転機ー4
キート達が帰っていくのを見守っていると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。結構激しめに。
それと共に喧騒が近づいてくる。
公園の人々もこっちに向かって逃げてくるみたい。僕たちとメイドたちは、しばらく見ていたが、キート達も多くの人たちと一緒に逃げている。
すると、皆が逃げてくる方向から幌のついた荷馬車が一台激走してくる。公園の中は乗り入れ禁止じゃ?
その後ろから衛士たちが馬に乗って追いかけてくる。追いかけてくるから逃げるんじゃないの?
と思っていたら、僕たちの五十メートル手前で荷馬車が急反転し曲がりきれずに倒れた。
御者は放り出されて転がり、そのまま動かなかった。
倒れた荷馬車からは一メートルくらいの木箱が転がり出てくるが、血がついている。
僕たちにメイドたちにも緊張が走る。
鐘はまだ鳴りやんでいない。
周りを見ても何の異変もない。
しかし、壊れた血のついた箱から出てきたのは、傷ついた魔獣だった。
羽があるが傷ついていて飛べない。足も傷つけられていて歩けない。紫がかったその体は羽を伸ばしても一メートルくらいの小さいもの。
僕にはプテラノドンのような生き物に見えた。
が、その魔獣の皮膚には羽がなくツルッとしている。まともに動けないから危険性はあまりないとはいえ、魔獣である。
後から追ってきた衛士たちが剣で動きが鈍くなっている魔獣にとどめをさして絶命させる。
まあ、あれだけの傷だったからもうもたなかっただろう。
魔獣は「グエー」っとひと鳴きして動かなくなった。
他の衛士が御者を取り押さえようとしたものの、もう死んでいるようだった。
メイドの一人が状況確認のために衛士に近寄る。話を聞いている間も鐘が鳴り続けている。
おかしい、と思っていると、猫たちが空を見上げている。その視線の先を見ると、大きな鳥、いや違う。今死んだ魔獣の大きいやつだ。しかも二匹。だんだんと近づいている。
もしかして、これはよくある、子を攫ってきて親を呼び寄せるっていう、あの有名アニメにも出てきたストーリーか?
なんて、考えている余裕もない。結構大きい。両翼を広げて五から六メートルくらいあるか。
翼に手のついた羽のないプテラノドンタイプ。その一匹がこっちに向かってくる。
メイド三人が僕たちの壁になる。衛士のところへ行っていたメイドも急いでこっちに戻る。
あれ、もう一匹は?
と、人々が逃げていった方を見ると、そっちに飛んでいく魔獣。
しかも、キート達が転んだのか、手を引いたり肩をかしたりしながらなんとか逃げようとしているが、間に合いそうもない。
どう考えても、こっちよりあっちの方がまずい状況。
こっちには黒薔薇が四人と衛士もいる。そう簡単にはやられないだろう。
メイドたちはどこから出したのか、槍を持って飛んでいる魔獣へ攻撃をし始めた。こちらはメイドの方が押しているが、子どもたちの方はもう直前に危険が迫っている。
前世では僕と京子ちゃんには子供が二人いた。とても愛らしく、デレデレだった。
実を言うと、僕たちの間にはなかなか子供が授からなかった。
結婚当時、僕が子供を欲しがったせいで、京子ちゃんは辛い思いをしたと思っている。
毎月排卵日を予想する。病院に行って注射をうつ。お腹に腹腔鏡を入れて卵管の詰まりを確認したり。薬の副作用も、手術も想像を絶するほど大変だったと思う。
さらには、排卵誘発剤を射って卵をとり、人工受精までした。それでも何度も妊娠に至らず、その都度、京子ちゃんは泣いていた。
そんな辛い思いをさせたから、だからこそ、僕は京子ちゃんとずっと一緒にいるし、苦労をもうかけないと誓っていた。
そんな中、結婚して七年目にして、ついに子供を授かった。泣いた。京子ちゃんから報告を受けたのは病院の駐車場だったにもかかわらず、二人で大泣きした。
京子ちゃんは嬉し涙だったのだろうか。
僕は聞けなかったけど。
僕は嬉し涙と、京子ちゃんの頑張りに対する申し訳なさと感謝と、そして心の強さに対する感動と、いろんな思いだった。
子供は男の子だった。はるとと名付けた。春に生まれたのと、世界を股にかけて飛び回って欲しいという思いとで。僕たちは溺愛した。もうメロメロだ。はるとは出かけるのが好きだった。その小さい体でいっぱい歩く姿がものすごく可愛かった。
その後、もう一人授かった。女の子であやかと名付けた。甘えっ子だった。あやかは歩くのすら嫌いで、いつも抱っこだった。それでも可愛くてそれを許していた。
二人とも大きくなってしまった後も、小さい子たちを見るのが楽しかった。
歳をとって二人が巣立ち、京子ちゃんと二人で散歩のため公園へ行ったときも、小さい子供が遊んでいるのが微笑ましく、よく眺めていた。
どこの子供か誰の子供か知らなかったけど、元気に育って欲しいと思っていた。彼ら今後の世界を支えていく存在だ。
だから、僕は、子供たちは愛されるべきだし、守られるべき存在であると思っていた。
そんな僕の目の前で、キート達が襲われそうになっている。
僕は、彼らを助けないと、という思いから駆け出そうとする。
それを止めたのは京子ちゃんだ。
京子ちゃんは僕の腕を掴んで、顔を振っている。行っても所詮五歳児の僕では役に立たない、もしくは足を引っ張ると考えているのだろう。
それはその通りだ。身体能力が高いと言っても、あの魔獣には敵わないだろう。
でも、子供たちが襲われるのを見ているわけにはいかない。ごめん、京子ちゃん、と腕を振り払おうとした瞬間。
「にゃーん」
と、マイヒメが鳴き、飛び出す。
すると、子どもたちの向こう側からも飛び出す猫四匹。第二世代達だ。
第二世代は地面を駆け回り、すきを見て襲おうというフリをして魔獣の気を引いたり、逃げたり、それを交代で行い、なんとかというか、見事に足止めをしていた。
さらに第一世代四匹が加わったとはいえ、隙を見て行う攻撃も当たらない。相手は空を飛ぶのだ。
魔獣も機を見て攻撃を仕掛けており、見た目完全に猫側が不利。だが、猫たちは、攻撃するフリをしながら避けることを重視。
完全に時間稼ぎのための行動だ。
なんのためのって、メイドたちがこっちの魔獣を倒して、猫たちの元へ応援に来るのを待っているのだ。
メイドたちと猫たちの連携、いつ打ち合わせたのか。訓練でもしていたのか。
僕キート達を助けに行きたいけど足でまといが確実なので、歯を食いしばって猫たちに任せる。
ちゃんと猫達がタゲを取っているのでキート達はとりあえず狙われていない。
子供達は手を取り合って避難していく。
メイド達と猫達の作戦がうまく行っているためか、僕はちょっと落ち着いてきた。
こっちでメイド達が魔獣と戦っている。空を飛ぶ魔獣には弓だが、街中で弓を使うのはちょっと怖い。落ちてくるからだ。
それでもメイド達は、今対峙している魔獣を倒してしまわないと猫達が押されるため、魔法攻撃に出た。
僕としてはこんなところで見られるとはと予想外だった。メイドの二人が呪文を唱え始める。
「火の精霊よ……」
「火の精霊よ……」
時間差がついている。メイド達が伸ばした手のひらに魔法陣が展開する。かまどのイグニッションより大きい。文字のようなものもちょっと違うっぽい。と、僕はそっちに目を奪われる。
「ファイヤーボール」
「ファイヤーボール」
と、時間差で放つ二人のメイド。
一発目は避けさせるため、二発目は避けると予測した先に打ち込んでいる。
直撃した魔獣は羽の被膜が破れて墜落する。
それを見て衛士たちが倒すために魔獣を囲っていく。
それを確認して、二人のメイドは猫たちの方へと走り出す。残りの二人は僕達の護衛だ。
猫たちの方は、メイド二人が加わってまた時間稼ぎ。少し、猫達の負担が減ったようだ。
彼女らは、とどめをさす役割としての衛士が駆けつけるのを待っている。
こっちの魔獣が衛士によって倒された後、衛士たちはもう一匹を倒すべく走っていく。
それを見たメイド二人は一匹目と同じように時間差でファイヤーボールを放ち、地に落とす。衛士がとどめをさして、魔獣は全て討伐された。
この頃になって屋敷の方から騎士団が走ってくるが、もう終わった後だ。事後処理を頑張ってもらおう。