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事件の起きた卒業パーティーに出席した者の話。

私は、平凡な中立派の子爵家の次男として生まれ、年の離れた兄がすでに2人の男児に恵まれていたため、学園では文官を目指して真面目に学んでいた1人の生徒だった。当時、王国はおよそ50年前に隣国と終戦して以降、安定した治世が続いていた。文官は、安定して生きていくために最も良い道だと思い、微力ながら国のためになるようにと志を持って友と勉学に励んだことを、思い出す。

 進路が確定し、つつがなく、卒業式も終わり、待ちに待った卒業パーティーだというまさにその瞬間、あの事件が起きたのだ。


 あの日のことを忘れることは難しい。場を弁えない愚かなペレス侯爵家の3男坊と、これまた場を弁えないベーカー伯爵家の一人娘、メアリー・ベーカーがセンセーショナルな事件を起こしたのだ。学園の卒業パーティーでの一幕は、さして長い時間ではなかったが、ペレス侯爵家とベーカー伯爵家による、ハワード侯爵家乗っ取り騒動として、後に大きな話題を呼んだ。

 

 「この場で貴様との婚約を破棄する!」

場違いな声に私は思わず、声のしたほうを見てげんなりした気持ちになった。学園でも素行も評判も悪かったダニエル・ハミルトンとメアリー・ベーカーが婚約者同士でもないのに、互いの色を身にまとい、婚約者以上の距離で寄り添っていたからだ。周囲に目を走らせるも、おそらくほとんどの参加者が、私と同じ気持ちになっているだろうと読み取れた。

 ダニエルは続ける。

 「貴様は、ここにいるメアリーに学院や屋敷で暴行を加えたらしいな。メアリーには新しいドレスも買ってやらず、貴様だけがドレスを仕立て、宝飾類を買い漁っているとの情報もある。更には、領地の運営が忙しいなどと抜かしておったが実際にはメアリーの父、ハワード侯爵が行っておったようではないか。」

 ポカンである。そもそもメアリーはベーカー伯爵家の娘であり、ハワード侯爵家の温情で今はハワード侯爵家に居候しているだけである。なぜ、ハワード侯爵家の予算から、彼女の服飾費が出るというのか。

 また、エレノア・レイノールは多忙の為学園を休むことが多い。その理由を鑑みて、学園も欠席の許可をしており、稀に学園に登校するのは、単位認定の為の試験に臨むもしくは、課題の提出のためである。学園に現れることは稀だが、人柄が良く彼女を慕う学友は多い。学園では常に学友に囲まれて、にこやかに接する彼女はその容姿と相まって、月姫と呼ばれている。いつも人に囲まれ、多忙な月姫がに暴力を振るうのは、難しいように思う。屋敷でのことは確かにわからないが、月姫の多忙さは有名である。領地にほぼ出向いており、おそらく、屋敷でもベーカー嬢と関わりを持つ時間などないのではないだろうか。

 そして、一番疑問なことは、メアリー・ベーカーの父がハワード侯爵と言い切った点だ。ベーカー嬢の父親であるベンジャミンはもともとハワード侯爵家の次男であるが、長男であったエレノアの父がハワード侯爵家を継いだので、ベーカー伯爵家に婿入りしているのだ。現在はベンジャミン・ベーカーである。

 エレノアの父、メイソン・レイノールは2年前に流行病で無くなった。それ以前から、領地の引き継ぎの仕事を行っていたエレノアではあったが、16歳の未成年だったため成人までの後見人にと、ベンジャミン・ベーカーに白羽の矢がたったのだった。

 これまで王国では、女性の爵位継承が認められていなかったが、時代の変化とともに数年前から草案が出され、つい2週間前女性の爵位継承を盛り込んだ法律が、施行されたのである。

 爵位継承は18歳の4月以降になる。エレノアはあと1ヶ月ほどで正式にハワード侯爵になるだろうと、ここにいる参加者の皆は理解していた。

 つまり、ベンジャミン・ベーカーはハワード侯爵にはなり得ないのだ。

 全く、どこからそのような勘違いをしたのやら。

 さらに、ベンジャミン・ベーカーは遊び人で有名である。彼は、王都のカジノに入り浸っており、彼が執務をしていないことは周知の事実である。ハワード侯爵領は広く、経済的、軍事的にも重要な土地でもある。それを治めるまだ未成年の少女に、周囲は同情と感嘆の眼差しを向けていたのだ。

 本当にあんな男には勿体無い、勿体無すぎるお方なのだ。私は、学園であったハワード嬢とのほんの少しのやり取りを思い出し、この状況に、ひっそりと溜息を吐き出した。

 彼女の友はすでに彼女を守るように立っている。

 さて、ハワード嬢はどのようにお返しになるのだろう。そう思った矢先、彼女はゆったりとした調子で凛とした声を出した。

「ダニエル・ハミルトン様、念のための確認ですが、あなたのお話の相手は、わたくしでございましょうか。」

 これはつまり、色々問題のある発言をしている彼に、言質をとっているのだ。ここでの確認を怠れば、内容が誤っているだけに言い逃れができてしまう。そうならないように。是と答えた彼に、学友の守りから一歩出た彼女の対応は、やはり順当なもので、周囲への謝罪と、迷惑極まりない2人を移動させることだった。ただし、話の通じない2人はなおも居座り続け、暴言を吐きまくった。私を含め、会話を耳にしているほとんどのものは、不愉快になり、今後のペレス侯爵家とベーカー伯爵家との関係を見直さなければならないと思った事だろう。

 途中から、流石の月姫も顔色が悪くなられ、心配したのだが、お馬鹿の

「エレノア、貴様が守っているというハワード領は、現ハワード侯爵の後、俺とメアリーが、そしてその子供が継いでいくのでお前は安心して、家を出て良い!」

という、お家乗っ取りとも取れる発言に対して、(そもそも、ハワード侯爵はハワード嬢が間も無く継がれるので、あり得ない話だが。)お馬鹿のお馬鹿たる所以が披露された時には、しっかりと対応されていた。

 

 あの卒業パーティーから10年。あの頃は想像も出来ないような激動の時代であり、現在もまだ落ち着かない日々が続いているが、彼女の噂話を耳にするたびに、私も私にできることを頑張らねばと思うのだ。




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