転機ー6
「リーゼ、今日のことは聞いた」
と、フリッツ。
「領主様ともあろう方はいち早く情報を得るべき、いや、先頭に立って対処すべきでは?」
と、リーゼロッテは嫌味を言う。もちろん、ふざけてだが。
「我が領は、その土地柄のおかげか豊かだ。しかも、先祖の功績により潤いに潤っている。そのため、王国内でも妬みややっかみが多い。今回のようなイタズラを仕掛けてくるしょうもない派閥がある。それに、隣国アシリア帝国もいつ攻めてくるかわからない。お前の黒薔薇や他の騎士団がいるから大丈夫だと思うがな」
と、一拍おく。
「テイラーは、王都で第一騎士団が守っている。だが、グレイスは? 学園に通っている間は、同じく第一騎士団が守るだろうがな。だが、西は……?」
「アリシアの方は、私が牽制する。もちろん騎士団を使うが。アリシアのなかでも川を挟んだリコラシュタイン領は、友好的だろう。貿易も盛んだし。リコラシュタインに協力を求めてもいいのではないだろうか」
「我がマイリスブルグ王国もおそらく代替わりが近い。おそらく、第一王子が次代の王となるだろう。私は中立ではあるが、それを望んでいる。それが一番流れる血が少ない。しかし、こういうものは、たいてい荒れるものだ」
「ところで」
と、リーゼロッテが話を変える。
「今日、グレイスが領の子供達を守れなかったことを悔やんでいたようだ、五歳児のくせに。あいつは面白いかもしれないぞ」
他にも意味がありそうに笑うリーゼロッテ。
「面白いも何も、この地はテイラーが継ぐだろう。あいつはどうするかな」
「ソフィのところに養子にやればいいだろう。なんとかしてやれ。グリュンデール領の都市一つでも任させてもらえればいいだろうに」
というか、それぐらいの閉じ込めておかないと、混乱を巻き起こしかねない。なにしろ、神に愛された子供だ。と、リーゼロッテは考える。
「そうだな、公爵に頼むか。二人は仲がいいことだしな。身分は向こうが上だが、何か見返りがあればなんとかなるだろう。まだソフィの婚約者は決まっていないのだろう?」
何かはいずれ考えよう、グレイス自身に価値が出れば一番だが、とリーゼロッテ。
「だから、グレイスが何かを望んだら、それをやらせて見たらどうだろうか。意外と何かをなすかもしれないぞ」
と、ある意味確信を持ってリーゼロッテは提案する。
「そうだな。あいつが何かをしても、けつをふけるだけの力が我が領にはある。最後の手段は独立だな。それでもやっていけるだけの豊かな土地だ」
「そういうことは口に出してはいけません、旦那様」
と、わざと丁寧に言って笑うリーゼロッテ。
二人の望みは平和。この豊かな土地で健やかな街を維持する。そのために抗う騎士団は育ててきた。いつまでも、永遠なる平和を望む。
「さてと、煽ってくるか」
「入るぞ」
と、おかあちゃんが部屋に入ってくる。
「今日、魔獣に襲われた時、他の子供達を守れなくて泣いたんだって」
と。
傷を抉ってくるつもりかな。僕が怪訝な顔をしていると。
「お前な、年上を守ろうだなんて、年上のプライドも考えろよ」
え、そう言われると、キートにはキートのプライドがあっただろう。それを僕が守りたいだなんて、プライドを傷つけたかな。
「さて、お前は守れなかった。見ていることしかできなかった。何が足りなかったんだ?」
「僕は、力だと思います。魔獣を倒せる力。それと、魔獣に立ち向かう勇気」
「まあ、間違っちゃいないな。だが、お前の欲しい力っていうのは、相手を倒す力なのか? 武力が欲しいのか?」
「……武力かもしれません」
「では、お前は学園に行く目的は、武術を学んで戦う力を得ることなのか?」
あれ、何か違う。おかあちゃんが続ける。
「力って、なんだ? 確かに、自分を守れるし、人も守れる。相手を倒すこともできるな。だけど、武力だけが力なのか?」
僕は考えるが、先におかあちゃんが口を開く。
「たとえば、経済力。資金力ともいうが、お金があれば、兵を雇える。自分が武力を持っていなくてもいい。たとえば、知力。自分が持っている知恵を使って、人を動かすことも、金を動かすこともできる。そういう戦いもある。それに、政治力。これは国や領を発展させて力を持たせることができる。権力。権力があるだけで、人を使うことができる。どれにしたって、いろんなものを守れるぞ。それにな、人脈だって力になる」
なるほど。自分に直接戦う力がなくてもいいのか。
「ところで、このローゼンシュタイン領は強いと思うか?」
「はい。人も多く、食料の生産量も多く自給率が高い。また、独占している水回り設備の販売も豊かにしている要因です。この都市は、強いと思います」
「なぜ」
「食料もお金もありますから、兵を雇うことができますし、騎士団も他の領より多いのではないでしょうか」
「ようは、食料と金か。確かに戦争をするためには、これが大事だな。では、なぜ、このローゼンシュタインはそれを持った?」
僕は考え込んでしまう。なぜかと。
人が集まって農地を開拓した。なぜ人が集まれたのか、この街を作ったご先祖様がお金を持っていたから? お金を持っていたから人を雇えた、養えた、のか? では、そのお金はどこから?
「お前はわかっているか? このローゼンシュタインの根本は、技術だ。魔法陣を見つけ、それを使えるようにした。その技術をもとに水回り設備を作り、これを作るという名目で、この地を当時の国王に認めさせた。当然、そんなもの独占販売するのだから、融資も受けられる。すっかり返済済みだ」
僕は、目が点になった。そうだ、技術だ。技術がこのローゼンシュタインを作ったのだ。この街の人たちを守っているのだ。お母ちゃんはそのことを僕に教えたかったのだろう。
「ところで、お前、ソフィリアのことを将来どうしたい?」
と、唐突に聞かれ、僕はちょっと赤面する。それを見てお母ちゃんは笑う。
「お前な、お前の身分はわかるか? 辺境伯の次男だ。で、ソフィリアは?」
僕は現実を突きつけられた気がした。
「ソフィリアは、公爵家嫡男の娘。しかも長女で一人っ子。今のところな。つまり、現公爵が引退すれば公爵令嬢になる。公爵令嬢ってな、使い道がたくさんあるんだ。例えば、王家に嫁に出すとか、他国の貴族に嫁に出すとかな。公爵家としても、国としても、使い方を考えているわけだ。公爵としても国王という個人としてもな。でだ、辺境伯家の次男に嫁ぐことにどんなメリットがある?」
僕でもわかる。全くない。これまで、考えてこなかったが、そのとおりだ。
「お前はどうする? 指を咥えて見ているのか? 今と同じように力がないと嘆きながらな」
そう。僕には力がない。魔力ぐるぐるによって得られた人よりちょっと強い体、強い猫たち、辺境伯家次男という立場。どれも強い力だが、僕には足りない。京子ちゃんを手放したくない。そのための力が。
「ちょっとついてこい」
と、言っておかあちゃんは部屋を出る。僕もついていく。
「なあ、私とフリッツではどちらが強いと思う?」
僕は考えるまでもなく、
「母上です」
と答える。
おかあちゃんは笑いながら、
「単純に戦うだけならな」
と答える。
「さっきも言っただろう。この領地も、民たちも、騎士団も、そして王都での立場も、全てフリッツのものだ。それに比べれば、私なんて、なんともならん」
なるほど。では僕はどうしたらいいのか。
おかあちゃんは屋敷から出て、隣の水回り設備を作る工場へ向かう。
この工場を囲う頑丈な塀まで来ると、工場入り口で警備をしている兵士に声をかけて中へ進む。
いくつもの建物がある。ホーンラビットを飼育している施設はさらに塀で囲まれている。
この工場群の一番手前に立派な建物がある。おかあちゃんはその建物に入っていく。玄関から入るとホールがあり、二階へ上がる階段がある。しかし、その階段を登ることなく、右進んでいく。その一番奥の部屋に入った。
部屋に入ると、事務机とその手前に応接用のソファーやテーブルがあった。壁には本棚が並んでいる。
その本棚の一つの前に立ち、徐に本を取り除き、そこへ手を入れる。すると、本棚が動いた。
その向こうには地下へ降りる階段があった。
おかあちゃんは、「イグニッション」と唱えながら、階段にある蝋燭に火を灯しながら降りていく。
すると、さまざまな器具が置いてある部屋に出た。
一目で分かった。ここは実験室だ。
その実験室の奥には扉があり、その向こうには、土が剥き出しになった広い地下室があった。部屋に入るとおかあちゃんはこっちを振り向き、
「ここは、お前の祖父が使っていた実験室だ。ここで魔法陣の研究をしていた。だが、初代の見つけた四つの魔法陣以上のものは見つけられなかった。亡くなられた後は、そのままにしてある」
とはいえ、意外と綺麗だ。掃除がされているように見える。
「このローゼンシュタインは結局、初代が発見したもの以外で新しいものを作れていない。水周り設備はまだ需要があるものの、もしかしたら、いつかは同じようなものを作れる研究者が現れないとも限らない。そうしたら、この家は終わるかもしれない」
技術開発なんて、そんなものかもしれない。オリジナルはそれなりにブランド力があるものの、後発はより利便性を求めたり、コストを削減して安くしたりとしてくるのが常だ。
「さて、本題に戻ろう。お前の価値はなんだ? お前の力はなんだ? 国王がお前の話を聞きたくなるような、公爵がお前を手に入れたくなるような、お前の強みはなんだ?」
僕はこの話の結論が見えてきた。
「時間はあまりないぞ? 公爵令嬢の婚約なんて、早く決まってしまうものだからな」
と。おかあちゃんは一拍開けて、
「この部屋を自由に使っていい。その扉の先は実験場だ。研究開発は人目のつくところで行うわけにはいかないからな。それと」
と言って、入ってきた扉の方に目を向ける。
「入ってこい」
と、おかあちゃん。
入ってきたのは二人のメイドだった。
二人とも緑がかった金髪。
一人は肩までの前下がりボブ。もう一人はポニーテールだ。
虹彩は緑色で、目鼻立ちのはっきりした顔をしている。正直美人だ。
メイド服を着ていて足は見えないが、腕や胴から見てかなりスタイルがいい。とはいえ、胸は薄い。
「二人を見て何か気づかないか?」
と、僕に聞く。
僕はもう一度メイドたちの顔を覗き込む。頭のてっぺんから顎まで、またそこからさらに視線を下げていくが……。
「せっかくポニーテールにしたのにな」
と、おかあちゃんは笑う。
「あ、耳。もしかしてエルフ?」
僕は気づいた。
「エルフは初めてです。物語の中の存在だと思っていました」
と、ちょっと興奮気味に答える。
だって、初めて見たのだ、人間以外の人族。
というか、そんな存在を知らなかったから、自分たちを人間なんてカテゴリーで呼んだこともなかった。
「わからないことは彼女らに聞け。それと、分かったことは彼女らに伝えろ。決して紙に残すな。彼女らが全て記憶する。お前が死んだ後も、彼女らが技術を伝えていくのだ」
え? と彼女らを見ていると、
「彼女らの歳は三十歳になっていないくらいだ。あと五百年以上生きるぞ。それに記憶力がとてもいいから、気にするな。紙に書いて盗まれたら目も当てられない。それに、これまでの技術についても熟知している」
ふと、疑問に思った。
「魔法陣を使った設備を売っていますが、それで魔法陣が人に知られたことはないのですか?」
おかあちゃんはエルフに「見せてやれ」という。エルフの一人が机の上から紙を摘み上げる。
「あ、いま紙を手に取ったっほうがルナだ。もう一人がラナな」
ポニーがルナ、ボブがラナか。
ルナが説明してくれる。
「設備にはこの魔皮紙に書かれた魔法陣が使われています」
と、僕に手渡す。
「まず、魔法陣が見えますか?」
「いや、見えない」
「魔法陣を漏洩しないための一つ目が、透明なインクです。このように取り出しても見ることができません。なお、その紙は一枚に魔法陣が描かれていて、それを被せるようにもう一枚を貼り付けています。それが二つ目の対策です。では、中の魔法陣を見ようと、二枚の魔皮紙を剥がしてみてください」
僕は、ぴったりくっついた魔皮紙を剥がそうとするがなかなか剥がせない。
なんとか爪を入れて剥がしてみる。すると、白い粉がバラバラと落ちた。
「そのように、魔皮紙を剥がすと、魔法陣を描いているインクがボロボロに剥がれます。これで、誰もみることができません」
ところで、これって、ものすごく機密な事項ではないだろうか。それを聞くと、
「グレイス様は、これからここで研究をされます。ですので、そのことは知っていていただかないといけないことです。初歩の初歩です」
と、ラナ。
「疑ってはいけないのでしょうが、この二人は大丈夫なのでしょうか?」
と、おかあちゃんに聞く。
「この二人はな、私が若い頃に、連れてきたんだ。どこからかは内緒だ。本当に小さい頃にな。魔力が多かったことも理由の一つだ。そのころからの付き合いだ。だから、忠誠を誓っていてくれている。もっとも信頼している黒薔薇の二人だ」
「では、このメイドたちに研究を手伝ってもらうということで良いでしょうか」
「ああ。今日をもって黒薔薇は解雇だ。お前付きにする。さっきも言ったが時間はないぞ。それに、あの三人も言えば手伝ってくれるだろう。隠し事はしないのだろう? ソフィリアも必死になるだろうしな」
と言って笑い、おかあちゃんは出ていく。
と、思い出したように、
「そうそう、国王様がなかなか王位を譲らないのは、第一王子と第二王子の間でどちらにするか悩んでいるかららしい。どちらも派閥ができており、貴族たちが争っている。第一王子は、政治力があり、国王様としても第一王子に次期国王になってもらいたいような雰囲気だ。だが、第二王子が劣るわけではない。第二王子も優秀で、しかも剣術が得意だ。何より攻撃魔法が使える。よって、軍の関係貴族たちは第二王子推しだ。何もなければ、第一王子が継ぐのだが、魔法が使えないことを責めるものも多い。魔法が使えれば何も問題がないのだがな。魔法陣のように誰でも使えるもので、攻撃魔法が撃てればな。まあ、独り言だ。あ、そうそう、ローゼンシュタインもグリュンデールも中立だぞ。それは覚えておいてくれ」
と言って出ていってしまった。
どうして僕に手を貸してくれたのかわからないが、喫緊の目標ができた。学園に入るまでに成果を出そう。
何せ、僕は魔法陣が見える。他の三人もだ。正直チートでしかない。
後は、何を作るか。はっきり言って、革新的すぎてもいけないのだろう。
こうして、僕は研究に集中することにした。そして、今後は心の中でもおかあちゃんのことを母上と呼ぶことにした。ついでにお父ちゃんも父上と。




