アリシア帝国-17
僕達は宰相にこの城の図書室へ連れてきてもらう。
テーブルの周りにある椅子に座っていろ、というので座って、宰相が資料を持ってくるのを待っている。
「ライラはその資料を知っているの? 読んだことがあるの?」
と聞くと、
「はい」
と、ちょっと恥ずかしそうに言う。
恥ずかしがるような資料だろうか。と、待っていると。宰相が三冊の本を持ってきた。
僕はそれを手に取ると、ライラはやっぱり、という顔をした。
僕の手には絵本があった。「王子と王女とケルベロス一」。僕は、宰相に目で訴える。
すると宰相は両手を挙げて降参のポーズをすると首を振るだけだ。僕はあきらめて絵本をめくる。
京子ちゃんやみんなも覗き込んでくる。
「王子と王女とケルベロス一」のストーリーは大体こんな感じ。
・王族でピクニックに山へ行く。
・王子と王女が夢中になって遊ぶ。
・蝶につられて歩いて行き、迷子になる。
・つり橋を見つけて歩いて渡ろうとする。
・つり橋が壊れて何とかしがみつくが落ちそうになる。
・もうだめ、ってときに「たすけて」って念じる。
・ケルベロスがやってきて左右の口で王子と王女を加えて助けてくれる。
・王子と王女を探している声の聞こえるところまでケルベロスが二人を乗せて去っていく。
「王子と王女とケルベロス二」
・王子と王女が隣街の令嬢のところへ遊びに行く。
・城に帰る途中の森で三頭のクマに襲われる。
・馬も従者もやられてしまい、馬車も倒されて外に投げ出される。
・三頭のクマが王子と王女の周りを囲い襲い掛かりそうになる。
・もうだめ、ってときに「たすけて」って念じる。
・ケルベロスがやってきて三頭のクマをやっつける。
・ケルベロスが王子と王女をのせて街の近くまで送っていく。
「王子と王女とケルベロス三」
・王子と王女の国は隣国と戦争になる。
・この国は負けそうになり、城まで攻め込まれる。
・城には火がはなたれ、王子も王女も追い込まれる。
・敵の兵が王子と王女を追い込む。
・もうだめ、ってときに「たすけて」って念じる。
・ケルベロスがやってきて敵の兵士を倒していく。
・ケルベロスは王子と王女を乗せて、王様と王妃様のいるところまで行く。
・王子と王女はケルベロスにこの国を守ってとお願いする。
・ケルベロスは部屋を出ていき、敵兵を倒していく。
・とはいえ、城は敵の軍隊に取り囲まれている。
・外では争いの音がいつまでも続いていたがだんだんと音が遠ざかる。
・しばらくすると、味方の兵から敵の軍隊が引いたと伝えられる。
・王子と王女はケルベロスを探す。
・呼んでも呼んでもケルベロスはやってこない。
・二人はついに城の外でケルベロスを見つけた。
・ケルベロスにはいくつもの槍が刺さり、いくつもの切り傷があった。そしてすでに、息を引き取っていた。
・二人はケルベロスの亡骸に抱きついて泣いた。
・そして、ケルベロスに、自分たちで守れるように強くなることを誓った。
読み終わったときに、ライラが、
「兄さまも私達姉妹もこの絵本が好きだったんです」
と告白する。
「まさかと思うけど、この本を読んでケルベロスを召喚しようと?」
ライラはうなずく。
「以前、私が小さいころに兄さまが召喚に成功したのです。しかし、城の近衛兵たちにケルベロスは討伐されてしまいました。もちろん、近衛兵にも被害がでました。その時にとても悲しい思いをしたのです。その時に兄さまたちと誓いました。自分達でケルベロスたちを守れるようになるまで召喚しないと」
ライラは僕を見て続ける。
「ケルベロスを守ってくれる旦那様にお会いできて私は幸せです」
と。まだ結婚していないけどな。
えっと、僕が知りたかったのは、ケルベロスを呼び出そうとした動機ではなくて。と宰相をみるが、相変わらず、両手を挙げて首を振るだけだ。
僕ら四人の中でケルベロスを召喚できたのはかなでだけ。しかも、この世界にいるすでに顔見知りのケルベロスのみだ。
だが、ライラのは違う。ケルベロスはどこからかやってくる。
どこ?
あれ以来、ライラには呼び出してもらっていない。これ以上増えても困るし、ライラも顔見知りを呼び出すことができる。よそから連れてくる必要がない。
でも、よそってどこよ。
「宰相様、それでは、異世界の話とか悪魔が出てくる話とか知りませんか?」
と聞くと、
「そういう物語的なものは読んだことはなくてね、司書なら知っているかもしれない」
といって立ち上がった。しばらくすると、宰相に連れられてきた司書が一冊の本を渡してくる。
「空想のものがたりですよ」
と言って。
中身は絵本というよりは挿絵の入った小説。
内容は、悪魔がこの世界を侵略しにやってくる。これに対してこの世界に住む人、魔族、エルフ、ドワーフ、獣人、ドラゴン、精霊などが協力して追い返す。といったよくある物語だった。
僕が気になるのは悪魔側の軍勢だ。
おかしいと思ったのは雑魚キャラだ。ホーンラビットやホーンウルフなどこっちにいる魔獣が悪魔側にいる。
その他はサイクロプスやミノタウロス、ガーゴイル、リザードマン、アラクネ、ラミア、三つ首のドラゴンなどの想像上とされるもの、
そして、その中に見つけた。ケルベロス。
この物語が事実なら、ケルベロスは悪魔側の世界にいて、ライラはそれを呼び出したことになる。
異世界はあるのか。パラレルワールドかもしれないな。この物語を読み進んで最後に出てきたキャラクターに目を奪われる。
それは、神と天使。この二つは知っている。神は会ったことはないが、銀髪天使は知っているし、神が上司だと言っていた。なんだろう。この現実と非現実が混ざった気持ち悪さ。
僕は本を閉じて表紙を見る。タイトルは「人と悪魔とそして神」。うん。なんか気持ち悪い。
この内容なら「悪魔戦争」とかそういった争いのタイトルをつけるのではないだろうか。
作者はと。名前の部分がかすれて読むことができなかったものの、ファミリーネームを読むことができた。
「オキサリシュタイン」
僕は唖然とする。こんなところで「シュタイン」が。
僕は、
「この本はどこの誰がいつかいたものかわかっているのですか?」
と司書さんに聞く。
「いえ、わかっていません。とはいえ、古くても数百年までではないでしょうか。その紙質からですが」
数百年? 僕はこはるを見る。首を振る。ドライアは? 首を振る。やっぱり空想上の物語か?
「このオキサリシュタインという名前は?」
と聞くと、
「いえ、知りません」
とこれは宰相。
僕ははっとして、三冊の絵本を手に取る。
「この絵本は? この絵本はいつ頃のものなのですか?」
「それは比較的新しいですよ。二十年ほど前でしょうか。ラミリス王子が読んでいたことから、それくらいではないかと思います」
僕は作者名を探す。すると、表紙裏に「オキサリス」とサインが書いてあった。これが作者名かどうかわからないが、さっきのオキサリシュタインと関係性を疑ってしまう。
「これはどこで買ったのですか?」
「いえ、おそらくですが、ラミリス様誕生のお祝いの品の中にあったのだと記憶しています。皇后様も、怖いケルベロスがとてもやさしく書かれていることを気に入って、皇子に読んでいましたから」
と宰相。
「誰から送られたものかわかりますか?」
「それが全く分からないのです。贈り物はお礼状を書くために必ず送った人の名前を確認するのですが。この本だけはわからなかったのです」
この絵本は祝いの品であったとしても送り主がわからない。にもかかわらず、わざわざオキサリスとサインを入れている。
いや、考えすぎか。作者にサインを入れてもらった本を送っただけかもしれないな。それに送り主がわからない不審な包みを開けるか? いや、チェックされたプレゼントの中に入っていれば開けてしまうか。
となると、送ったのは城の関係者か? 下手をすると皇后の自作という線もありうる。
もう一つ疑問が。なぜラミリスとオリビア、ライラだけがケルベロスを異世界から召喚できるのだろうか。それとも、皇帝を含めて一家はみな呼べるのだろうか。皇帝達はそれを黙っているだけだろうか。
もしかしたら、皇族でも呼べることを気づいていない者がいるのかもしれない。だが、ラミリスとオリビア達は母親が違う。そうすると、やはり皇帝の血だろうか。
それとも、絵本を読んだものだけが呼べるということはありえるのか? 本がトリガーなら皇后も呼べるのかもしれない。当然宰相やこの司書も読んでいるはずだ。彼らが呼ぶことが出来ずに、この三兄妹だけが呼べるならならやはり血統か? 皇后は呼べるのか? いや皇帝は呼べるのか? 思考はぐるぐる回る。
少なくとも、この城にシュタインの関係者がいる。もしくはいた。本を持ち込んだ人として怪しいのは皇帝か皇后か。とはいえ、疑うわけにはいくまい。この件は持ち越しだな。しかたない。
僕らは宰相と司書さんにお礼を言って図書室を出た。
仕方ない。情報がなかったわけじゃない。と、あきらめてあとはゆっくりする。明日は帰るのだ。
時間を余らせたので、猫達をねぎらう。特に出かけるわけでもないので、サキガケもライコウもシロタエとリッカもわしゃわしゃする。
「なあ、この街にも友達はできたのか?」
と聞くと、「にゃあ」とシロタエ。
よかったよかった。
猫に人見知りいや猫見知りってないのかな。猫達をひとしきり撫でた後は、ケルベロス達も撫でてやる。頭が三つあってもかわいいものはかわいい。腹を出してなでれって言ってくる。大きいものは全身を使って撫でてやらないといけないので大変だったが。
あとは、キザクラ商会に馬車を一台頼んだ。普通の馬付きで。これは、ココとルルに子供たちと一緒に乗ってもらい、そのまま帰ってもらおうと思って馬にした。馬たちは、ケルベロスを怖がっていたが、なんとか一晩で慣れてもらった。ケルベロスも殺気が出さなければ大丈夫そうだ。
翌日、人目に触れることも構わず、朝からケルベロス馬車を出す。馬車にはアリシア帝国の旗を掲げた。それは武威を示すのが目的の一つ。もう一つは、帝国の関係だから怖がるな、という宣伝。
ま、実際、第四皇女のライラが顔を出して手を振っているのだから、怖がられたりしないだろう。
そうしてローレル伯爵邸にココとルル達を迎えに行く。子供達はすでに伯爵達とお別れイベントを済ませていたのか、イザベラ夫人も落ち着いている。子供達が馬車に乗っても
「体に気を付けるんだよ」
とか
「手紙を書いておくれ、伯爵領の方にね」
とかいろいろ話しかけているけど。
ココとルルが伯爵と夫人に
「それでは失礼いたします」
と言って馬車を出す。伯爵夫妻は子供達が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「行ってしまったな」
と伯爵。
「ええ。なんでしょうね、おとといは寂しくて寂しくてたまらなかったのだけれど、今日は寂しくないといえばうそになりますが、再開した時の成長がとても楽しみで。まだまだ長生きしないといけませんね、おじいさん」
「そうだな、おばあさんや」
二人は笑いあう。
「それに、今度会うときに私達も成長していないとね。あれをやったとかこれをやったとか、私達の方からもたくさん話をしてあげるんです」
夫人は続ける
「それにですね。子供達には希望ある未来があるんです。それをかなえてあげたいじゃないですか。まだまだやることはいっぱいですよ」
と楽しそうに屋敷に向かって歩き出す。
「孤児院、学校、子供達のためにできることはいっぱいあるだろうな。そういえば、我が領にキザクラ商会はあったかな?」
「あるらしいですよ。長い間、帰っていませんでしたからね。さあ、お菓子をたくさん作らないと。孤児院の子達、食べてくれるかしら」




