高等学園ー12
馬車の中で、
「グレイス、ローゼンシュタイン領はどうだ?」
僕は少し疑問に思いながら
「とても大きく、豊かな領です。領民も明るく、住みやすい街だと思います」
「そうだな。そのとおりだ」
ところで、と母上は続ける
「お前のご先祖だが、偶然あの地を見つけたと思うか?」
「???」
と僕は首を傾げる。
「お前のというか、我らのご先祖は、ローゼンシュタインの生き残りだ」
「???」
全くわからない。
「ローゼンシュタインはかつて、数千年前にその幕を閉じた国にあった一つの系譜だ。ご先祖たちは、仲間たちと共に終わった国を離れ、山脈を超えた湖のある地でひっそりと暮らしていた。が、今から数百年前に、さらにもう一つ山脈を超えた先に、たくさんの人がやってきて国を作り始めた。その王国は、少しずつ街を広げ、領土を広げ、山脈にまで近づいてきていた。ご先祖様たち、もちろん何世代も後だぞ、は、ローゼンシュタイン跡地に人を入れたくなかったため、その王国に移り、山脈を人が超えないように操作をしていた。それも限界を迎えた時に、ご先祖様は自ら山脈を超えて、あの土地を初めて見つけたように見せかけたのだ。そして、偶然にも魔法陣も見つけ、開発を行い、それを商品化することを名目に、ローゼンシュタインの土地をもらった、というか、あの土地に帰ったんだ」
母上は続ける。
「ご先祖様たちは、王国からスラム街に住む人たちや奴隷たちを集め、領都に連れ帰って、街を作っていった。もちろん、奴隷解放してだぞ。そうして、工場を作り、農地を開拓し、街を広げ、今の様な街になった」
さて、と。
「ところで、ローゼンシュタインにご先祖が戻っておよそ百年、魔法陣を使った水回り設備を売り出して産業を起こし、これだけの街になって五十年くらいだ。もし、お前が外の貴族だったとして、ローゼンシュタインをどう見る?」
「僕でしたら、その技術開発力は羨ましいと思います」
「そうだな、そのとおりだ。だいぶ前に話したとおり、技術開発は力だ。ローゼンシュタインは魔法陣を秘匿したまま水回りの設備を作り続けた。それだけをだ」
「それだけの魔法陣しか見つからなかったのですよね」
「そうだ。ご先祖様たちがローゼンシュタインの生き残りだとしても、見つけた以外の魔法陣については、すでに失われていたのだ」
だがな、と一拍置いて、母上は続ける。
「それを聞いて、どう思う?」
「はい、もしかしたら他にも隠し持っているのではと疑うかもしれません」
「まさにそのとおりだ。ローゼンシュタインはたった水回り設備に関する魔法陣だけで、ここまで大きな力を手に入れた。そのローゼンシュタインが他にも魔法陣を持っていたら?」
「さらに大きな力を持つ可能性がある、と言うことでしょうか」
「そう思われても仕方がない、と言うことだ。だから、ただでさえ急に大きくなった我がローゼンシュタインは妬まれたし、また、いつ、次の魔法陣を出してくるか、と恐怖する貴族も出てきたわけだ」
「それで嫌がらせを?」
「まあ、今までのちっぽけな嫌がらせの数々くらいが関の山だったがな」
と、ここでため息をつく。
「そういったわけで、嫌がらせを受けながらも、誰とも敵対をしない、という姿勢を貫いてきた。でないと、つまらん抗争に巻き込まれかねないからな。これだけの力を持つローゼンシュタインを味方にしたい貴族はたくさんいる。一方で、恐れる貴族も同数いるわけだ。これが我らが中立を貫く理由だ。それに、そんな嫌がらせ程度に済ませるために強化したのが、騎士団なんだ。でないと、攻め込もうとするバカな貴族が出てくるかもしれなかったからな。我らは誰とも手を組まずともすでに最強になっていったのだ」
少し間を置き、
「ところがだ。お前、火の魔法陣を使ったコンロやランタンを作っただろう。それを見て、貴族たちは、やっぱり隠していたか、と思うわけだ。また、それを使って、王宮もグリュンデール公爵も味方にしてしまった。特に公爵家は婚約関係まで結んでな。実際、公爵家にも工場が誘致され、大きく発展しつつある」
僕は自分のやったことの大きさに冷や汗をかく。
「いや、お前が心配も反省もすることはない。あれは、ローゼンシュタインではなく、お前がやったことなのだからな。まあ、周りはそうは見ないが」
そして、
「そう、お前は人脈まで手にしてしまった。また、キザクラ商会という経済力もな」
母上はため息をもう一つついたかと思うと、
「さらにだ、入学直後に水を飛ばす魔法陣を披露しただろう、ウォーターショットか? バレットか?」
「……」
「あれは、攻撃できる、魔法陣、だろう」
と、一言一言強調していう。
「それを知って、恐怖しない貴族はいない。しかも、高等学園の魔法研と言ったか? その魔法使いたちの詠唱より早い発動だったと聞いているぞ? 数十発で五十人くらいを吹き飛ばしたと。そんなもの、完全に武器だろう」
僕は黙って聞くしかない
「ついに水を飛ばした。しかも人を飛ばせるくらいに。となれば、次は火と考えるのではないか? 実際には、魔法銃を開発していて、そのとおりなのだがな」
クックックと笑う母上。
「それを、黒薔薇全員、騎士団団長および副団長が皆持っているのだ。我らは何と戦うつもりなのか?」
と真顔になる。何だろうね。心当たりがあったらそれはそれで怖い。
「それとな、電池、あれはダメだ。もう商品化して、コンロやランタンに利用されている。我が屋敷では家の灯りにも使っているがな。あれは今のところ、これらの商品とセットでしか使えないが、使おうと思えば、なんにでも使えるのだろう? ということは、魔力のない者でも電池があれば、魔法銃すら撃ち放題にできるということじゃないか。お前の水魔法の攻撃用魔法陣と組み合わせることなど、誰でも思いつくだろう。まあ、戦争のあり方が変わるな」
母上の長い話も、そろそろ終わりか?
「あ、忘れていた。お前、王都の猫、全て掌握しているだろう」
コートの中でマイヒメが「にゃん」と小さく鳴いた。
「いえ、僕がではありません」
「だが、ほぼそれと同じではないか? 今日の猫たちは捜索から案内まで見事だったぞ」
と。母上は猫たちをほめる。
「それもお前の力だろう。ちなみに、ローゼンシュタインの猫もか?」
「にゃん」
とマイヒメが代わりに答える。
「お前の猫は、言葉を理解するのだな」
と母上は感心している。
「それと、エルフもそうだろう。お前、商会ではエルフを多数雇っているな? あれ、エルフの里から連れてきているよな? 商会が攻撃を受けたら、エルフたちが黙っていないかもしれない」
母上は最後に、本当におおきなため息をついて、
「もう一個だ。今度で最後にしてやる。こはるだ。あれはドラゴンだ。それを味方につけたのだろう? ドラゴンは一体で国を丸ごと焼き払うぞ? 空の上からブレスを吹かれてみろ。我らでも防ぎようがない。焼かれるのを待つだけだ」
母上は、真剣な顔をし、
「猫の情報網とドラゴンについてはまだ隠しておけ。猫には普通の猫を演じさせろ。こはるは人前でドラゴン化させるな。本当にお前が自分の子供でよかった。敵だったら生きた心地がしない」
「もし、もしですが、それでもローゼンシュタインに敵対する者がいたとしたら?」
「私が敵対者なら、ベストは想いは関係なく婚姻関係だ。そうでなく、敵対するしかない場合は、フリッツ、私、テイラー、お前、を暗殺する。もしくは、身内を人質にとる。他には、今回のように噂をもって貶める。まともにやり合おうとは思わん。お前はすでに大事な人が何人もいる。そういった人を人質にとるなんて、常套手段の一つだ。気をつけろよ」
それと、と、
「我々はこれからも中立を掲げる。いいな」
「はい」
と僕は答える。
「万が一、それでも争いが起きてしまった場合、西からの侵攻は私が止める。北はグリュンデールとお前が止めろ」
ここで、僕は聞く。
「最後に、争いが起きた時に、戦う理由があの地にあるのですか?」
「民を守るのが我らの役目だろう。民を守るために死が必要なら死ね。それ以外の理由は……いずれな」
母上はもう話疲れたのか、外を向いてしまった。
この件で、十を超える貴族が取り潰された。大きな商会が二つとその傘下にあった小さい商会もいくつか潰れた。さらには、クーリエが事故で亡くなったと聞いた。ローゼンシュタインにはおとがめは何もなかった。
翌日、王都には、ベティの姿はなかった。ジェシカとビビアンも心配していた。しかし、誰もどこへいったか知らなかった。家は取り潰されてしまったので、旧カールソン邸にはもちろんいない。探すあてもない。みな、ちっこいムードメーカーがいなくなったことに悲しんだ。
高等学園の初めての夏休みだったが、友人と別れてしまった悲しみを覚え、また、大きな覚悟をさせられ、少し苦いものになった。




