ターナー1
正月のお祭りも落ち着き、天気のいい日、京子ちゃんと二人で出かけた。
町中にある、京子ちゃんプロデュースのカフェだ。
ケーキが人気の店で、ランチタイムやおやつの時間が特ににぎわっている。
なので、開店直後のまだすいている時間帯にやってきた。
今日は、京子ちゃんに相談があった。僕には実はもう一つやりたかったイベントがあった。前世では全く行く気が起きなかった成人式だ。これについての相談をしたかったのだ。
「ソフィ、成人式をやりたいと思うんだけど」
「グレイス君、成人式は二十歳になる年にやるものだったでしょ? 私達が二十歳でやるなら去年だよ。それにね、こっちの成人は十五歳だから、それこそとっくに終わっちゃっているよ」
という感じで、あっさりボツ企画になった。ちょっと食い下がる。
「じゃあ、十五歳になる人たちを集めようよ」
「集めてどうするの? 二十歳のおっさんがドヤるの?」
「ちょっとしたパーティでいいじゃん。パブロ様に話をしてもらってさ、キザクラの楽器隊かアイラとか呼んでもらったり」
「パパの話が長いの知っているでしょ? 楽器隊とか呼んだらまたロッテロッテの乱入を許すよ? そうなったら成人式なのかライブなのか、わかんないじゃん」
「じゃあ、ひも付きバンジーで」
「どこの人たちよ」
京子ちゃんはため息をつく。
「グレイス君、この街の人口がどれくらいになっているか知っている?」
あれ、知らないな。街は広がっていっているけど。
「工場や農場を広げて、人を呼んで、それにつられて商人も集まって、さらに人が集まってって、膨らんでいって、もう余裕で五十万人を超えているの。簡単に寿命九十九歳として均等に割ったとしても、十五歳は五千人もいるのよ。実際にはもっと多いの。それに、まだまだ誰かのせいで発展していっている」
京子ちゃんのせいでもある。
「今後、どれだけ増えていくかわからないのに、そんなイベント作ったら、どれだけ費用が掛かるかわからないわ」
しょぼんとする僕に京子ちゃんは言う。
「学校の卒業の時に、何か渡せばいいんじゃない? 卒業記念プラス成人のお祝いとして」
なるほど。さすがは京子ちゃんである。と、納得する。
「何がいいと思う?」
「一人銀貨一枚もかけたらとんでもないのよ? 昔だったらペンとかだったけど、この世界じゃね」
「でも、それでいいんじゃない? 手紙を書いたり何かに使うよね?」
「まあ、ペンならうちでは作っていないから発注になるけど、もう間に合わないんじゃないかしら」
それもそうか。
「来年なら間に合うかな?」
「そうね。ただ、筆記具事業に乗り出すと、他のメーカーに怒られるかもよ?」
「うん。メーカーに頼んでおこう。来年に向けて」
「いいけど、お金は……」
と、話をしている途中で近くのテーブルから声が上がる。
「ペンなんかいらない!」
声を発した少女は立ち上がり、そして走って店を出て行った。
「タイザン!」
今日の僕の周りは第五世代の猫達がいる。タイザンとトラノオは少女を追いかけるように店を出て行った。
少女が立ち上がったテーブルに残されたのは、おろおろとどうしていいかわからないおそらく母親。
それと、もち手が左を向いたカップ。ケーキの左側に置かれたフォーク。母親は、たどたどしく立ち上がり、
「すみません、すみません」
と、こちらに頭を下げて娘を追いかけて行った。
ちなみに、この店は前世のコーヒー店のように、商品を受け取るときにお金を払い、テーブルにつくシステムになっているので、すでに会計済みだ。
「グレイス君、どうするの?」
「どうするって?」
「タイザンに追いかけさせたよね」
「うん。ちょっと気になるのと、いやな思いをさせちゃったから謝ろうかなとも」
「そうだね。あのカップの向き、フォークの位置、左利きなのか、それとも」
京子ちゃんもよく見ているな。
「まあ、僕がいいと思ったことが万人にいいとは思われないってことだよね。ちょっと反省」
「とはいえ、万人に受け入れられることなんてそうそうないけどね」
お茶を飲みながらしばらく待っていると、トラノオが戻ってくる。トラノオは僕の足元にちょこんと座る。僕はトラノオの頭から顎までなでてあげる。
「さて、行きますか」
と僕と京子ちゃんは立ち上がった。
トラノオについて歩いていく。
途中でフルーツの盛り合わせを買った。
広い通りから狭い通りへ入り、しばらく歩くと街の周縁部近くにある共同住宅につく。そこにはタイザンが隠れて待っていた。
僕らを確認したタイザンが再び歩き出し、とある一つの玄関で立ち止まった。
僕はドアをノックする。
「ごめんください」
「この世界でも「ごめんください」って言うの?」
「わかんないけど。いつも、門番さんとかに案内してもらうからさ。どうなんだろう」
なんてセレブっぽいどうでもいいことを話していると、家の中でバタバタと音がして、
「はーい」
と声がする。ガチャ、とドアをほんの少し開けたのは先ほどの母親。
「あ、すみません。先ほど喫茶店で娘さんにいやな思いをさせてしまったお詫びに伺ったのですが」
といって、フルーツ盛り合わせを見せる。京子ちゃんの「怪しさ満点じゃん」というつぶやきが聞こえるが無視。
「え、あの、いや、娘は大丈夫ですから、そんなお気遣いいただかなくても」
「それに、ちょっとお話をお聞かせ願えないかと」
「いえ、こちらには特に何も話せるようなことはないと思うのですが」
というところで、僕の襟首をぐいって引っ張って強制的に選手交代をする京子ちゃん。
「娘さんの「ペンなんていらない」っていう言葉と、残されたコップとフォークの位置。娘さんが左利きでなければ、右手は……」
母親ははっとした表情を浮かべ、ドアを開けてしまう。
「私は、この街の領主、パブロ・グリュンデールの娘、ソフィリアと申します。それから、こっちは、私の夫、グレイス・ローゼンシュタイン・グリュンデールです」
と京子ちゃんによって紹介される。僕はペコっとお辞儀をする。さすがに貴族であることを名乗ってしまうと、庶民は気が引けてしまう。というか、ほぼほぼ命令になる。
これがいいのか悪いのかわからないけど。
「私たちは確かに貴族ですが、その点は気にしないでください。怪しくない、ってことを言いたいだけですから。それから、この街で何か問題があったり、困っている人がいたら、問題解決に動いたり、助けたりと、改善を試みるために情報を集めてもいるんです」
と京子ちゃんはにこやかな笑みを浮かべる。
「えっと、話してどうなるというものでもないと思いますが、このようなところに貴族様が。よろしいのですか? よろしければ」
といって、中に入れてくれた。
部屋に入るとキッチンに通され、テーブルにつく。母親がお茶を用意しようとしてくれるが、断る。気を使ってもらう必要はない。
「あの、娘さんのことですが」
ここは京子ちゃんに任せよう。
「はい。確かにあの子は右手が使えません」