広告支払い
「今度、子供が生まれるんだって?」
昼下がりのオフィス。デスク越しに、村上が声をかけてきた。
「ああ、来月には。お前もマンション買ったって言ってたよな?」
佐伯が微笑んで応じる。
「まあね。そろそろ腰を据えようかと思ってさ」
軽口を交わしながら、村上が席を立つ。
「ちょっと喉が渇いた。コーヒー買ってくるよ」
オフィスの隅にある自販機。各種ドリンクの横には小さな液晶画面が付いていて、ボタンを押すと広告が流れる仕組みになっている。
村上は缶コーヒーのボタンを押し、続けて再生ボタンをタップした。
──『新製品、好評発売中!』
──『もしものための、生命保険──あなたの未来に安心を』
数十秒の広告が終わると、ガタン、とコーヒーが落ちてくる。
「子供が産まれる祝いに、お前にも奢ってやるよ」
村上は振り返って言い、もう一度再生ボタンを押す。2本目の広告が流れはじめた。
いまや広告を見ることで小さな対価を得る仕組みは一般的だった。現金やカードも使えるが、コンビニの買い物やコーヒー1本くらいなら、広告を“見るだけ”で済ますのが日常だ。
そして広告の視聴時間そのものが“通貨”になりつつあった。
「はい、どうぞ」
佐伯は缶を受け取り、軽く頭を下げる。
しばらく仕事に戻った二人だったが、夕方になって佐伯が口を開いた。
「なあ、今日金曜日だろ。久々に飲みに行かないか?」
村上は苦笑いを浮かべて答える。
「すまん。もう行けないんだ」
「え、金ないのか? マンション買って金欠ってやつか? だったら俺が出すって。引越し祝いも兼ねてさ」
「……違うんだ」
村上は一瞬、何かを言い淀んだあと、ぽつりと告げた。
「今日から四十年間、毎晩四時間、広告を見ることになってるんだ」
「……ローン、か?」
村上は苦笑しながら、自分の手首を見つめた。そこには“広告スケジュール”を示す小さな表示が、じわりと光っていた。