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高等学園2-2

 翌日の朝、西の砦をラミリス殿下達が通ったと情報があった。

 メイド達は来客用の部屋を準備したり、出迎えの準備をしたりして大忙しだ。

 ベティも紛れて走り回っていた。


 昼過ぎ、ついに一向がやってくる。

 僕は、兄上の後ろ、父上と母上と並んでいる。


「ようこそお越しくださいました、ラミリス殿下。それと皆さま」


 と、挨拶するのは当主の兄上。


「うむ、出迎えご苦労」


 他国なのに態度でかいな。ラミリスは二十歳くらいかな。横からドレスを着た金髪のご令嬢が出てくる。


「この度は、突然の訪問にもかかわらず、このようにお出迎えくださり、感謝申し上げます」


 このご令嬢は母上の方を見て、声をかける。


「ところで叔母さま」


 やめろ、殺気が溢れるから。


「どうして仮面をかぶっていらっしゃるのですか?」

「いや、この歳になるとシワも増えるし、日光に当たるとシミもできる。なので外に出る時は仮面が必須なのだ」

「二人目のお子さんをお産みになった後からだそうですが、出産は大変だったのですね」

「まあ、その通りだ。横にいるのがグレイス、その時の子だ。この子のおかげでこうなったといっても過言ではない」

「その割には、その団服もよくお似合いで、背筋も伸びておられて、そこまでお隠しになられると、若々しく見えますわ」


 実際、見た目はお前より若いぞ。


「そうだな、で、お前は幾つになった、そろそろ曲がってくるのではないか? 肌が」

「私ももう二十歳でございます。まだ肌がぴちぴちしている間は、色々と楽しみたいと思っております。人の肌の心配をして下さるとは、ご自身のご経験からかと思いますが。歳はとりたくないものですね」


 おーほっほ、と笑っている。母上も仮面の下で笑っているが。仲が悪いのだろうか、この二人。


「それでは、まずはお部屋へご案内いたします。夕食は食堂に用意させていただきます。お風呂は用意してありますので、いつでもお入りください」


 とアン。




 カトレアは、夕食前に友人の女性と共に風呂に入ることにした。ローゼンシュタイン家は、お湯の出る魔法陣と電池のおかげで、お湯が使い放題だ。ま、電池を充電しているのが、ホーンラビットや寝る前のベティたちだが。そのため、かなり広い浴場を備えることができている。もちろん、男女別だ。


「とても素晴らしいお風呂ですわね」


 とご友人。


「え、ええ、そうですわね」


 と、設備の潤沢さに言葉が続かない。


「体を洗って、お湯に浸かるのでしたよね」


 事前にアンが説明してくれたようだ。


「では、そのようにしましょうか」


 と、頭と体を洗って、湯船に浸かる。


「このお湯、あそこのライオンの口から出続けていますけど、どうなっているのでしょうか。全く冷める気配がありませんけど」

「お湯の量が多いから冷めないのではないかしら、それともお湯を温め続けているのかしら?」


 と首を捻っている。この装置はまだ国外には出回っていない。


 しばらくお湯に浸かっていると、若い女性が湯船に入ってくる。

 とても美しい金髪で、洗った後だからだろうか、水分が光を反射し、余計に光を発しているように見える。

 長い髪を頭の上に束ねてタオルで巻き、湯船に入ってくる女性。十代後半のように見える。

 肌は艶やかで水を弾いている。


「私も負けないけどね」


 とカトレアは強がっているが、どうしても女性に見惚れてしまう。顔立ちもとても美しい。まるで、絵で見た若かりし日のリーゼロッテ伯母さまのようだ。

 カトレアが会ったことがあるのは、もう、松葉杖をついていたリーゼロッテであり、若い頃のリーゼロッテには実際に会ったことなない。すると、リーゼロッテとカトレアは目があう。


「あ、すまない。水がかかってしまっただろうか……?」


 リーゼロッテは自分を見ているのがカトレアだと気づく。当然仮面をつけていない。


「いえ、そのようなことは。あまりにも綺麗な方なので、少し見つめてしまいました。申し訳ありません。私は、カトレアと申します」


 と、リーゼロッテとは気が付いていない。


「私はリーーー……、リズベット、リズベットという。ここの屋敷で世話になっているものだ」


 と言って、リーゼロッテは湯に浸かる。


「私どもは今日、ラミリス殿下とこちらにお伺いをしました。もしよろしければ、今後ともお付き合いいただけませんでしょうか?」


 と、カトレアはリーゼロッテ改めリズベットにお願いをする。


「こちらこそよろしく頼みます」


 と、ちょっと下手に出る母上。が、あまり一緒にいるとバレる恐れがあると考えたのか、


「あ、少し用事を思い出しました。失礼致します」


 と風呂を出て行った。


「リズベットさんか。リズベットちゃんかな? 綺麗だったなー」


 などとカトレアは考えていた。




 食事時、ラミリス一行が食堂にやってくる。こちら側の対応は、父上と兄上、それと僕だ。仲間達には、別の部屋でご飯を食べてもらっている。

 くそー。僕もそっちの方が気が休まるのに。


「このように、食事まで用意してくれ、感謝する」


 と、ラミリス殿下。上座から座っていく。


「あら、叔母さまはいらっしゃらないのかしら」

「母上は、体調がすぐれないので、食事はたいていお部屋で取られています」


 と兄上。


「そうですか。残念です」


 本当にそう思っているのか?


 アンたちに給仕され、食事をとる。僕はボロが出ないように静かにしている。




 食事が終わった頃に、カトレアが口を開く。


「先ほど、お風呂をいただいていた時に、髪の長いとても美しい方にお会いしました。髪は金色に輝き、肌は麗しく、体は引き締まっていても女性らしい曲線を描き、とても素敵な方でした。名前はリズベットさん? ちゃん? といっていました。十八歳くらいでしょうか。リズベットさんはこちらで一緒に食事を取られないのですか?」


 父上、兄上そして僕は冷や汗をかきつつ視線を合わせる。心当たりがありすぎだ。

 苦い顔をしていることにカトレアは疑問符を浮かべた顔でこっちを見てくる。仕方ない。


「申し訳ありません。リズベットという女性はこの家にはおりません」


 と僕が言ってしまう。仕方ない。いないんだから。父上も兄上もうんと頷く。


「ですが、確かに先ほどお風呂で」


 お仲間の女性も頷いている。僕は目配せでアンをみると、アンは黙って部屋を出ていく。母上にこのことを伝えてくれるのだろう。カトレアは、不思議そうに、メイドの一人を見るが。メイドも知りません、というそぶりをする。


「どなただったのでしょうかね」


 と、この話はここで終わる。


 すると、ラミリスが話を変えてくる。


「この家はすごいな。灯りもそうだが、風呂だ。あのお湯、ライオンの口からずっと出ていたが、あれはどういった仕組みだ?」


 流石に鋭い。というか、誰が見ても気づくか。


「あれはですね、新しく開発した魔道具ですが、一定の温度を保てるかどうかを今、検証しているところです。本日は、順調に稼働しておりましたので、皆様に楽しんでいただきました」


 と兄上が無難な説明をする。


「そうか、まだ安定しないのだな。だがいいな。あれはくれぬのか?」

「安全ではないものをお渡しすることはできません。魔道具を動かしてしばらくは安定しておりますので、その間に皆様に風呂へ入っていただきました」


 まあ、大嘘だ。やるわけがない。買ってくれ。


「そうか。面白いものを見た。完成したらぜひ譲って欲しい」


 だから、買えよ。


「それと、リコラシュタインにあったコンロだが、あれも譲ってはもらえないのだろうか」

「コンロについては、グリュンデールでの生産になっており、我が領も購入をしているものです。また、あれには電池と言われる特殊な消耗品が必要であり、あまり遠いところでは再利用が難しくなっているようです」


 間違っていない。


「そうか、なかなか難しいものだな」


 とはいえ、目でカトレアに仕入れろと言っている。




 食後の雑談が終わり、それぞれ部屋に戻って行った。


 カトレアが友人たちと歩いていくと、廊下を向こう側からリーゼロッテが歩いてくる。もちろん仮面をつけて。


「こんばんわ、叔母さま。食事をお部屋でとられるほど、あまりお加減がよろしくないとお聞きしましたが、歩いて大丈夫なのですか?」

「まあ、少しなら大丈夫だ。歩かないと、歩けなくなるからな、リハビリみたいなものだ」

「そういえば、杖はつかなくなったのですね」

「ああ、リハビリのおかげでなんとかな。ようやく普通に歩けるようになったところだ。カトレアたちは、部屋に戻るのか?」

「はい。食事をいただきましたので」


 と、ここでカトレアは疑問に思っていることを聞く。


「叔母さま、リズベットという子を知りませんか?」


 リーゼロッテは、はっとしたように一歩足を下げ、のけぞるような態度をとる。わざとらしい。


「その名前をどこで? いや、どこでかはわかっているが」

「やっぱりご存じなのですね? とてもお美しいお方で、私より二つくらい若いように思いました。少ししか会話をできなかったのですが、またお会いできるかと思って」

「そうだな、会えるといいだろうな」


 と、リーゼロッテ。不思議そうな顔をしてカトレアは聞く。


「どうして、そのような言い方だったのですか?」

「その、リズベットはどのような風貌だった?」


 と逆に聞くリーゼロッテ。


「そうですね。私は若い頃の叔母さまは絵でしか見たことがないのですが、その絵の叔母さまにそっくりでした」

「やはりそうか。私も初めて見た時は若い頃の私が現れたかと思ったよ」

「どういうことですか? リズベットさんにはお会いできないのですか?」

「お前、リズベットの足を見たか?」


 と、リーゼロッテが聞く。はっとした顔をしたカトレア、一緒に風呂に入った友人を見る。すると誰もが首を振る。もちろん、湯気で見えなかっただけだが。

 カトレアたちの血の気が引いていく。


「ど、どういう、こと、で、ございましょう?」


 と青ざめた顔でカトレアが聞く。


「あの子はな、これまで私しか見たことがなかった。もしかしたら、リコラシュタインの血に反応しているのかもしれない。それに、あの子は成長しているのだ。私は、あの子が小さい時から知っている。おそらく、今は十九歳から二十歳くらいだろう」


 カトレアは引いていく。


「私の想像をまとめるとこうなる。あの子はリコラシュタインの関係者ではないだろうか。また、生まれたのは、いや死んだのはと言った方がいいのだろうか、おそらく、母親の体内にいる時、もしくは、生まれた後に亡くなった。しかもそれが、十九年前から二十年前。つまり、お前が生まれた直後くらいだろう。それに、私にそっくりだということは、父親か母親は私と同じ血が流れているのではないだろうか。ところが、その頃にリコラシュタインの血を引いて子供をもうけられそうなのは、私かカインズのみだ。当然、そのタイミングでお前の母親は二人目をみごもれん。それにその頃、私はこの領都で杖をついていた。当然妊娠していない。と、すると……」

「「「きゃー」」」


 いろんな意味の悲鳴が上がった。カトレアは、真っ青な顔でしゃがみ込み頭に両手で抱えて震えていた。


「私の妹? お父様と妾の子? 生まれる前か後に亡くなった? どうして亡くなった? どうして成仏していないの? どうして私の前に現れたの?」


 カトレアは勝手な妄想に震え、汗が止まらない。いろんな意味で怖すぎる。


「カインズには絶対に言うなよ」


 と言って、リーゼロッテは去っていく、仮面の下で笑いを堪えながら。




 後日談だが、このリーゼロッテの冗談は、アリシア帝国中を巻き込んだ大騒動に発展する。

 家に戻ったカトレアが母親のビクトリアにこの件について相談する。

 ビクトリアは夫であるカインズの浮気を疑う。

 これが大喧嘩に発展。

 ビクトリアは実はアリシア帝国のクラーク公爵家令嬢。実家に戻ったビクトリアの話を聞いてクラーク公爵家が激怒。そのクラーク公爵家は帝国内で保守派。

 リコラシュタイン家は中立を保っていたものの、改革派が勝手にリコラシュタインを擁護。

 まさに、アリシア帝国が二分する戦いになる寸前だった。

 これを収めたのがリチャード・オルティーズ皇帝陛下。息子であるラミレスからローゼンシュタインの話を聞き、身内で争っている場合ではないと、なんとか諌めた。

 もちろん、ビクトリアの怒りはおさまっていない。カインズも当然怒っており、自らの潔白を晴らすが如く、本来の身内であるローゼンシュタインに攻め込もうとする始末。


 最終的に全てを収束させたのは、


「ごめん、てへぺろ!」


 という母上の謝罪。仮面をかぶっていなかったら許されていたであろうその行為も、仮面をかぶった五十うん歳のおばさまがやったと思うと、仕方ないと許せるものでもない。

 母上は「誰だったんだろうなー」とリズベットのことは誤魔化していたが、その後も腹を抱えて大笑いしていた。

 カインズ辺境伯は額に血管が浮き出るほど真っ赤になって怒っていたが、この姉に言っても仕方ないと諦め、「今回は引き下がるが許すことはできないからなー」と帰って行った。


 これによる、帝国の損失は甚大。多くの貴族が戦争の準備をし、出兵したがために、立て直すために十年ちかくの年数が必要と予想された。

 それに、ビクトリアはなかなか帰ってこなかったそうだ。母上は、「平和が何より。これで西側は安心だ」と笑っていた。これですませるところが母上らしい。が、大丈夫か? 実家なのだろう?



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