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転生ー4

 翌朝、窓の外が明るくなりつつあるころ、アンはふと気づいた。

 カーテンの隙間からほんのちょっとしか光が差し込んでいないのに、奥様であるリーゼロッテの髪が光り輝いているのだ。

 確か、リーゼロッテは四十二歳で、歳の割には白髪が多かったはず。そのため、全体的に光沢は失われていた。

 しかし今は違う。アンは急いで部屋の蝋燭に火をつけていく。そしてリーゼロッテの元に戻る。もう一度リーゼロッテの顔を覗き込む。

 呼吸が安定していることにも安心したが、それ以外が気になってしまう。

 髪はストレートで枝毛の一つもなく美しく輝き、目の下に居座っていたクマはいない。肌も艶やかでシワの一つもシミの一つもなく、指で触れたら吸い付きそうである。

 どこからどう見ても二十歳そこそこの美しいお姫様がそこにいた。

 だけど、アンが記憶していた昨日までのリーゼロッテと、今ここに寝ているリーゼロッテのこの容姿のイメージは全く違う。というか、どう見ても二十年以上前に見ていた奥様の姿だ。


 アンは音を立てないように足早でこの部屋を出ると、シャルロッテの部屋へ向かう。

 ノックをして入室の許可をもらう。アンはリーゼロッテに異変が起きたことを簡単にシャルロッテに伝える。未だに起きたことが信じられないため、具体的にはうまく伝えられない。


 シャルロッテは、肩掛けを羽織ってアンと共にリーゼロッテの部屋へ向かった。

 シャルロッテはリーゼロッテの枕元に立ち、顔を覗き込む。

 が、リーゼロッテをみた目は大きく見開かれ、お行儀悪く開いた口をかろうじて手で隠したものの固まってしまう。意を決して声をかける。


「リーゼロッテお姉様」


 本来は叔母だが、気を遣ってお姉様と呼んでいる。


「リーゼロッテお姉様、起きてくださいませ」


 と肩を揺する。するとリーゼロッテは、


「なーにー、朝なの?」


 と惚けた感じ。とても昨晩まで死にそうになっていたとは思えない。

 リーゼロッテは自分で体を起こして目を擦っている。


「お姉様! どこか具合の悪いところとか、おかしいところとかありませんか?」


 ものすごい勢いのシャルロッテにリーゼロッテはふと考える。ようやく頭が回ってきた。

 今、自分は何をした? 自分で体を起こした。昨日にはできなかったことをした。


「あれ、どこも悪くないわ。治ったのかしら。で、シャルはどうしてそんなに慌てているの?」


 リーゼロッテは何事もなかったかのように、軽々しく言葉を口に出す。

シャルロッテは、部屋を見まわし、壁際にある鏡台を見つけると、ものすごい勢いて飛んでいき、しかも、鏡台を持ち上げてベッドの脇まで持ってきた。

 スカートの下の足さばきを見せないよう、急いでも優雅に見えるように。


「え、シャル?」


 リーゼロッテもアンも違う意味で驚愕している。見てはいけないものを見たように。

 手鏡はなかったのだろうか。

 まあいいと、リーゼロッテは、シャルロッテが持ってきた鏡台を覗きこむ。覗き込んで固まった。

 目だけが頭全体を行ったり来たりしている。頭のてっぺんから首まで。右耳から左耳まで。全体をぐるぐる見ている。

 しばらく目だけを動かして見ていたが、突然、


「えーーー!?」


 と、馬鹿でかい悲鳴にも近い叫び声。


「これっこれっこれっ」


 リーゼロッテは、鏡の中の自分を指さして、何かを言おうとしているのはわかるが、言葉になっていない。


「落ち着いてくださいませ奥様」


 とはアン。


「だって、これ、私? 私だけど私?」


 と、まだ混乱中。

 シャルロッテは声も出さずに見守っている。といか、どうしていいかわからないのだろう。シャルロッテ自身も混乱している一人だ。

 リーゼロッテは、鏡の中の自分とアンとシャルロッテを順番に見回して、


「過去に戻ったわけじゃないのね」


 ちょっとアンが顔を顰める。


「夢でもないと……」


 リーゼロッテは部屋の隅にある姿見を見つけると、ベッドから出てダッシュした。


「奥様! 足、足は大丈夫なのですか?」


 と、アン。

 リーゼロッテは言われて気づいたようだ。足をあげたり下げたり、回してみたり。


「大丈夫みたい……」


 アンはとりあえずほっとする。

 リーゼロッテは姿見の前に仁王立ちをすると、ガウンをポイっと脱ぎ捨てた。

 手を腰にあて、下着姿で鏡の前に立つ。上から下まで見ているのだろう。時に後ろを向いて、背中を眺める。さらには、体を動かし始める。下着姿で。

 シャルロッテはその行動自体についていけていない。

 リーゼロッテは一通り体を眺めた後、ガウンを羽織って、スタスタとシャルロッテとアンの元へ戻ってくる。その歩みは、背筋が伸び、一歩一歩も昨日までのリーゼロッテより歩幅が広い。まさに、凛とした騎士のよう。

 そして、アンの前に立つ。


「湯浴みをする。準備せよ!」

「はっ」


 と、アン。

 アンは部屋から出て別のメイドにも指示を出し、戻ってきてこの部屋に付属しているシャワールームの準備を始める。

 リーゼロッテは部屋にあるテーブル前の椅子に座って、シャルロッテを呼んで座らせる。

 それをみたメイドが一人、慌ててお茶の用意を始める。


「シャル。昨日の夜、何があった」


 シャルロッテはリーゼロッテの口調が変わっていることに気づき、動揺する。あんなに儚げだったお姉様が、かつての騎士団長であったころのような言葉遣いをしている。


「昨晩、ご子息が大泣きをしました。誰がどれだけあやしても全く泣き止みませんでした。また、おっぱいも頑なに飲もうとせず、飲ませようにも口を開きませんでした。それで仕方なく、ご子息を連れて私の部屋を出ました。すると、泣き止んだんです。で、廊下であやしているとまた泣き出すので歩きました。ご子息はお姉様の部屋へと誘導するように、違う道を歩こうとすると泣きました。結局、私はお姉様の部屋に来てお姉様を起こしてしまいました。覚えていらっしゃいますでしょうか?」

「ああ、覚えている。私が抱くととても喜んだ。で、私がおっぱいをあげると吸い付くように飲んで」


 リーゼロッテは昨晩のことを思い出す。


「はい。その後、私が引き取ろうとするとまた泣いて」

「仕方なく、私と一緒に寝かせたのだったな。あの時は、死を覚悟していたから、この子が私の最後に会いに来てくれたのかと思っていた。むしろ、だから逆に死ぬんだと思ったよ」


 リーゼロッテはちょっとおかしそうに言う。


「それで?」


リーゼロッテは続きを促す。


「はい。その後、お姉様がお眠りになり、あ、その時はまだお姉様の呼吸は浅く速く、苦しそうでした。ご子息も寝たようでしたので、私とアンは部屋をでて少し話をしておりました。いつごろにご子息を移すかとかです」


 リーゼロッテはうむと頷く。


「その時に、メイドが一人、早足でやってきました。話を聞くと、庭の警備兵がお姉様の部屋が光ったところを見た、とのことでした。同時に鳥や野良犬、野良猫も騒いだとも言っていました」


 リーゼロッテは怪訝な顔をする。


「それで慌ててお姉様の部屋に戻り、お姉様の様子を確認しました。その時には、お姉様の呼吸は落ち着かれていました。ご子息も寝ていることを確認しました。それで、少し安心して、アンを残して私は部屋に戻りました」


 リーゼロッテは未だ寝ている自分の子供を見やる。


「朝になり、アンが私のところへ来てお姉様の異変を伝えてきました。今となっては異変と言っていいか。そうして、朝の状況につながります」

「アン!」


 リーゼロッテはアンを呼ぶ。


「箝口令をしく」


 と、強い口調で。

 アンは「はっ!」とだけ返事を。アンってこんな返事をするメイドだっけ、とシャルロッテは不思議に思う。


「まず、昨夜、私の部屋が光った。これは仕方がない。だが、昨晩、君たち二人は息子を連れてきたが、私が乳を飲ませた後、息子はシャルが部屋に連れ帰った。また、今朝、シャルが私の部屋に連れてきた。間違っても、昨晩は私の部屋で息子は寝ていない。いいな!」

「はっ!」「はい」


 シャルロッテは理由を察する。こうなった事象の理由がそこに眠る小さな赤ちゃん以外に考えづらいからだ。しかも、それを誰かに察せられると、この子は注目を浴び、担ぎ上げられるくらいならまだいい、下手をすれば監禁の上、実験だろう。

 そうこうしていると、湯浴みの準備ができたようだ。

 リーゼロッテはシャワールームへ入っていく。おそらくあの中では、何日かぶりにリーゼロッテが磨かれているのだろう。しかも、二十歳そこそこの体が。

 昨日までその体にあったたるみなんてどこにもない。


 シャルロッテはお茶を飲みながら考えていた。どうしてお姉様は若返ったのだろうか。自分の母親より少しだけ若い年齢だったはず。

 昨日まで白髪まじりで肌も荒れ、くまもシワもシミあった。それが自分と同世代のようだ。若返ったのは顔だけじゃない。体全体だ。姿見の前のお姉様は引き締まった、筋肉のついた体だった。体に傷の一つもない。

 シャルロッテが初めて会ったのはまだ小さなころで、その時はお姉さまは確かに騎士だった。しかし、その直後には松葉杖をついていたし、品の良いお淑やかな女性になった。それが今や再び騎士のような話し方をしている。

 そうこうしていると、リーゼロッテがシャワールームから出てきた。つかつかとやはり歩き方が凛々しい、裸なのに。メイドによって下着が着せられていく。そこで、アンが尋ねる。


「服はいかが致しましょうか。」


 どうみても嫌な予感がする、といった顔だ。


「団服があっただろう。まだ捨ててないな」

「はっ、かしこまりました」


 アンはリーゼロッテに背を向けた瞬間、嫌な顔をした。

 あれ、団服? 団服ってなんだっけ。リーゼロッテの着替えを見ていると、メイドがクローゼットから持ってきた服を着せていく。

 騎士団が着るような服装で真っ白。ああ、そういえばなつかしい。初めて会った頃に着ていた。背中に真っ黒なバラの刺繍が入っている。ちょっとかっこいい。でも、お姉様の髪は腰まであるので、髪をおろすとバラが見えなくなってしまう。帯剣もするのね。


「聞け! これより黒薔薇騎士団を再結成する」


 アンが苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「団員を集めよ」

「お言葉ではございますが」


 とはアン。


「我々はすでに四十を超え、あの厳しい訓練に耐えられる体を持ったものは少ないと存じます」


 なるほど、アンはだから嫌そうな顔をしていたんだな。


「わかっている。やれるものだけで良い。お前たちには指導に回ってもらう。意欲のある女性を集めよ。剣士、魔導士どちらもだ。他の騎士団から引き抜いても構わない。各団長には私から話しておく。期日は一か月。一か月後に結成式を開く。場所は、黒薔薇騎士団訓練場だ。では解散」


 メイドたちが散り散りになっていく。

 リーゼロッテはシャルロッテに向かって歩いてくる。


「シャル、待たせたな。朝食にしよう。久しぶりに食堂へ行こうか。アン、グレイスをよろしく頼む」


 アンは固まっていたが、なんとか稼働し、


「グレイス……様ですか?」

「そうだ。我が息子の名前だ。今つけた」

「ですが、旦那様がおつけになるのでは?」

「いや、いいんだ。テイラーの時も実は私がつけた。おそらくだが、この子は神に祝福されている。神からの使い、我々への恩寵かもしれん。だからグレイスとする」

「はっ、かしこまりました。お任せください」


 と、アン。


「ではシャル、行こう」


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