王立学園ー10
昨日の夜、僕はいつも通りに魔石に魔力を充填して、体内魔力を使い切ってから寝ようと思っていた。
そんなところへやってくる大人が二人。僕の周りにいるマオマオ団が身構える。ちなみに、僕の周りには今年生まれた子猫がわらわらしている。
やってきたのは母上とシャルロッテ様。やってきて部屋に入ると鍵をかける。
「何事でしょうか、母上様」
と一応聞いてみる。僕の顔は引き攣っていたことだろう。
「内密の話をする。いいな」
と母上。えー。
「お前は、人を若返らせることができるな?」
何? 僕が生まれた時のことを言っている? ばれた?
「いえ、できませんよ、そんなこと」
「お前が治癒魔法を使えることは、黒薔薇が掴んでいる。お前が猫を拾ってきた時にな」
あ、ばれていたんだ。黒薔薇恐るべしだな。
「治癒と若返りはおそらく、体の代謝の活性化など、実際には紙一重なんだろう?」
なんだ、その想像力。あっているけど。するとしばらくして、僕の目を見つめたかと思うと、突然頭を下げた。母上が。
「あの時は、死にそうな私を助けてくれてありがとう。私はお前を産む二十年前に落馬して膝を悪くして歩けなくなった。それ以来、剣も振れず生きる気力を無くしてしまっていたんだ。お前が腹にきてくれて、私は体の自由がきかなくてもお前のために生きようと誓った。だが、お前を産んだ後に体調が悪化して死ぬことを覚悟したんだ。悔しくて悔しくて仕方なかったさ。お前の幸せを願って死んでいこうと思っていた。最後の最後にお前は死にそうな私のベッドに来てくれたな。神様がくれたお前と過ごす最後の時間だと思っていたよ。ずっとお前を見ていたかったが意識が遠のいてしまったがな。朝起きた時は、本当に驚いた。若返っていた、というか、二十歳くらいに戻った感じか。膝も戻ってもう一度やり直せると、神様に感謝した。でも、お前なんだろう? お前は神様か何か、もしくは使いのものか? まあ、調べてもわからないだろうが。お前は私の子供以外の何者でもない。本当にありがとう」
と言って母上はもう一度頭を上げる。
なんで、このタイミングでこんなしんみりとしたことを言うのかな? しかも、後ろにはシャルロッテ様がいる。バラしちゃったじゃん。まだバラしていないけど。
そうか、その時にシャルロッテ様もいたんだっけ。仕方ない。母上は信用できる。内緒にしておいてくれるのであれば、いいだろう。でもまだ、続きがありそうだぞ。
「それでだな、もう一回頼む」
と母上。
「いや、断る」
と即断即決。この返事でできると言ったようなものだ。しかも母上に対する言葉遣いじゃない。
「母がこれだけ頼んでもダメなのか?」
「っていうか、さっきの感動を返してくださいよ。ちょっとうるってきたんですよ」
「あれは本心だ、うるってきたなら良かったじゃないか」
「何がですか。うるってこさせようという作戦ですか?」
「ぶっちゃけそうだ。感動したろ? その対価として、やってくれ」
正直、母上のことは大好きだし、感謝もしている。母上は超絶美人でかっこいいし、それに、僕に研究室も与えてくれた。だから考えなくもない。が十分美人だろうに。気を使ってケアをしているのか、あれから十二年も経っているのにまだ二十歳で通じそうだ。
「これ以上若返ってどうするんですか。僕と同い年になっちゃうじゃないですか」
もう、バラしたも同然。
「いや、私じゃない、シャルだ」
え?
「なんでシャルロッテ様なんです? シャルロッテ様だって、三十そこそこには全く見えない美しさじゃないですか」
というと、頬に手を当ててくねくねするシャルロッテ様。じゃあ、いいじゃん。
「それでもな、三十も過ぎるといろんなところがな。私も見た目はこうだが、よく見るとそれなりだぞ? あんなところやこんなところが垂れてきてな、鍛えるのに大変なんだ。最近は、ちょっと違ったエクササイズをやっているが、美しさを保つためにも若返りたいと考えるのはおかしいことか?」
シャルロッテ様の顔がちょっと曇った。
「いや、美しくなるためのも何も、僕には事情が全くわかりません」
「ここまで母が頼んでも聞かんのか、意外と私に似たのか?」
「こんなこと、ぽんぽんやるもんじゃないんです。大人しく年相応に老けてください」
「何を? 美しい母であってほしくはないのか?」
「いや、十分美しいです、って言っているんです。シャルロッテ様もです」
「十二のガキに何がわかるか! かくなる上は、使いたくなかったが」
と言って、僕のベッドの上の子猫を左手で一匹捕まえる母上。
「取り返したかったら、母の言うことをきけ」
と。シャルロッテ様は、手で目を抑えている。
「なんと、騎士にあるまじき振る舞い、母上、それでいいのですか?」
「普段ならこんなことはしない。お前にだからする。今回は引けないのだ」
と。くそー。
「マイヒメ、いいか、取り戻すぞ、お前は残りの子猫を守りつつ、コマチたちに指示を」
「にゃん」
良い返事。
「よし、マオマオ団、母上を取り押さえて子猫を奪還する。かかれー」
と、僕と三匹は母上に飛びかかっていく。そのほかの猫は母上相手では荷が重い。
しかし、さすが母上だ、全く猫たちも僕も寄せ付けない。
ものすごい高速ステップで猫たちをかわしていく。なんだあのステップは。心当たりがあるが、今はおいておく。
前に出てくる! と思って飛びかかると、前に進む動きのまま後ろへ下がっていく。ムーンウォーク? そんなもの、フェイントに使うな!
と、しばらく追いかけっこが続く。なので、一旦仕切り直す。
「こっちも疲れてきたが、母上も息があがりつつある。再度攻勢をかけるぞ! いけ!」
と言って第二ラウンド。これだけバタバタしていると、黙っていられないものがいる。ミレーヌをはじめとしたメイド達だ。部屋のドアを無理やり開けて、十名のメイドがなだれ込んでくる。ミレーヌは大声で指示を出す。
「確保ー!」
ついに、メイド十名も加わっての乱戦になった。
最終的には、母上、僕、メイド九名が重なった小山ができた。
山の横に立ったミレーヌが言う。
「奥様、グレイス様、夜も遅いので、お静かに願います」
と。それだけかよ。とはいえ、事情もわかっていないだろうし、仕方ないな。
「わかった。大人しくするからメイドをどけて下がれ」
と、母上。ふう。疲れた。
メイド達が引き上げていく。その際、さりげなく部屋を片付けていくのはさすがだ。
「仕方な「ほどほどにしてくださいよ」」
と、母上の諦めの言葉に被せるように僕が言う。
「なんの事情かわかりませんけど、病気とかあったら困りますし、ソフィも悲しみますから。チェックをした上で、体の代謝を上げます。それでよろしいでしょうか」
と提案する。
「おお、ありがとう」
「ありがとうございます」
と、母上とシャルロッテ様。
「それでは着替えて参ります」
シャルロッテ様は、そう言って僕の部屋のシャワールームへ。
ん? と首を傾げていると、薄手のパジャマで戻ってくるシャルロッテ様。ちょっと恥ずかしそうにしている。
なんでパジャマ? と思いもするが、僕も一応十二歳。目をそらしておく。母上はニヤリとそれをみている。
シャルロッテ様は、「失礼します」と言って僕のベッドに入っていく。なぜに? と思っていると、母上までその場で服を脱ぎ出し、下着姿で僕のベッドに入る。
僕が固まっていると、母上が、シャルロッテ様と母上の間の空間をばんばんとして、僕に来いとアピール。
「グレイス、お前がシャルに何もしないように、私も一緒に寝てやろう」
するか! 婚約者の母親だぞ!
諦めたように僕はその間に潜り込む。「失礼します」って、なんで僕が言わないといけないんだ。
僕が入って小さくなっていると、母上とシャルロッテ様が僕の手を握ってきた。
「接触していた方がいいのだろう? 変なところを触られるより、手の方がいい。握っとけ」
と。
もう、すっかり母上のペース。下手な反論はめんどくささを生むだけなのはわかってきた。
「ところでグレイス。私とシャルは今、おおよそ三十路すぎの体だな」
まあそうだ。
「お前が以前私にした時は、おおよそ二十歳ほど若返った。今はお前の魔力もその時より増えているだろう。あの時の全力で二十歳なら、今の全力では三十歳くらいいけるな? 私とシャルでおおよそ十歳ちょっとくらいずつ若返らせることでちょうど良くないか?」
おい、どさくさ紛れに自分もかよ。しかも二人同時に?
ところで、母上は何歳若返るつもりなのか。それより、これ、副作用はないのか? 一見不老っぽいけど、不死じゃないはず。
寿命はどうなっているんだろう。心臓は二十億回打ったら止まるから、寿命が伸びるわけではないのだろう。ただ、心臓が若返っているとしたら?
わからないことだらけだな。まあ、諦めよう。
「それじゃ、まず、体調チェックをしますよ」
と言って、二人の体をスキャンしていく。母上もシャルロッテ様も僕の方を見つめて何が起こるのかの確認をしているかのよう。だけど、僕はこの間目を瞑って集中している。おおよそ確認して、
「母上はどこも悪いところはありません」
というと、シャルロッテ様が空いている手を口に当てて緊張している。
「と言うことは?」
と言って。
僕は答える。
「シャルロッテ様も基本的に悪いところはありません。ただ、ちょっとお腹にしぼ」
「バチン」
と、僕の口をシャルロッテ様の手が抑えた。何を言いたいのか察したのだろう。
その手、シャルロッテ様の口を押さえていた手ですよね。それで僕の口を押さえるってちょっと。
なんとか隠しながら照れていると、母上がニヤニヤしている。くそー。お見通しか。
「それではやりますよ。うまくいくといいですけど。前回の時は部屋が光ったそうですけど、カーテンは大丈夫でしょうか」
母上がベッドを出て確認して戻ってくる。
「いいぞ」
と。
僕は目を閉じイメージする。
前と一緒でいいか。美しくかっこいい母上とシャルロッテ様をイメージ。口に出すとあとで何か言われそうだから無詠唱でいく。あの時もそうか。喋れなかったんだから。
よし、メガヒーーール! と。
母上たちにはみえていないだろうけど、二人の下には魔法陣が展開。その光が立ち上がり霧散する。そして霧散した光が二人の中に入っていく。ここまでは二人には見えていない。
ついで二人が輝く。母上もシャルロッテ様も目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。自身が光っているのが信じられないかのようだ。
成功したのかな、失敗したのかな、どうかわからなかったが、全力でやってしまった。僕は意識を手放す。
翌朝にはもう二人の姿はなかった。




