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プロローグー3

「じゃあ、記憶は?」


 僕の声ではない。後ろから聞こえた。しかも知っている声……。

 肉体を持っていないのに、冷や汗が出る感覚。

 ギギギってゆっくりゆっくり振り向く。


「京子ちゃん!」


 なんでここに京子ちゃんが。僕はあまりに驚きすぎて目も口も開けたまま動けない。


「うんとね、今ここに、陵くんが可愛らしい女の子と手をつないで一緒にいることも、陵くんが死んじゃっていてびっくりしてそれからあったいろんなこととかも、とりあえず置いておいてあげる。それより気になることがあるから」


 置いておく? そこが大事じゃないのか?

 僕は冷や汗が止まらない。話を聞いているどころではない。

 しかし、京子ちゃんはそんな僕を気にせず続ける。


「記憶は脳じゃないの?」

「はい、脳は外部から得たいろんな情報をまとめます。その情報を魔力を通じて吸い上げて記録するのは精神です。今ここに脳がないのに、記憶はありますよね?」

「ああ、確かに。未だに信じがたいけど。じゃあ、記憶障害とかは? 精神に記録されているなら、脳の障害とかで記憶喪失とかにならないんじゃない?」

「そうでない場合もあります。物理的にでも精神的にでも強い衝撃を受けた時とかは、精神の方にバッククラッシュが来て、記憶がなくなることもあります」


 立ち直った僕は、あー、ロボットに乗った操縦者の腕に衝撃がやってくるやつだなと。安直に納得する。


「さっきこの子が言っていたけど、時に精神は魔力を介して遺伝子に影響する。よく知られている例が進化だ」


 え、また違う声。しかも男性。

 誰もいないスペースにふっと現れて、びっくりする。けど、京子ちゃんが現れた時よりまだまし。

 その男性、髪はっていうか、毛は無精髭に至るまで金髪。三十代くらいかな。ギリシャ神話に出てくる人のような格好をしていて、何より目を引くのは背中から広がっている真っ白な翼。えー、おっさんに翼かよ。誰得?

 すると、かなではすすすっと、僕の斜め後ろに隠れるように移動し、僕の肘あたりの服を摘んでいる。

 おっさん天使様はかなでに話しかける。


「あんまり遅いから見にきちゃったじゃん。予約が入っているんだから、来てくれないと困るんだよね」

「えっと」


 と、かなでを見ると、かなでは小声で、教えてくれる。


「この天使様は私の上司で、精神のカウンセリングを担当されている方です。陵様を連れて行く予定だったお方です。カウンセリングが終わった後、精神のクリーニングが行われて生まれ変わりとなります。先ほど説明したとおりに」


 あれ、この天使様、かなでを見て、何かに気づいたようにちょっとびっくりしているような気がするけど?


「あのさ、話を戻すけど、進化に影響するって、どういうこと?」


 うん、京子ちゃん、冷静だね。


「精神のイメージで魔力が遺伝子に働きかけるって話だったけど、精神がこうありたい、こういうふうになりたい、って強く思っていると、遺伝子がそれに応じて修飾されたり、組み変わることがあるんだよね、体細胞でも生殖細胞でも。ただ、塩基置換の場合、大抵は影響ないか、排除される、もしくはがんになっちゃうとかいろいろ。で、生殖細胞で精神のイメージに従って遺伝子の修飾や組み換えが起こっちゃうと、それが子孫に影響する。これが進化。まあ遺伝子の修飾の場合は戻ることもあるから、進化と言っていいかわからないけど、親と子で形質が変わるから、ここでは進化とさせてもらうよ。君たちも、急激な進化も見たことあるでしょ?」

「え、そんなのある? 京子ちゃん、わかる?」

「ううん? わからない」

「最近の子供って、みんな手足が長いでしょ?」


 って天使様。


「あー、確かに、僕の子供にしては、子供たちは現代っ子体型というか、すらっとしていて、小顔で、スタイル的にカッコよかった」

「それ、私の遺伝子じゃない!?」


 って京子ちゃん。まあ、可能性はあるけど。少なくとも僕じゃない。


「生物の種分化に比べたらちっぽけな進化だけど、そうやって遺伝子は変わっていく。で、もう一つ、遺伝情報とは異なるスタイルや能力を持つ例がある」


 うーん。想像もつかない。


「赤ちゃんってね、精神がクリーニングされた直後だから精神が未発達でしょ? そんな時に、その赤ちゃんの持つ魔力より大きな魔力を、たとえば、「頭のいい子になーれ」って念じながら流してあげると、赤ちゃんの遺伝子はそういうふうに修飾される。つまりは頭のいい子になるようにと修飾された遺伝子が望み通りの体を作る」

「あ、それ知っているわ。っていうか魔力とかのせいとは知らないけど。昔、子供の頭を良くする方法って、赤ちゃんの足の裏に刺激を与えること、って言っていたおばあちゃんがいた。それがそうなんじゃない?」


 と、得意げな僕は続ける。


「だから、僕は子供たちが生まれた直後から、暇さえ見つければ、足の裏を揉んでいたんだよね。頭がよくなーれ、かっこいいスタイルになーれって。でも、結構、そんな感じに育ったでしょ?」

「まあ確かに!? でも、本当にそんなことが?」


 って京子ちゃん。


「うん、きっとその結果だね。大体人の場合、精神がしっかりしてくるまで、生まれて一年くらいしか効かないけどね」


 と、補足する天使様。


「でね、僕の疑問としては、話は変わっちゃうんだけど、なんで魔力があるのに魔法が使えないの? さっきかなでにちょっと聞いたけど」


 天使様は、やっぱりか、と言う顔をする。「かなで」って言ったあたりで。


「まあ、魔力は精神が発するエネルギーなんだけど、その子の説明にあったかな? 魔力に反応する自然にあるべきエネルギーがこの世界にはないんだ。なんでこの世界にないかって言うと、この世界を作った神様が、そうしちゃったから。実際には、魔法を使える世界もあるんだ。でもね、その世界では、魔法が便利すぎちゃって、技術の発展があまりなかったんだよね。それをあんまり面白そうじゃないって思った神様が、この世界を作るときに魔法を使えなくしちゃった。おかげで、科学技術が発達したでしょ? この世界。神様は結構喜んでいると思うよ」


 ち、神様のせいだったか、魔法使えないの。


「でも、時々、魔力を感じることができる人はいるよ。たとえば、気配、殺気、それに、幽霊」


 ちょっと納得。あれは、魔力を感じていたのか。僕は結構見る方だった。


「ところでね」


 と、天使様。


「どうして君たち夫婦はそんなに大きな魔力を持っているんだい?」

「「……」」


 まずは、フォロー入れるか。


「京子ちゃん。あのね、死んでからこうやって人の形を取っていられるのはたくさん魔力を持っているからなんだって…………」


 と言って、今更ながら、大事なことを思い出して、僕は大声をあげてしまう。


「京子ちゃん! 死んじゃったの? どうして? なんでこんなことに……」


 って、京子ちゃんの両肩を持ってブンブンする。すると、京子ちゃんも我に帰ったのか、急に目を潤ませて僕に抱きついてくる。僕も抱きしめ返す。


「あのね、あのね……」


 もう涙声だ。


「陵くんが、陵くんがね……」


 ちょっと落ち着いてほしい。


「なんとなく寒くなってね、陵くんにもっとくっつこうとしてぎゅっとしたらね、陵くんが冷たくなっててね……うわーん」


 思い出してしまったのか、また泣き出しちゃった。

 僕は、抱きしめていた右手をそのまま上へ移動させて髪をそっと撫でる。

 「ぐすっ」と京子ちゃんは泣いて、なかなか話が進まないけど、仕方ないか。


「びっくりして飛び起きて、陵くんの顔を触っても冷たいし、息もしてないし、脈を測っても動かないし……、キスをしたら生き返るかなって思って、いっぱいしたけど、生き返らないし……」


 そりゃまあなあ。それに、おじいちゃんとおばあちゃんのキスシーンか。


「で、あれにあれしたら生き返らないかなって、布団を捲ったんだけど……」


 あれにあれって、そんなんで生き返ることある? どういう発想?

 僕、80歳だし、京ちゃんは76歳だよね? もう、京子ちゃんがパニくったのがよくわかる。


「ふとんをめくったら変な匂いして……」


 すまん、死んでしまったから、いろんな穴からあれやこれや……。


「布団を戻したらちょっと冷静になって。陵くん死んじゃったって、理解して。救急車呼ぼうとして電話しようとしたんだ。でもパジャマじゃダメだなって思って着替えて、髪をとかさなきゃって、一階の洗面に行こうとして、階段で転んじゃった」


 えー、まさかの。ドジっ子はなおらんか。


「それで死んじゃったの?」

「そうみたい。いたたたたって起き上がったら、体から抜けちゃった。で、こんな風に死んでも自分でいられるんだったら、もしかしたら陵くんもまだ遠くへ行ってないかもって、急いで飛び上がって」


 京子ちゃんは巨大化するヒーローの格好をする。


「そうしたら、遠くに陵くんがいるってわかって」


 なんでわかったんだ? 僕みたいに目が良くなっているのかな? 怪訝な顔をしている僕に、


「私、臭いで陵くんのこと、わかるよ」


 ってすごいな。知らなかったけどある意味尊敬するわ。

 というか、臭い出るんだ、この実体のない体で。


「で、急いで飛んできたの」


 あれ、ちょっと、京子ちゃん落ち着いてきたかな。声が低くなってきた。


「そしたらさ、陵くん、可愛い女の子とすごく近い距離でお話ししているじゃん? 手をつなぎながら」


 あ、やばい。さっきまでのシリアスがどっか行った。


「でね、陵くん。その子、だれ?」


 って。

 今かー。今来るかー。さっきの冷や汗返してほしいな。と、気がつく。


「あれ? そういえば君の死神は? この子は僕を迎えにきた死神。名前はかえで」


 あれ、やっぱり天使様が顔を顰めてる。


「死ぬ時には死神が迎えに来るはずなんだけど。急だったから間に合わなかったのかな?」


 って僕は話を京子ちゃんの死神がいないことに向ける。


「で、その子、絶対に陵くんの好みだよね」


 ってすごいジト目。回避失敗。

 うーん。なんて答えていいかって悩んでいると、


「私は、陵様の好みの姿をとっていますから」


 って、まだ僕の斜め後ろで袖を握ったままのかなでが答える。

 お、京子ちゃんの目がだんだん座ってきた。


「陵くんは、私の旦那様なんだから!」


 って僕を引っ張って、かなでから引き離すと同時に、僕の腕をとる。手は、カップル繋ぎ。

 京子ちゃんは何故かこのタイミングで耳打ちする。


「なんで陵くん若い時の姿なの?」


 って。

 僕もヒソヒソと返す。


「この姿はイメージだから、イメージすると変わるよ。」


 その瞬間、京子ちゃんは僕と出会った二十代後半の姿に。

 おー、順応力高いな。京子ちゃんはかなでに言う。


「陵くんは、死んじゃう時、来世でもまた会いたいって言っていたもん。愛してるて言ってくれたもん。夢の中でだったけど」


 あー、言ったわ。

 京子ちゃんは僕の腕をぎゅっと引き寄せる。


「すごいね、死んだ後に言ったことって、夢の中に届くんだね」


 って感心した。


「だからね、陵くんと一緒にずっと一緒にいるのは私なんだ。ね、陵くん。一緒に生まれ変わろうね」


 確か、生まれ変わる前に、精神がクリーニングされちゃうんじゃなかったかな。ま、いっか。そんな野暮なことを言ってはいけない。

 あれ、かなでが俯いて、両手とも握ってプルプルしている。

 僕が京子ちゃんに返事をする前に、かなでが言う。


「陵様と一緒にいるのは私なんです」


 えー、どうしたかなで。


「陵様は、陵様は……」


 なんだろう、二人とも名前を繰り返すの癖かな? それとも似たもの同士?


「陵様は、私に贈り物をくれました。何千年もずっとずっと死神の仕事をしていた私に。誰からも何ももらえなかった私ですが、陵様は、私にくれたんです。「かなで」って名前をくれたんです。嬉しかったんです。初めてなんです、贈り物をもらったのは。素敵な、素敵な名前を。私はかなでなんです。うわーん」


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