騰するユイ。か、可愛すぎる……純粋すぎる……なんなんだこの生き物は……目が焼ける……。純粋すぎてなんか罪悪感が……。
まあ俺は今イケメンだからこういうキザっぽいこと言っても違和感ないが……俺はユイに現実を教える。
「でも今みたいな質問とか褒め言葉を、チー牛みたいな奴が女性に言ったら、セクハラで訴えられて社会的に死にます。ていうか最悪目が合っただけで死にます」
「なんで!?」
まあでも、別に恋人にこれ言っても問題は無いかもしれんけどな。でもクラスメイトや同僚なんかに、チー牛が今みたいな事を言えば、8割以上気持ち悪がられるのは確か。
ていうか、おっさんやチー牛が見知らぬ人に道聞いたり、介抱しようとしただけで通報される前世ってどんだけおかしいんだよ。イケメンはナンパまでできるってのに。
「なんか、チー君がここまで女性に対して冤罪とか恐怖とか抱いてた理由が分かった気がする……」
「ユイは、そんなことしないって、一応、信じてますから」
「一応って……でももちろんだよ。私のことはもっと褒めてもいいし、もっと知ってほしいもん。私もチー君の事もっと知りたいし」
何なんださっきから、ほんと可愛すぎる。さすが異世界のメインヒロインだなあ……。
あ、そうだ、さっき射的でもらったネックレス。魔素増幅効果があるらしいけど、正直、俺が使っても戦闘中は邪魔になりそうだし、せっかくだからユイにあげるか。
「ユイ」
「なに?」
「あの、これ、あげます」
「……それって、もしかして、さっき射的で?」
「ああ、はい。その、俺が使っても――」
「最初から私のために取ってくれたってことだよね?う、うう、チー君ありがとおぉぉ!私、幸せだよおぉ!絶対大事にすりゅから……」
「え?あ、はい」
泣くほど喜んでるユイに、元々自分のためだったなんて死んでも言えねえ……。でも、プレゼントにして正解だったのかもしれんな。なんか、俺の行動でここまで喜んでくれるのは、素直に嬉しい。
守りたい、この笑顔……この言葉を言う日が来るとはなあ。




