第114話 この世界に来て初めての完全敗北
青龍と向かい合った俺は、まずは青龍のリーチ外まで離れるために距離を取る。一応、大魔法師らしいから遠距離も使えるのかもしれないが、念のためだ。
そのまま杖を持ち、”あえて”詠唱をして、得意なアイスニードルを宙に10個ほど作り出す。俺の周りにうようよと、氷の棘が宙に整列し始める。それを見た青龍は「おお」と感嘆の声を漏らす。
「普通の人間なら5つほどが限界なのに、よほど器用か精神力が高いと見えるね」
そうなのか?魔法を教えてるネクラも今じゃ7個まで生成できている。ユリアも多分できる。
そういえば、俺の周りってあんまり落ちこぼれみたいな人はいないんだよな。強いものは強いものと固まり、弱いものは弱い者同士で固まる、これってけっこう合ってるのかもしれんな。
まあそんなことはどうでもいいさ。俺はアイスニードル発射と同時に、自分も一緒に攻めていった。アイスニードルは青龍を追尾するように詠唱をしたので、勝手に青龍の方へと向かって行く。
青龍はそれを、いとも簡単に自分の腕だけで次々に破壊して捌いていく。俺はその隙を狙って剣を奴へ振りかざす。
もちろん青龍は、まるで白羽取りかのように片手で剣を受け止める。そんなものは分かっている。本命は、俺の左手のミスリルリングを通して発動する無詠唱魔法。
相手は俺が最初にアイスニードルを詠唱したことで、魔法発動には詠唱が必要だと思わせておく。だから魔法を放つ際は必ず詠唱をすると思わせてからの、至近距離での無詠唱魔法だ。
俺は奴の顔に向かってリングの付けた左手をかざし、そのまま石を錬成して奴に至近距離で発射した。奴は片手で周りからのアイスニードルの処理、そしてもう片手は俺の剣を受け止めていて防ぐ術などない。
しかし、なんと奴は錬成した石に向かって思いっきり頭突きをして石を砕いた。重く鈍い音が響き、俺の目の前で石が粉々にされ、その破片が俺にパラパラと飛んでくる。
俺は驚きで一瞬動けなかった。しかも青龍は額に血を流しながらも、口角が上がっていて、楽しそうだった。マジでやばい奴だ。この一瞬がなぜかスローに感じた。
そして俺は奴の腕が一瞬で俺の首まで伸びて来たのを見て、正気に戻り、すぐに後退しようとしたが間に合わず俺は首を掴まれた。
そのまま持ち上げられるのは想像以上に苦痛で息苦しい。やばい、もがくので精いっぱいで、身体に力が入らねえ、反撃が出来ねえ……。
と、思っていると、そのまま奴は握力を弱めて、俺を地上に下ろした。え?終わり?
「ふう、やっぱり思った通り、君は面白い……面白い面白い面白い面白いよ!もしかして、最初わざと詠唱した?まさか無詠唱魔法を扱えるなんて、さすがに僕でも予想が付かなくて、咄嗟に頭突きで対応したけど、君の戦い方、すっごいトリッキーで楽しいよ!」
「え、あ、いや」
「このままやり続けたら、もしかしたら僕、君の事、殺しちゃうかもしれないから……」
怖いこと言うな!冗談に聞こえなくて俺は生唾を飲んだ。
「まあ、そんなことするつもりはないけど、君はもっと強くなる。その時になったらまた手合わせしてほしい。君の友達がルーと戦っているんだろう?」
そう言って青龍は縛っていた髪をほどいた。ルー?ルーって誰だ?俺の友達?ああ、もしかしてあの青髪のおっさんのことか。確かに、急がないといけないな。
ネクラは……十分強いとは思うけど、あのプロのおっさん剣士に勝てるとは思えない。暗殺者はタイマンだと弱いからな。早く一緒に戦ってやらんと。
青龍は腰のポケットから何やらポーションのような瓶を取り出すと、それをユリアに飲ませた。まずい、急に裏切って毒を飲ませようとしてるわけじゃないよな?
だが、そんな不安も杞憂に終わり、気絶していたユリアは目をそっと開く。どうやら普通のポーションだったようだ。
「よし、これでもう動けるだろう」
1人でうなずく青龍。こいつは一体、味方なのか?敵なのか?いや、今のところは味方ムーブをかましているが、いや、今だけは信用に値する。
現に本当に約束を守ってユリアを返してくれた上に気絶も治した。あとは、この質問も投げておこう。
「あ、あの」
「ん?なに?ていうか、敬語じゃなくていいんだよ?君と僕はもうライバルなんだ」
「勝手に決めないでもらえますか」
「え?ダメだった?」
「その、あなたの方が格上ですよね」
「そうだけど、いずれ僕といい戦いができる。勘だけど。現に君、まだ本気出してない」
「え?いや、えっと……」
俺は十分本気だった。本気でやって、負けた。なんだろう、緊張の解けた今、俺には別の感情が動いていた。
これは何なんだろう。なんか、イライラするというか、むかつくというか……俺は今まで成功体験なんて積んでなくて、勝負に勝ったこともほとんどない。敗北には慣れてる、そう思っていた。
でもなんだろう、すげえイライラする。負けを認めたくないというか、それと同時に、結局俺は雑魚なんだっていう負の感情も現れる。
なんか、複雑だ。
「あ、言い方少しミスった。君はまだ本来の力を引き出せてない。何となくだけど、そう思うんだ」
それを聞いて、何となく納得できる。俺は死ななきゃいいや位の意志でしか、剣も魔法も覚えていない。本気で剣聖を目指す、大魔法師を目指す、みたいな目標もない。
辛くない程度に、疲れない程度にやって来た。要は、強くなったのにずっとスライム狩りをしているようなものだ。
だから、本気で強くなろうと努力すれば、俺の才能のブーストもあってさらに強くなるだろう。才能×努力はチートだからな。
でも、正直、それを聞いた今も、トップを目指したいとかも無いし、辛い特訓もごめんだし、なんでもほどほどに、効率的がちょうどいい気がする。努力とか嫌いだし。
ちょうどユリアは俺に気づいて立ち上がり、俺の方へと駆け寄ってくる。そのまま俺に抱き着こうとしてきた。
「チー君!私、怖かっ――いやああ!」
もちろん俺は直前でユリアが突っ込んでくるのを躱したために、ユリアは勢い余って転びかける。何とか持ちこたえたが。
その後ユリアはぷく顔で俺をジト目で睨みつける。うわ、なんだよ、俺に抱き着いてきたら社会的に終わるんだから避けて当然じゃねえか……。
俺はむぐ~っと唸っているユリアの視線から逸らしながら、青龍に声をかける。
「あの、えっと、神声教団を裏切って、あなたは大丈夫、なんでしょうか」
「大丈夫大丈夫。神とかも全く興味ないし。まあ強いなら別だけど。それと、僕、神声教団で一番強いから。そして、君は僕の次に強い。勘だけど」
そう言って俺をまるで獲物を逃さない……そのような鋭い視線でみつめてくる。やめろ、恥ずかしい。
でもそれを聞いて少しだけ安心した。四天王ってのは、俺よりも絶対に強い者だと思っていた。でも、青龍はその四天王よりも俺は強い、と言ってくれた。勘だけど。
「それじゃあ、僕は一応まだ神声教団についてく予定だから、なんかあったら相談してよ。このアジトの隣に小屋があるから。僕は基本そこにいるよ」
「え、あ、はい」
青龍は俺たちに手を軽く振ると、一瞬でどこかへ消えてしまった。
ユリアはその光景を不思議そうに眺めていた。
「あの人、神声教団だよね?なんで逃がすの?ねえ、逃がしちゃってもいいの?」
ユリアは少し感情が高ぶっている。ユリアは神声教団に強い恨みを持っている。だが、今は長ったらしく説明している暇はない。
「それは後で話します。今、ネクラが危ないです。えっと、速く学園に戻ります」
「え?ネクラ君が?う、うん。わかった」
「ユリアは速く走れますか」
「う、うん。チー君ほどじゃないけど」
「じゃあ付いてきてください」
「うん」
俺達はこのアジトを出た後、俺を先頭に王都の街中の、できるだけ人目の少ない路地裏を通りながら、学園へと向かって行った。




