さつきー7(おりひめ)
さて、今年は、ローゼンシュタインで夏を過ごさなかった。なぜなら、さつきがそろそろ生まれるからだ。
僕はこはると一緒に卵を温めている部屋へ足しげく通った。そこには、三つの卵が三角の形に並べられていた。
そして、ついにその日が訪れた。
さつきの卵からカツカツと音がしたと思ったら、ひびが入る。そこから少しずつ殻を壊していくさつきの鼻が見える。
僕は殻を壊してしまいたかったが、卵担当のドラゴン族から、強い子に育たなくなる、と言われて見守ることにした。それでもさつきは最強だ。
殻がわれていき、ついに、さつきの頭が飛び出した。
「さつき!」
というと、さつきは一気に殻を壊して飛び出した。そこには全長六十センチくらいのミニドラゴンがいた。
かわいい。かわいすぎる。
僕はさつきを抱きかかえた。さつきは、その頭を僕のほほにぐりぐりした。
僕がわかるようでうれしい。
「さつき、まだ話せないのかい?」
と聞くと、一瞬首をかしげたが、うんうんと肯定の意を示した。きっと近いうちに話せるようになるだろう。
こはるが抱きたそうにしていたので、こはるにさつきをゆだねる。こはるは、さつきと目を合わせて何か会話を試みている。すると、
「お母ちゃんの名前はどうするのだ?」
と。
「え、さつきじゃダメなの?」
「さつきは死んだことになっている。生き返ったなんてことになったら、神様じゃなくなる」
さつきは首をかしげている。さつき、君は神になったんだ。武の神ね。
「そっか。どうしようか」
と、相変わらずの自分のネーミングセンスのなさを呪っていると、ふと思いついた名前があった。
「うーん。おりひめ! 夫婦で仲が良すぎて離れ離れにされちゃう姫様。でもまた会えるんだ。だからおりひめ! 僕たちは離れ離れになっても絶対にまた会える」
ドラゴン族は和風な名前だからいいかな。僕はかなでが抱いているドラゴンをなでながら、
「おりひめ。おかえり。僕を、僕達を、そしてこの世界を守ってくれてありがとう。僕は君を大切にする」
と言うと、さつき改めおりひめは「ぴぃ」と鳴いて、こはるの腕の中から飛び出し、僕の胸に飛び込んだ。僕がおりひめをなでていると、
「残りの卵もわれそうだぞ?」
と、こはるが気づく。
見ると、二つともひびが入っている。
それを見た卵のお世話係たちは部屋から出ていく。いやな予感を感じているのかもしれない。
僕は、何かがあったら責任を取るつもりなので、三つ首ドラゴンが卵から出てくるのを待つ。
こはるも僕の横でそれを見ているので、おりひめを預けて一歩下がらせる。
三つの首で殻を割ろうとしているのか、かなり早いリズムで殻が内側からたたかれている。
そして、ついにパキパキとわれて、三つの首が覗いた。二つともだ。
僕は、六つの首、十二の瞳と見つめあう。と言っても、僕の方は順番に見つめていく。
すると、三つ首のドラゴンは六つの首で鳴いた。「「「グエ」」」と。
え、かわいくないんだけど。せっかくどう見てもドラゴンなのに、鳴き声がアヒルとは。
僕は、両手で二体を抱きかかえてみる。全身が金色のきれいなドラゴンだった。
抱いても特にかまれたりとかはなさそう。ただ、六つの首でグエグエ言われるとちょっとうるさい。
「ちょっと静かにしてくれる?」
と言うと、ぴたっと鳴きやんだ。あれ? 言葉がわかるのかな? 僕は、よしよしと六つの頭を順に撫でた。
「大丈夫そう?」
と、こはるが聞いてくる。
「うん。かまれるわけでもないしね。静かにって言ったら黙ったし。もしかしたら、うちの猫達みたいに賢いのかもね」
そりゃ、ドラゴンなんだからきっと賢いだろう。
「名前はね、トレスとドゥリーにしようか。安直だけど、かわいいよ」
というと、グワグワ鳴きだした。
「おりひめ、みんなのところへ行こうか。待っていると思うよ」
「ピエ」
と答えるので、おりひめはこはるが抱いて移動する。
僕は左手のトレスと右手のドゥリーを間違えないように急ぐ。
アンジェラを見つけたので、妻達と騎士団全員を訓練場に集めてもらう。ちょっと多いので、そこしかなかった。
屋敷にいた妻達がこはるのもとに集まり、順番におりひめを抱いている。リリィとライラは涙ぐんでいる。僕も泣きそうになったよ。
妻達はおりひめに夢中になっているが、僕は京子ちゃんに頼むことにする。
「ごめん、ソフィ、こっちの三つ首ドラゴンなんだけど、右左全くそっくりで区別つかないから、ミサンガかシュシュで区別がつくようにしてくれない?」
「その子達、大丈夫なの?」
「うん。大丈夫」
と言うと、六つの首は僕の胸にぐりぐりして大丈夫アピールをする。
「こんな感じで、結構賢いっていうか、言葉がわかるみたい」
「もう刷り込まれたのかしら?」
「そうだといいけど。何にしても、何かない?」
と聞く。
「仕方ないなー」
と、ハンカチを出して、首に巻いた。右手に持っている方の三つ首ドラゴンの首に。
「左手に持っているハンカチがついていない方がトレス、ついている方がドゥリーね」
というと、京子ちゃんは
「よろしく、トレスにドゥリー」
とあいさつする。六つの首が
「「「グワ」」」
と言った。京子ちゃんは引きつった笑みを浮かべていたが、六つの頭を順番になでていた。
そうこうしていると競うようにやってくる二つの集団が見えてくる。空に。領都上を飛ぶなとあれほど言ったのに。どうやって着陸するんだ? あのドラゴンたち。
そう思って見ていたら、空中で人型になって飛び降りてきた。と、同時に、こはるの前にひざまずく。
すごい。ジャンピング土下座ではなく、飛び降りひざまずきだ。ひざまずいたまま泣いているドラゴンもいる。
しばらく待っていると、他のチームも集まってきた。チームルビーとサファイアがひざまずいているので、それに合わせて他のチームもひざまずく。
僕は、ライラとリリィにトレスとドゥリーをぽいっと無理やり預けて、こはると一緒に前にでる。
「皆、集まってくれてありがとう。さつきが復活した」
「「「おめでとうございます」」」
「だが、世間一般的には、さつきは世界を守って亡くなり、武神になったと信じられている。だから、これからは、おりひめ、おりひめと呼んでほしい」
と言うと、
「「「おりひめ様」」」
と声が上がる。受け入れてくれてよかった。
「まだおりひめは話ができないみたいだが、今日から一緒に暮らす。よろしく頼む」
と言うと、
「「「はっ」」」
と了承される。さて、次だ。
「リリィ、ライラ」
と二人を呼ぶ。二人の腕の中には金色の三つ首ドラゴン。
「さつきが倒した三つ首ドラゴンが身ごもっていた卵もふ化をした。特にドラゴン族の皆には、さつきの敵のように思う者もいると思う。しかし、あの三つ首ドラゴンも好きで来たわけでもないし、この二体にも罪はない。リリィが抱いている方がトレス、ライラが抱いている方がドゥリーだ。気に入らないかもしれないが、迎え入れることにしたから、よろしく頼む」
「「「はっ」」」
と返事をもらう。申し訳ないな。僕が言ったら断れないだろうに。
僕はふと気づいてしまった。間違っているかもしれないけど。
「あの三つ首ドラゴン、腹に卵があることを、この二体の命があることを知っていたのではないだろうか。だからあんなに必死に。三つ首ドラゴンがこの世界にやってきたのは、あちらにとっても事故だったらしい。お互いが守るものがあった。譲れないものがあった。そういうことだろう。お前たちはどうだ? もし、我が子を守るためなら必死に守るだろう?」
と聞くと、ドラゴン族は同意の意を示した。
「トレス、ドゥリー、お前たちの親は二人を守るために必死だったんだろうな。いい方法を見つけられなかった。ごめん。お前たちの母親はかっこいいドラゴンだった」
と二体に謝った。
「「グワ」」
としか二体は返してこなかった。
後日、神社の由来が、さつきが三つ首ドラゴンを倒した、ということから、お互いに守るものがあり、そのために戦ったと、さつきとともに三つ首ドラゴンも称えられるようになった。
そうしないと、子供たちがかわいそうすぎる。
そうしていいかとおりひめに聞いたところ、「ピエ」と肯定してくれたので、そのようにストーリーを修正した。
この話はこの話で商人や吟遊詩人によって広められた。そして、三つ首のドラゴンは守護神、家族を守る神として崇められ、安全祈願や健康祈願、安産などの象徴として扱われた。
数日後。
「やっと念話が通じるようになったよ」
と、おりひめから念話が届く。これまではドラゴン族だけだったのに。
「これまでと違って、ちゃんと念じれば、特定の相手とつながりそうだ」
「ところで、人型になったら普通に話せるの?」
「わからないが、やりたいと思わん」
「何で?」
「今、人型になったら、トイレを我慢できなくなりそうだ。ドラゴン形態だから、生まれたばかりでもすべきところでできるんだぞ」
「じゃあ、しばらくそのままだね」
と言って、ちっこいドラゴンを抱きしめる。
「早く大きくなって、また僕に稽古をつけてほしい。よろしくね、最強のドラゴンさん」
僕はおりひめを見つめ、
「ところで、あの二体はどうする? このままでいいのかな?」
とトレスとドゥリーについて聞いてみる。
「母親を殺してしまったのは私だし、責任をもって育てるとするさ」
「はは、生まれたばかりなのにもう母親になっちゃったんだね」
「いや? 今でも私はそらの母親だぞ?」
「そうだった。ごめん。でも、トレス達の母親は僕が殺したのも同然だよ。だから、僕も一緒に育てるよ」
「よろしく頼むよ、子だくさんのパパさん」
「うん。わかっているよ、生まれたばかりのママさん」
僕はおりひめをぎゅっと抱きしめた。
誤字情報いただきました。読んでくださり、ありがとうございます。
10000PV達成しました。ようやくですけど。それでもものすごくうれしいです。ありがとうございます。