春咲一花 序章壱幕
春咲一花 序章壱幕
私は長く続く道を歩いていました。
辺りに濃い霧がたち込めていて、周りの景色はよくわかりません。
でも不安はありませんでした。
私の少し前を歩く青年の後についていけばよいのです。
青年は名乗ってくれませんでしたが、私には解るのです。青年は「あの人」だって・・・
暗闇で途方に暮れていた私の手を取って、導いてくれた「あの人」を見失わないように、
私は歩みを早めました。
そんな私の様子を気にしてか、「あの人」は時折歩みを止め、私の方へ振り返りました。
霧のせいで表情は見えませんけど、私を気遣っての行動でしょう。
だから私は大丈夫と声に出して、笑顔を見せました。
「あの人」は頷いて、前を見て、そして、少し速度を落として歩き出しました。
私は「あの人」の優しさに懐かしい感情を覚えて・・・同時にある違和感に気づきました。
今の声、本当に私の声・・・
私の喉から出た声は、私が意識したより大きくて、幼いものだったのです。
大広間は、多くの人でごった返してました。
そこに集まった人達にはある共通点があったのですが、その時の私は、そんなことに気付く余裕はありません。
私は「あの人」の姿を探して、辺りを見渡そうとしましたが、他の人達も私と同じ境遇なのか、皆落ち着きなく歩き回るので、背の低い私は何度も人にぶつかられては倒れそうになって、大変でした。
暫くして・・・
大広間の喧噪も落ち着いた頃、一人の女性が私に声を掛けてきました。
その女性は、私と同じくらいの背丈で着物姿でした。
「はるさき いちか様で間違い無いですか?」
「はい、そうですけど・・・」
初対面の女性に名前を確認され、私は少し身構えました。
「これから簡単な手続きがあります。面接もあるんですけど、堅苦しい場ではないですから、どうか気を楽にしてください」
「面接??手続き??」
「これから、別室に移動します。私の後に付いてきてくださいね」
面接ってことは。私はここで雇われるのでしょうか?
この立派なお屋敷で?
そもそも私はどうしてここに来たのでしょう。
考えても答えが見つかりません。
「ご不安ですか?」
先を行く女性が私を振り返り、心配するような声色で質問しました。
「・・・・・・・・」
私が何も返答できずにいると
「大丈夫ですよ。・・・私だって同じでしたから」
彼女は優しく微笑んでそう言いました。
春咲一花 序章弐幕へ続く