高等学園3-12
僕はベッドの中で目を覚ました。近くにあった人の気配が遠ざかった。メイドがそっと部屋を出たのだろう。
しばらくして、母上が入ってくる。
「起きたな。具合はどうだ。悪いところはないか?」
「はい。なにもないです」
「そうか、それはよかった。さあ、何から聞く? それとも飯にするか?」
「結局、どうなったのですか?」
「お前もわかっているだろうが、途中から領民が何万人も参加しては、畑中に散らばったバッタを退治してまわったんだ。夕方にはあらかた終わってな、そこまでは覚えているか?」
「はい」
「今日はさらに皆で見回るそうだ。国王や兵士達もな。国王なんて、自分の存在をアピールするいい機会だと言って、先頭に立っていたぞ。これで国王は人気者だな」
と言って笑う。それはよかった。
「それと、お前の仲間たちは全員無事。ま、後で話を聞いてやれ。そもそもな、バッタ如き、多少大きくたって、兵士や領民ですら死ぬわけじゃない。心配するな。だから割愛するぞ。猫達は、その膝の上にいるやつに後で聞いてくれ。ケルベロス達は、いったんそこの訓練場だ。後でローゼンシュタインに送っておいてくれ。被害の方だがな、西の四つの領は、畑がほぼダメ。この王都周辺も西の村や街はダメ。ただ、この王都の畑は収穫を早めたこともあってな、被害は半分くらいで済んだ。上等だろう。これくらいの食料であれば、東や南の領でカバーできる。去年備えた保存食もあるらしいしな。よって、十五年改め十六年バッタによる飢餓の危機は乗り切ったわけだ」
とおおまかに教えてくれる。
「僕はなんで倒れて、なんでここで寝ているのかは?」
「倒れた理由は知らん。まあ、魔力切れか、緊張が切れたか、逆に緊張しすぎてオーバーヒートしたか、だな。フランがお前を背負って走ってきてな、ヒールをかけろって言うから、もう事態は終わりかけだからその辺に寝かせとけ、って言ったら、ここまで運んできたらしいぞ? 後で礼を言っとけよ。まあ、あの段階になったらみんなでプチプチするだけだ。一人二人抜けたところで全く変わらん」
「そうですか」
と言って間を開けて、聞きたかったことを聞く。
「母上。僕はなんですか?」
「は?」
と母上はきょとんとした顔を作る。右手で合図を送って人払いをしたところを見ると、僕の質問を察してはいるのだろう。
「お前は、私の子供、それ以外のなんだって言うんだ?」
「以前母上は教えてくれました。この一族がローゼンシュタインにゆかりがあると」
「そういう一族が先祖だってことじゃダメなのか?」
「僕は、火の魔法陣を作って灯りも調理器も作りました。それを動かす電池は、もっといろんな用途に使えます。これは人を滅ぼすのですか? 僕は水を魔法陣で飛ばしました。これは人を殺すのですか?」
僕は涙を堪えて、母上に聞く。ちょっと興奮気味なのが自分でもわかる。
「なにを言っているんだ?」
と言って母上は笑う。
「お前、魔法銃を作っただろう? 私があれで人を殺したのを見たじゃないか。魔法陣も魔道具も人を殺す道具になりうる。まあ、お前が聞きたいのはそういった直接的な話ではないだろうがな。もう一度言うぞ、私は、お前が魔法陣を使って作った魔道具で人を殺した。いいな」
と僕に確認する。
「だけどな、人を殺したのは、魔道具じゃない。私だ。そこを勘違いするな。確かに魔道具は便利だし、使い方によっては人を殺せる。だがな、それを言ったら鎌やくわ、あ、鎌はあいつが使っているようなやつじゃなくて草を刈るやつな、それとか食事に使うカトラリー、皿や花瓶だって、人を殺せるぞ? 要は、人の心次第ってことだ」
と言って僕の胸をトンと叩く。
「お前が作った魔道具はな、人に喜んでもらうためのものだろう? 実際に喜んで使ってもらっているじゃないか。それにな、それが危険だって言うなら対策を取ればいい。それに付随して何か危機が起こりそうなら事前に対策を取ればいい。それだけのことだろう。その程度の心配事が、技術の発展を、我々人間の進歩を、止める足枷になるのか? 一人で考えてわからなかったら相談すればいい。私を含めてたくさんいるだろう?」
母上は息を整えて続ける。
「それにな、力は必要だぞ? この国がまとまっているのは何故だと思う? 国王が力を持っているからだろう。もちろん、その力の使い方を間違えれば戦争が起こる。だがな、その力を民のために使えば、みな、国王に協力するのではないか? お前が金も地位も技術も人も、たくさんの力を持ったとして。それも含めて、使い方次第だぞ」
と。さらに母上は、
「私があの時カールソン達を殺したのは、ローゼンシュタインに害をなすものを排除するためだ。ローゼンシュタインは基本中立だ。だがな、あの地への攻撃は許すことはできない。まあ、殺す必要はなかったのではいか、なんて議論は終わらんしどうでもいい。あの地に戦争なぞ仕掛けようものなら、もっと多くの血が流れるだけだ。力は理解してもらってこその力だしな。私はわざとあの場へお前を連れて行ったが、もっと狼狽えるかと思っていたよ。あれが黒薔薇だし、あれがローゼンシュタインだ。お前自身が意外にも平然と受け止めたのではないか?」
そうだ。手を切り落としたり、人を撃ち殺したり、僕自身が恐怖を感じてもよかったはずだ。
「それはな、お前がローゼンシュタインだからだ」
「なんなんですか? ローゼンシュタインというのは」
「だから一族だって言ったろ?」
「僕は、僕は、人間ではないのですか? 魔族ってなんですか?」
思い切って聞いた。僕は必死だ。人間じゃない。魔族だと言われた。僕は人間じゃないのか? 本当に?
母上は、本気で再びきょとんとした表情を浮かべた後、涙目で真っ直ぐ母上を見る僕に向かって、大笑いした。
「ふっ、ふふふふ、わーはっはー」
それが女性の笑い方か? 一瞬、必死な僕の意識が持っていかれかけた。
「悪い悪い。何を言っているのかと思ってな」
僕は、魔族というものが知られていないのかと思ったが、そうではなかった。
「魔族? 魔族ってなんだ? なになに族っていうあの周辺に住む小集団の人達のことか? ってそんなことじゃないのはわかっているさ。だけどな、もう一回聞くけど、魔族ってなんだ? 仮に我が一族が魔族だったとして、それがなんだ? お前は、仲間たちといて、誰が魔族か、誰が人間か、誰がエルフか、誰がドラゴンかなんて気にするか? まあ、ドラゴンは違うかもしれないけどな。そもそも、魔族と人間の違いって何か言ってみ?」
僕は答えられない。
「誰が魔族か誰が人間かわかりません」
「そうだろうそうだろう。そのとおりだ。まあ、結論から言ってやろう。シュタインは魔族の家系だ。我がローゼンシュタインと、隣国のリコラシュタインもな。それと、各国にも散らばっているぞ。だけどな、この長い長い歴史の中で、人間の血をいれ、また、人間の家に嫁ぎ、その血は薄れに薄れている。逆に言うと、人間の中に魔族の血が入り込んでしまっている。ということでな、お前のいう人間も魔族ももういないんだ。区別なんてつかない。同じなんだ。だからな、なんて答えたらいい? この世界にいる人間に見える生き物は全て、人間でもなければ魔族でもない。逆に言えば、人間でも魔族でもいい。そんなところだ。魔族が言いづらかったら、人間でいいだろう?」
僕は理解が追いつかない。というか、僕が悩んでいたことがなんだったのかということを理解できない。
「僕は人間なのですか?」
「言ったろ? なんでもいいって。お前が魔族なら全員魔族。人間なら全員人間。なんなら、新しい名前でも考えてみるか?」
と言って母上は笑う。
「ただな、一つだけ覚えておけ。シュタインには伝承されている知識がある。お前にも託したが、エルフたちに協力してもらっている。そういえば、お前も音楽とダンスパフォーマンスをエルフに託したじゃないか」
と言って思い出し笑いをする。
「悪い悪い。シュタインらしい行動だったなと改めて思ってな。無意識だったんだろ?」
と。僕は唖然とする。そんなつもりではなく、エルフはいつまでも若いからっていう理由で……。結果としてそう取られてもおかしくはないか。
「まあ、冗談だ。冗談ではないがな。本来の使い方としてはルナ、ラナの方だがな。これからも彼女らに託していけ。ちなみに、過去の情報は教えてくれないぞ。じゃないと、努力しなくなるからな」
じゃあ、なんでエルフに頼んで残しているんだよ。と訝しんでいると、「いざという時のためだ」言われた。
「最後にもう一つだけ教えて欲しいのですが」
母上は言ってみろ、と頷く。
「あの地を守る理由はなんですか? あの地には何があるんですか?」
「さあな。なんて言っても仕方ないか。まあ、そのために西をリコラに守ってもらっているんだ。でな、私も見たことはないが、あの地には、巨大な魔法陣が描かれているらしい。それが何を守っているのか、何を封じているのか私は知らん。ただ、その魔法陣を発動させてもいけないし、壊してもいけないということだけは知っている。その何かがわからんから、対策も取れん。だから、守るしかない。そんなところだ」
母上は、意味深なことを続ける。
「ところで、アリシアの皇子と皇女たちな、あいつら、ケルベロスを召喚しただろう? ケルベロスっていうのは、伝説上の生き物なんだ。だから知っている。だけど見たことがなかった。あれ、この世界にはいないぞ。アリシアの皇帝一族も何かを知っているかもな。偶然呼べただけかもしれんが」
もう終わりか? というので。僕はお礼を伝える。母上は手を振って出ていった。




