1 『となり、いいですか?』
僕、化野雄介二十四歳は本が好きだ。
静かな場所で誰にも邪魔されず、一人で本を読む時間が僕にとって最高の癒しだ。
どんなジャンルの本も読むが、普段好んで読む本は小説が多い。なぜなら、その小説に書かれてる世界に自分も入ったような気持ちになるからだ。
そして、その世界の主人公たちになりきり、
時に、仲間たちと大冒険の末に大魔王をやっつけ、世界に平和をもたらし!
時に、絶世の美女と大恋愛をして、幸せな恋愛や結婚をし!
時に、世界の謎を解き明かし、全ての人に幸福をもたらす大秘宝を見つけ出す!
そんないろんな物語が詰まっている小説が、僕は大好きだ。そして、沢山の本を読んでいると自分の好みのジャンルも見えてくる。
どうやら僕は、ハッピーエンドな物語が好きらしい。
だってそうだろ?
いろんな苦難を乗り越えていく主人公たちが、最後に報われるからこそ物語は面白いのに、まったく報われないなんて……僕はそんな物語は好きではない。
もちろん、バッドエンドな物語の小説も読むけれど……人におすすめされて無下にもできず、しぶしぶ読む程度だ。
やっぱり、頑張った分だけ報われたいと僕は思う。
だから、ハッピーエンドな物語が好きだ。
あと、もうひとつ嫌いなジャンルがある。
……ホラーだ。
普通に怖い。
怖いもの見たさって人は言うけれど、正直理解ができない。怖いものは怖いし、見たくないものは見たくない。『ユウレイ信じますか?』って、オカルト好きな人が聞いてきたこともあったけど……そもそもそんな話を僕にしないで頂きたいよ。
なぜ僕がこんなにもホラーが苦手になったのか。それはおそらく子供の頃の母の影響だろう。母は大のホラー好きで、よく凄く怖いと噂される映画をわざわざ部屋を真っ暗にして見ていた。もちろん怖がらせないように僕のいない時に。
ある時、母と一緒に映画が見たいと駄々をこねた僕は、愚かにも真っ暗な部屋に入り映画を見た。結果は言うまでもなく大泣き。しばらく、一人でトイレやお風呂に行けなくなってしまった。あの時に、母の忠告をちゃんと聞いておけば……今でも後悔する。
やっぱり、物語はバッドエンドではなく、ホラーみたいな怖いものでもなく、ハッピーエンドが良い。と、僕は思う。
通勤する為に電車を利用している。電車の中で本を読む時間も僕にとっては癒しの時間だ。
僕が乗る電車はどの席も二人がけの席になっている。
でも、二人で座っている席はほとんどない。あるとすれば、知り合い同士で座っている席だけ。
二人がけの席に誰か一人でも座っている場合、ほとんどの人はその席に座りたがらない。となりに人がいるくらいなら、しんどくても立っている方がマジだと思うのかもしれない。
もちろん、僕も一人で座りたい派だ。
隣に誰かいると落ち着かないし、気が散って本も読めない。だから、誰もいない席を探して座る。
なので、その日も誰もいない席を見つけて本を読んでいた。
今日の席、日差しが当たって眩しいな……まぁ本が読めないほどではないけれど……
「となり、いいですか?」
眩しさに目を細めながら顔をあげる。
一人の女の子が立っていた。
日差しを背に立つ女の子はどこか神々しくて、そして儚くもあって……何より、神秘的だった。
「………」
「失礼します」
僕はうなずきだけで返事をすると、女の子は隣に座った。
日差しが眩しくて顔はほとんど見えなかったが、十八歳か十九歳くらいの大学生だろうか。スーツ姿などではなく、清楚な雰囲気がする白のワンピースを着ている。
どこか儚げな感じのする黒髪ロングの……
……いや、そんなことより!!
どうしてよりにもよって僕のとなりに!?他にも空いてる席はあるだろう??
……まぁ、どの席も人が座ってるみたいだから、どのみち誰かのとなりになるのかもしれないが……。今日は、たまたま僕の運が悪かったのだろう。
本の内容に集中できなくなり、読書を中断する。そして、外を見た。
どんどんうしろに流されていく景色を眺めながら、ふと考える。
小説を作っている人達は、どのように物語を作り、どのように文章や文字にしているのだろうか?
考えてると、パッと思い浮かぶものなのか。それとも、今の僕みたいに外を眺めていたら、急にひらめいたりするのものなのか。
凄いな、小説家って……。こんなにも人を楽しませたり、ワクワクさせたり、感動させたりできるなんて。
僕にも同じことができれば、きっと最高に楽しいんだろうな。
…………ズキッ。
『僕の将来の夢は、小説家になってたくさんの人を楽しませたり、ワクワクさせたり、感動させたりすることです!!』
…………ズキッ。
『僕は、たくさんの物語を作って、それを読んでもらって、小説を読む楽しさや素晴らしさをいろんな人に伝えたいんだ。そして、少しでも誰かの勇気になれたら、嬉しいな』
…………ズキッ。
心の奥底で痛みが走った。
「…………」
見たくないものから逃げるように目をつむる。何やってんだろ、僕は……。
ふと、横を見てみると……となりに座っている女の子が本を読んでいた。
本の中身がチラッと見える。小説だろうか?今時、小説を読む若い子なんて珍しいな。
最近は、小説を読む人……ましてや、本を読む人自体かなり少なくなった。
僕のまわりでも数える程度しかいない。若い子なんてもっと少ないだろう。
「…………」
日差しで、本を読んでいる女の子が輝いて見える。
その姿はまるで、有名な絵画の様に神秘的で、凄く綺麗で…………いかんいかん、ジロジロ見てたら失礼だろ!
……あっ、痛みがなくなった。
「…………」
ほんと単純だな、僕は。……さてと、僕も本を読みますか。
ペラッ。
本のページをめくる。まるで読書仲間ができたみたいで、僕は嬉しく思った。
『ご乗車ありがとうございました。まもなく〜〜〜』
電車のアナウンスが流れる。僕が降りる駅は終着駅だ。
この駅の近くになるとほとんどの乗客は降りてしまう。だから普段はゆったり座って読書を楽しむ。
それが僕の朝のルーティンなのだが……どうやら女の子が降りる駅も同じらしい。
結局、最後まで一緒に読書してたな……まぁこんな時もあるか。
「…………」
「…………」
お互いに会釈だけして席を立つ、その時に間近で顔を見る。
さっきはよく見えなかったけど……凄く綺麗な人だな。
僕たちは電車を降りて改札口に向かう。終着駅だけあって、駅の中はほとんど人がいない。
女の子が前を歩き、僕は揺れる長い髪をぼーっと眺めながら歩いていた。
……いかんいかん!初対面の女の子をうしろから見続けるなんて、ただの変態じゃないか!……うわっ!
見惚れて、鞄に収めてある定期券を取り出す時に、うっかり落としてしまう……カッコ悪い。
すぐに定期券を拾って顔をあげると、すでに女の子の姿は消えていた。
「あっ……」
ほんと何やってんだろ、僕は……。情けなさを感じつつ、改札口を出た。
駅から職場への道を歩きながら、隣に座っていた女の子のことを考える。
綺麗な人だったな……お淑やかな感じがして、凄くモテそう。絶対に、まわりの男がほっとかないだろうな。どこか儚げで、触れると消えてしまいそうな不思議な魅力のある女の子だった。まるで、物語の中から出てきたみたいに現実味のない雰囲気の…………いや、やめよう。
喋ったこともない相手のあることないこと妄想するのは、控えめに言ってちょっとキモいぞ、僕。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
それに、どうせもう関わることはない……。
また同じ電車に乗って、再び隣同士で座ることなどもうないだろう。
もし、学生か社会人なら普段から見かけているはずだ。それがないという事は、今回はたまたまあの電車に乗っていたにすぎない。
それに、もしまたとなり同士で座ることがあったとしても、声をかける勇気なんてない。
……いつもそうだ、僕には勇気がない。……ほんと、ヘタレだよ。
「はぁ……」
どんな本を読んでたかくらいは聞きたかったな……。
〜〜〜〜〜〜
「となり、いいですか?」
…………えっ、マジで??
昨日の女の子が立っていた。




