プロローグー4
ついにかなでは僕に抱きつき大泣きしてしまう。
僕は開いた方の手でかなでの頭を撫で続ける。
きっと普段なら京子ちゃんは怒ったはず。
でも今は、黙ってそれを許している。
僕はちょっとだけ困った顔をして、天使様に視線で助けを求める。
だけど天使様は両手をあげて、やれやれ、って顔を振るだけ。
しばらくそうしていると、遠くから声がまた聞こえてきた。
「……様ー」
ん? 誰かが叫びながら近づいてくる。
「……京子様ー」
お、男性だ。京子ちゃんの担当死神かな?
その男性死神は、京子ちゃんの前まで来ると、両手を膝に当てて、ゼーゼーと激しく息をしている。
お前ら、疲れるなんて概念ないだろうに。
で、呼吸が落ち着いた後で、すっと立ち上がり、爽やかな笑顔で、
「長谷川京子様ですね、お迎えにあがりました」
と言った。
京子ちゃんは、その男性死神の顔を見つめている。そして、目を大きく見開いた。
あれ、どこかで見たことがあるような。しかも、エプロンって、どういうシチュエーション?
と、疑問に思っていると、京子ちゃんは、僕の手から手を離し、腕も離した。
かと思ったら、がばっと男性死神に抱きついた。
「くろさん!」
え、さっきの感動返してほしいな。
あ、思い出した。この男性死神、某ドラマの主人公だわ。京子ちゃん、大好きだったな、この俳優さん。
京子ちゃんは、男性死神の胸におでこをぐりぐりしながら「くろさん!」を連呼している。よっぽど嬉しかったんだな。
で、そのくろさんと呼ばれた男性死神は、両手をあげて顔をふりふりしている。まるで、「私はくろさんではありません」と言っているように。
と、ここで、天使様が動く。
「お勤めご苦労。もう下がっていい。他の担当もあるのだろう。ここはいいから行きなさい」
って。
その瞬間、男性死神は消えてしまう。
抱きついていた京子ちゃんは当然崩れ落ちる。両膝をついた姿勢のまま、両手を見つめている京子ちゃん。くろさん似の死神が消えてしまったことがそんなにショックだったか。
京子ちゃんが両手をゆっくりと握る。
あれ、なんか嫌な予感、って思った瞬間だった。
京子ちゃんはものすごいスピードで立ち上がったかと思うと、天使様に駆け寄り、その胸ぐらを掴んで凄んで言う。
「ミカエル!」
「は、はい……」
京子ちゃんの凄みについつい返事をしてしまう天使様。
次の瞬間、かなでは僕に抱きついたまま「あー」っと驚いた様子。
天使様は、額に手をあて空を見上げる。
どういうリアクション? って思っていたけど、京子ちゃんは止まらない。
「なんでくろさん帰したの! 私のくろさん! 私の死神だったんだよね? なんで帰したのさ、ミカエル! 答えなさい!」
全く動かない天使様とかなでの様子を見て、なんとなく察したよ。
京子ちゃん、天使様にミカエルって名前つけちゃったよ。僕もミカエルってイメージだったけどね。
で、男性死神については、京子ちゃんがくろさんって名前をつけそうだったから帰したんだ。
僕は、天使様を掴んで離さない京子ちゃんの腕をタップしながら、僕のお腹にはかなでがくっついたままだけど、説明をする。
「京子ちゃん、落ち着いて。えっと、この天使様、これまで名前がなかったんだけど、今、京子ちゃんが「ミカエル」って名付けちゃったみたいだよ。それで、この二人とも戸惑っているみたい」
京子ちゃんは、天使様から手を離した。
右手の人差し指を立てて口元に持っていく。そして、首をこてんと傾げて、頭の上にクエスチョンマークがいっぱい飛んでいるってふりをする。
あざとい。あざといけど可愛い。
これは、若い頃の京子ちゃんがなんかまずいことをしてしまったみたいけど、わからないっていう時にするポーズだ。
僕は、想像だけど説明をする。
「多分、この天使様とか死神はもともと名前を持っていない。だけど、この子には僕はかなでって名前をつけた。で、京子ちゃんは天使様にミカエルって名付けたんだ。さっきのかなでの反応を見るに、名前をつけてもらうってのは嬉しいことなんだろうと思うけど。男性死神を急いで帰らせたのは、京子ちゃんがくろさんって名前をつけそうになっていて、それがまずいことだった、ってことじゃないかな。で、天使様が固まっているのは、多分まずい方。かなでが喜んだのはなんでかな。その違いはわからないけど」
すると、ようやく解凍された天使様が話し出す。
「陵さん、その子を見て気づいたことはあるかい?」
と、言われ、お腹にくっついたまま僕を見上げるかなでを見つめる。
……、あ、
「かなで、薄くなっている!」
「そうだ。元々、我々天使たちや死神たちは名前を持っていない。必要ないしね。君とか、お前とか、二人称ですんでしまうんだ。それでも自分が呼ばれたってわかる。精神が持っている魔力を向けられているからね」
そんなものか。なんか寂しいけどな。
「で、今日、僕とその子は名前を得た。というより得てしまった。自分の名前を認識してしまったんだ」
天使様も自分のことは僕か。被ったな。
「それでね、僕らが名前を得るってことは、天使や死神として死ぬってことなんだ」
え、ええー。
それって大変なことじゃないの?
僕、かなでを殺しちゃった?
「かなで、ごめん。僕、君を殺しちゃった?」
「いえ、私は陵様と一緒にいられる可能性があるので、とても嬉しいです」
と頬を染める。いいのか?
「僕たちが死ぬってことは、堕ちるってことだ。堕ちるとね、僕たちは寿命を持った存在になる。つまり君たちと同じ存在になっちゃうんだ」
寿命をもたない存在が寿命を持つ存在になると。
いいのか悪いのかわからないけど、でもきっと、変わるってことは怖いことだと思う。
「でも、かなで。僕たちは、この後、精神をクリーニングされて、記憶も無くなって、どこで何に生き返るかなんてわからないんだよね。それって、君たちも同じだよね」
かなでは目に力を入れて宣言する。
「私は、たとえ記憶がなくなっても、陵様と別々の場所に生まれ変わっても、違う時代に生まれ変わっても、絶対に、絶対に陵様に会いたいです。会いに行きます。そう信じて、そう誓って生まれ変わります。だから……」
俯いて、頬を染めて、そして、
「陵さんも……」
と、小さくつぶやくかなで。
「私も! 私も陵くんのこと探すよ。何回生まれ変わったって、どこに生まれ変わったって。さっきも言ったでしょ。私、臭いで陵くんのこと探せるんだから」
何を自信満々に。
二人とも記憶を無くしちゃうっていうのにな。でも嬉しい。
「僕も探すよ。会いにいくよ。出会うことができたら、ものすごく嬉しいに違いない。きっと、ものすごい苦労をして、大変な思いをして、それで見つけるんだ。宝探しみたい、冒険みたいで楽しみになってきた」
ちょっと慢性中二病がうずいてきた。
三人で微笑む。
「陵様は、すごい技術開発をしたいんですもんね。だから、そんな人にひたすら会いに行きます。きっとそれが近道です!」
あれ、直接話してないよね?
でもかなでは出会えるヒントにしたみたい。
でもでも記憶は失っちゃうんだよね、しつこいようだけど。
それでも、きっとで会える。そう思うことで、死んじゃうこともにも楽しみがまたひとつ増えた。
いつの間にか三人で手を繋いでいた。輪を作って。一人足りないけどな。
「ん、ん」
ミカエルがわざとらしい咳払いをする。入れてほしいのかな?
違ったようだ。京子ちゃんが言う。
「ごめん、ミカエル。ミカエルは嫌だったよね、名前つけられちゃったの」
ミカエルは首を僅かに振り、言う。
「いや、いい機会なのかもしれない。僕も一万年近く天使として死んだ人たちのカウンセリングをしてきた。精神のクリーニングを納得させるためにね。ちょっと飽きていたんだ。疲れちゃっていたんだ。それにクリーニングされる側の気持ちを知れそうだし」
「でも、天使にはもう戻れないんでしょ?」
「うん、無理だろうね。でも、新しい生き方もいいのかも知れない。君達がしている生き方を。それに、僕もちょっとだけ君達といるのが楽しかった。君達と生きるのも楽しいかも知れない」
と微笑む。だから、で会えるかどうかわからないじゃん。
するとミカエルは徐に、
「えっと、ちょっと待っていてくれないか?」
と、どこからか、ツボ押しのような十センチくらいの棒を取り出す。で、それに向かって話しかけた。
「ヘイ! ボッコ! あいつに繋いで」
え、そいつ、電話なの?
恐るべし、天使のテクノロジー。
しばらくすると電話がつながったようだ。
「あー僕僕。覚えているかい? 君にたくさんの貸しを持っている僕さ。ちょっと悪いんだけど、ここまで来てくれる? いやいや、仕事と貸しとどっちが大事?」
いや、怖い会話だな。
「すぐ済むからさ、すぐにここまで来てね」
って言って、ミカエルは電話を切る。
と、同時に、すぐ横にまた天使様が現れた。
今度は銀髪。やっぱり、無精髭のおっさん。
「来てくれてありがとう。ちょっと頼みがあるんだけどね」
「いや、来たくなんかなかったさ。だけど、借りを返すいい機会だし、というか、あんたと手を切れるいい機会かなと……」
あ、銀髪天使様が何かに気がついた。
「あれ、あんた、薄くなってない? もしかして死んじゃった? 堕ちちゃった?」
あははははって、笑う銀髪天使様。
「おい、気をつけたほうがいいぞ。こちらにおわすお二方は、名付けの天才だ。君にもつけてもらおうか? 何、無意識のうちに付いちゃうから心配するな」
って何、その脅し。
「……悪かった。で、何をしたらいいんだ?」
真顔になる銀髪天使様。
「ああ、頼みというのは、僕達四人を君の世界で生まれ変わらせてほしい」
「そんなことしてバレたら、天使長様や首席天使長様に怒られちゃうじゃん」
「君への貸しを残り二つくらいにしてもいい。だから頼む。リミットオフで」
銀髪天使様は何かを考えるように上目線をしてしばらくした後、
「……わかったよ。じゃ、早速行くかい?」
ミカエルは僕らに目線で確認を取る。僕は黙って頷き返す。京子ちゃんとかなでも。
「さあ行こう」
僕らは銀髪天使様を先頭に歩き出した。
銀髪天使様についでミカエル。そして、僕とその両側に京子ちゃんとかなで。
特にかなではにこにこだ。
ふと、京子ちゃんが立ち止まる。街の方をむいて何やら拝む。何しているのかな、って思っていたら突然、
「ミーン、ミーン……」
って。えっと。
「何をしているの?」
「私ね、陵くんが死んじゃったのを見て動揺して、救急車を呼ぼうとして、着替えて、階段で転んじゃって、死んじゃったじゃん。っていうことはさ、救急車来ないんだよ」
「あ」
「この季節にさ、家の中で死体二つじゃさ、やばいよね。腐るよね、お尻からなんか出ているよね」
京子ちゃんはものすごく嫌そうな顔で言う。
「だからね、あやかに虫の知らせをと」
と言ってまた拝み出す。
「はははっ。じゃあ、僕もはるとに虫のしらせを入れるよ」
二人で街に向けて拝みながら、
「「ミーン、ミーン……」」
ミカエルとかなでは呆れるような顔をしつつも、僕たちのことを待っていてくれた。
僕たちは再び歩き出す。ふとミカエルが言う。
「虫の知らせってのは、死神の役割なんです。陵さんの場合は京子さんがいたから不要だったのですが、今回は京子さんも一緒に亡くなっていますので、さっきの死神がお子さんたちに知らせているはずです。嫌な予感ってやつをですね」
僕と京子ちゃんは虫の真似をして、そんなツッコミを入れられて、ちょっとはずかしかくて俯いてしまった。だけど、
「あははははは……」
って我慢できなかったのか、かなでがお腹を抱えて笑い出し、僕たちも釣られて笑ってしまった。
ひとしきり笑った後、
「さあ行こうか!」
真っ白な光の中に足を踏み入れていく。銀髪天使様が、ミカエルが、僕と京子ちゃんとかなでが。
そして、僕は意識を失った。




