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ステラー7

 食後、ステラの斜め前に座る。ステラはうつむいてもじもじしている。


「ステラ、期待している話とは違うと思うんだけど」


 と、前置きをし、


「学園、どうする?」


 と聞いてみた。ステラはちょっとだけがっかりした様子を見せたが、


「学園へは行きません」

「そうなの? 勉強は大事だと思うけど。僕とアンディみたいに友達もできるよ?」

「そうかもしれません。しかしたいていの場合は、婚約者と一緒にいることが多いかと思います。私にはいませんけど」

「だから余計に仲間を作れるんじゃない?」

「いえ、逆に婚約者の椅子を狙って、有象無象が……」


 ああ、めんどくさそうだな。


「そっか。じゃあ、どうする? この領にも学校はあるけど」

「行きません」


 んー。どうするか。屋敷に囲っておくだけって言うのもな。


「何か興味のあることある? 例えば服だったり、食べ物だったり」


 ステラは首を振る。


「じゃあ、魔法とか? 学園で習うと思うけど?」


 ステラは視線を横に滑らせて、


「学園へは行きません。今更あんな下等な算数なんて習っても仕方がありません」


 そうなんだ。


「歴史も政治も興味がありません。魔法は興味がありますが、それはここでも学べると考えます。しかも実践的に」


 そして、意を決したようにステラは言う。


「私、機械に触りたいです」


 と。


「機械?」

「はい、風車とか水車とか、便利なものがあります。ああいった動くもの、そういったものを作ったり整備したりしたいです」

「開発とか整備って、どう考えても王女様のやる仕事じゃないけど」


 ステラはあからさまに落ち込んで、


「今のは忘れてください」


 と言った。僕はため息をついて、


「今僕は、魔法を使った機械の開発をしている。ま、魔道具だよね。僕がそういうの好きだって、作っているって知っているよね?」


 ステラはこっちを見てうんうんとうなずく。ちょっとは興味を引けたみたいだ。


「水車は水の力で回転する運動を、風車は風の力で。僕は魔法の力でそれを作ろうとしているんだ。どう? 手伝う?」


 ステラはあからさまに顔を明るくして、


「はい、お願いします!」


 と答えた。ステラがちょっと喜んで油断しているところへ、


「イーイコール」


 と言ってみる。すると


「二分の……」


 そこまでいって、ステラがハッと目を見開いて目線を合わせる。


「私、今何か言った?」


 と。


「ニブンノなんとかとか?」


 と首をかしげてみる。


「グレイス様は、その前になんていったのですか?」

「いーいこの」


 って。


「なんですそれ?」

「いやね、ちょっとステラが喜ぶ姿がかわいかったから、いいこのステラ、って言おうといて、ちょっと子供っぽいかなと思って途中でやめちゃった感じ」

「そうなんですか」


 と言って、ちょっと悩むしぐさをしたかと思ったら、突然!


「言いました! グレイス様はイーイコールって言いました。絶対です。イーイコールって何ですか?」

「いやいや、ニブンノって何さ、今、言ったよね?」


 と、僕とステラはわいわいがやがやと同じことを繰り返す。おそらく食堂の外にまで聞こえたのだろう。外で待機してもらっていた京子ちゃんが入ってくる。


「はい。そこまで」


 パンパンと手を打ち鳴らしながら。僕らの不毛なやり取りを止める。


「もう、イーイコールもエムブイジジョウもいいでしょう?」


 と。ステラがさらに驚く。


「陵君も、試しておいてそれはないわよ」

「りょうくん?」

「京子ちゃんだって、気にしていたじゃん」

「きょうこちゃん?」


 ステラの目は、僕と京子ちゃんを行ったり来たりしている。


「で、君の名は?」

「え?」


 とステラ。


「私、私は……紫苑」

「紫苑ちゃんかー」


 と、あっさり受け入れる京子ちゃん。


「じゃあ、前世では何していたの?」

「エンジニアです。自動車工場でしたけど」


 ほほー


「もーらい」


 と言ってステラの手を握る。


「ちょっと待って? 紫苑ちゃんがやりたいって?」

「うん。機械を作りたいって。ねー」


 ステラ改め紫苑はまだ混乱しているようだ。


「えっと、もしかして、お二人とも?」

「ははは、そんなとこね」


 と京子ちゃん。それを聞いた紫苑はうつむいてプルプルすると、


「じゃあ、これまで、ここまでグリュンデールやローゼンシュタインが発展したのって、前世の記憶を使ったチートってことですか? ずるですか?」


 と叫びだす。


「えっと、そういうこと?」


 は京子ちゃん。


「いや、それは聞きづてならない。元の世界には魔法はなかったし、魔法をもとにあれこれ作るのは本当に大変だったんだ。それをチートの一言で済ませてほしくない。あのコンロやランタンだって、元になっている火の魔法陣を開発するのは大変だったんだぞ。それに、水が出る魔道具だって、あれ、温度を変えるのに、魔法陣の文字を解明するのも大変だったんだから。僕はこの世界でも人々に喜んでもらえる技術を、製品を開発したいだけなんだ。その証拠を見る? 倉庫には山のような魔法陣の試し書きが」


 と、弁明してみる。


「た、確かに、魔法があるから開発は楽かもしれないけど、それを応用するのは難しいですよね」


 ちょっと紫苑がひるむ。


「そうなんだ。だからまだ、モーターで電気を起こせても、そこから先が全くできない」

「な、なるほど。確かに難しそう。陵様は専門は工学だったのですか?」

「いや、水産だ。だから、機械は全くダメなんだ。だから、物理なんて、イーイコールぐらいしか知らない」

「わかったようなわからないような。では京子様は?」

「私は農学。だから畑づくりを頑張っているよ。でもね、これも前世の記憶が全く使えなくてね。だって、こっちの世界には肥料もなくて」

「もしかして、あのミサンガ……」

「そうだよ。ヘレナは明日奈。でも、若くして亡くなったみたいだから、専門はなさそう。ファッションに興味があるみたいだから、京子ちゃんの手伝いをしてもらっている」

「後はまだいるのですか?」

「後は、フランがかなで。それから、グリュンデールの副騎士団長のミハエルがミカエル。ただ、この二人は前世の技術とかは全然知らないけどね」


 と、この二人についてはごまかしておく。


「ちなみに、このことは、絶対に内緒にしておいてほしい」

「いえません。チートなんて」

「チートじゃないって言っているじゃん。じゃあ、新しい魔法陣を作ってみなよ」

「何が書いてあるかわかりません」

「でしょ? ゼロスタートで大変だったんだ。簡単に人に教えられるものじゃない。それでも、たくさんの人が使えるように、かなり安く設定しているんだよ」

「はあ、わかりました。この世界に来て六年なので、魔道具のなかった世界がわかりませんが、確かに世の中便利になっていますよね。トイレは感動しました」

「トイレは僕じゃないけどね」

「え?」


 と聞き返すので、


「トイレは僕の御先祖様らしい。ちなみに、僕らがこの世界に来た時は、トイレに使われれているたった三つしか魔法陣がなかった」


 と答えておいた。


「紫苑ちゃんが二歳児との婚約を望まない理由がちょっとわかったわ」

「そうだよね。さすがに二歳児はね」


 紫苑は顔を赤くしてうつむいてしまった。


「光源氏計画もよかったのにね」


 というと、なぜか京子ちゃんからひじをもらった。


 この後、紫苑を連れて工房へ行き、ラナとルナに合わせる。エンジン開発に興味があるみたいだから、手伝わせてほしいと伝えておく。

 これで、エンジン開発がさらに進むだろう。僕は別に開発するものがあるので、一人でひきこもることにした。




 そうして、春が訪れる。僕は二十歳になった。紫苑は工房に毎日通い、サテラはうちの子供達と一緒にメイドに預けることにした。うちの子供達は今年三歳になる。




 春と言えば田植えや野菜の種まき。

 この領都の外側は、あのトラクター耕運機のおかげで畑がどんどん広がっていた。なので、農作業については、住人にも募集をかけて大々的に行うことになった。これを機に農家さんも増えるかもしれない。

 それに、京子ちゃんの肥料工場も順調で、これも田んぼや畑に撒いた。きっと、おいしい米や麦、野菜に果物が取れることだろう。秋が楽しみ。

 秋が楽しみと言えば、そのころにはお酒も出てくるはず。蒸留してブランデーやウイスキーにするにはまだ一年以上かかるかな? 十年? 待てるかな。と、未来の楽しみを考えると、農作業も楽しい。こうして、農作業に明け暮れ、初夏を迎える。




 初夏になって、忘れていたころにあれが来た。イングラシア教の教皇だ。話を聞くのも何だったけど、わざわざこのグリュンデールまで来たので、話だけは聞こうと思った。が、どうでもよかった。

 内容は、いい加減かまってほしい、ということだった。ずっと無視していたから、というか、忘れていた。モングラシアのエルフたちも、エルフらしいやる気のなさを発揮して、帰ってしまったらしい。

 大陸中の国々に無視された形になって孤立したイングラシア教および聖王国は、自分たちの影響力のなさ、というか小ささを実感してしまったとのこと。

 このままつぶしてしまってもよかったが、めんどくさいのでやめた。

 この街でもイングラシア教がなくなったわけではない。これからもロッテロッテとともに信仰の対象であることは間違いない、というと、なんとか納得して帰っていった。なんか新しい神が増えている、というつぶやきは無視した。




 本格的な夏になったころ、紫苑がエンジンの回転数を上げる方法を開発した。

 エンジンから伸びる魔力線と電池から伸びる魔力線の断面の接触面積を無段階で変えることでエンジンの回転数が変わった。

 魔力線自体が細いので、かなり繊細な作業だったらしく、これにはリカも活躍した。

 ギアの方は紫苑が構造を覚えていたらしく、エンジンとギアをつなぐのも近いうちに実現しそうだ。これについて、実験をしたいので何かを作らせてくれ、と言ってきた。

 まだ空を飛ぶのは早いと考え、トライクをお願いしておいた。これなら転ばないだろう。

 できたらこっそり僕のためにバイクを作ってもらおうと考えていた。しかし、僕専用の実用バイクを作ったら、シンべロスがすねるかなあ。

 開発レベルにもよるけど、シンべロスも速い。それに、この世界の街道はきちんと整備されていないから、バイクはどこまでスピードを出せるか。餌を必要とすること以外は、シンべロスの方がいろいろと都合がいい。夜も暖かく寝られるしね。


 兎王国から輸入しているゴムを加工する工場も大きくなった。

 タイヤだけではなく、靴の底も作ってもらった。

 それに、京子ちゃんたちの服飾部門でも、ズボンやパンツのゴム、シュシュなどに使われていた。

 

 服飾部門は京子ちゃんが農業部門も兼ねているので手が回らず、明日奈だけでなく、ライラやリリィも手伝っている。とはいえ、メンバーがメンバーなので、ほぼほぼ女性服だ。

 エルフ服部門からカジュアル部門。フォーマル部門、冒険者部門なんてものもある。たしか、つなぎも作っていたよね。

 エルフ服部門は、キザクラ商会の職員であるエルフ達しか購入しないものの、スタイルと相まってかなり注目を集めている。そのため、モデルとしての効果が高いようだ。

 獣人なりきりセットやシュシュ等のおしゃれ用品はカジュアル部門だ。シュシュとかバンダナ、ミサンガなどは、アレンジの仕方なども同時に示すことでよく売れた。値段は高くはないものの、元手があまりかかっていないので、それなりの収入になるらしい。それ以外はちょっと割高だしね。

 さらにお手頃価格にするため、京子ちゃんは綿花畑も増やしていたが食料生産が優先となっており、土地も少なく足りないようだった。

 シルクは、京子ちゃんが生産自体を忌避し、実現しなかった。



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