ステラー5
「じゃあ、グリュンデールとローゼンシュタインと対立したい派閥があるのか?」
「あのな、その二つの家に対立したい家なんてない。街ごと瞬殺だろう? ただの妬みとやっかみだ。人も金も奪われた、というか、努力もしないで奪われるような貴族のな。だから、両家から税金をもっと取って、交付金をばらまけなんて言ってくるんだ。国を矢面に立たせようとするんだ」
「確かに人も金も集まってくるがそれだけ税金も納めているだろう?」
「その通りだよ。しかも、輸出もしてくれているから我が国は他国からもお金が流れ込んでくる。だから、僕ら王族側もラインハルト公爵家なんかもこの件には何も言わないし、言いたくもないんだ」
だれも蛇のしっぽは踏みたくない。しかし、その蛇の口が王国を飲み込むような大きさであることにおびえているってところか。
「じゃあ、ほおっておくしかないんじゃないか? やっぱり」
「そう。グリュンデールとローゼンシュタインが王国に牙をむけない限りはな」
「だれがそんなめんどくさいことをするか。今のままを認めてくれるなら、このままでいい」
「その言葉を信じるが、この前も言ったが、両家は、特にグリュンデールは、というか、お前は、王国より力をつけている。そのお前の一言で王国がひっくり返ることを皆知っている。だからな、両家との結びつきって言うのは大事だし、今のうちに関係を持ちたいっていうのは、貴族としては生き残りをかけて、当然のことだ」
「だから、ステラとの婚約?」
この前も聞いたけど、確認をする。
「そうだ。これでこの王国は安泰だって言う証拠になる」
「他の貴族だって両家との結びつきなんて作ろうと思えば作れるだろう?」
「お前が言うか? お前、全貴族から妻をもらうつもりか?」
「いや、僕だけじゃないだろう?」
「実際にな、かなりの見合い話があるらしいぞ。だがな、パブロ様はシャルロッテ様一筋だし、テイラー様はなぜか全部断っているんだ」
義父はわかるが、兄上は多分だが、対象があっていない。兄上の好みを理解していないだけだ。とはいえ、理解したとして、それを実践したいものなどいないだろう。
「それにだ。お前、男の子がいるな? すでに狙われているぞ。特に、一番のねらい目はソフィの子のしょうだが、リリィの子のさくやも狙われている。そうそう、カルバリー侯爵なんて、リリィを嫁がせただけで勝ち組だからな。会議でも同じく中立を決め込んでいるが、外から見ればグリュンデール側だ。もしかしたら地理的に一番危険なのはカルバリー侯爵かもな」
と、なぜかアンディが頭を抱える。どうしたかな、と思ったら、
「おまえ、我が国の貴族から娶ったのって、二人だけなんだな。十人も妻がいるのに」
そうだよ。改めて言わなくてもわかってるよ。そもそも、純然たる人が四人しかいない。そのうち一人は騎士の子、もう一人は他国の王女様。
「アンディだってそうじゃん」
「いや、王族としてはそれなりの関係性を保っているんだ。だが、お前のところは、両家でお前だけなんだ」
いや、いるって。さっきの説明通りだけど、兄上が。
「だけどさ、もともとほぼほぼ一夫多妻制だったじゃないか。それを、僕やアンディが複数娶ったからって、うちもうちも娶ってくれはないだろうに」
「これまではそこまで力をつけた貴族もいなかったってことだろう。公爵であっても一夫一妻制のところが多いが、さらに送り込もうとした貴族はいるんだ。実際、複数娶っている貴族もいる」
「そらとレンはダメなのか?」
「ダメじゃない。ただ抵抗があるだけだ。我が国の貴族には、エルフもドラゴン族もいないからな。両者とも寿命が長すぎるのと強すぎるのも、他の貴族からしたら敬遠したいところだろう」
「僕以上に倒せなくなると?」
「それもあるが、この国が人間以外に乗っ取られるのを恐れるのもあるんじゃないだろうか」
「アンディもそう思うか?」
「どうでもいい。そのころには僕は死んでいる」
なるほどね。僕もだ。
「で、話を戻すが、二人をどうする?」
「とりあえず、連れて行ってくれないか?」
「どこへ?」
「グリュンデールだ。しかも内密にな。二人がどこにいるかわからないように」
「わかったよ。それで?」
「タイミングを見て、婚約発表をする」
「誰との?」
一番大事なところを聞く。
「誰でもいい。お前がよかったが、しょうかさくやでもいい。将来的には、グリュンデールはしょう、ローゼンシュタインはさくやか?」
「決めてないよ」
「まあ、その二人が問題ないならそれでいい。ソフィとリリィにも確認を取ってくれ」
「え、僕がとるの?」
「他にだれが?」
「だって、そんなこと勝手に決めるな、って怒られるのが落ちじゃん?」
と、クララを見る。クララも目をそらす。
「わかったよ。どストレートに言っておく」
と、答えておく。
「頼む」
「そうそう、夏ごろに子供が一人増える予定だ。さつきとの子供だけどな」
「さつきさん? 亡くなられたんじゃないのか?」
「卵を残してくれたんだよ。夏ごろにふ化する予定だ」
「卵……」
まあ、人にはなじみはないだろう。というか、ありえないことだけど、言い切っておく。
「今日の夜中に出ることにするよ」
といって、僕とかなでは退出した。
ローゼンシュタイン邸に帰り、母上に話をしておく。
「ローゼンシュタインは誰でもいいぞ。そらでもレンでもな。もちろんさくやでもだ。婚約の話は任せる。王族から嫁を貰ってもいいだろうしな。ただし、貴族というのはめんどうでな、多分だが、王家とのつながりが薄いことが原因の今回だが、今後は逆につながりが強いことさえもあれこれ言われることを覚悟しておけよ」
覚悟するのは義父と兄上だ。
「ステラ様とサテラ様はどちらに?」
「お前の部屋にいるぞ」
というので、部屋へ行く。部屋に入ると、ステラとサテラが猫達と戯れていた。
ここは猫カフェではない。まあ、かわいがってくれるのはうれしいし、猫達も好きにしている。
「ステラ、サテラ、今晩ここを立つけどいい?」
「え、どこへ行くのですか?」
「内密にだけど、グリュンデールにね」
「輿入れですか?」
どこでそんな言葉を。
「違うよ。ただうちで囲まうだけだ」
「そうですか」
しょぼんとするステラ。お前、6歳だよな。あ、そうか。
「もしかして、王立学園入学の件?」
と聞くと、
「違います」
と強く言われてしまった。もうすぐ入学の時期だったのだが、「それまでに帰ってこられるといいね」という言葉を飲み込む。違ったか。
「ところでグリュンデールまでの道のりだけど、申し訳ないんだけどさ、見られたくないから夜はケルベロスに乗ってもいいけど、日中は猫かごに猫と一緒に入っていてもらっていい? 百匹くらいいるけど」
というと、サテラの顔が明るくなる。
「猫と一緒?」
と。
「そうだよ。猫の面倒見てくれる?」
「うん」
よしよし。アンに防寒着を用意しておいてもらおう。ケルベロスのスピードではきっと、寒いだろうから。
真夜中。母上に見送られて出発する。
ステラとサテラはかごの中だ。静まった街中を静かに歩いていく、シンべロス達が。彼らも肉球があるので、音を立てずに歩いていく。
目ざしたのは北門。本来は南門なのだが、北から出る。必要かどうかわからないが、ちょっとした小細工だ。
北門につくと、アンディが例の近衛と待っている。門を開けてもらうためだ。どうしても音が立ってしまうが、それでも静かに開けてもらう。
アンディに別れを告げると、逆に情報をもらう。
あの屋敷の中にいたのはごろつきだけで、黒幕とつながりそうな貴族も商人もいなかったそうだ。夜中だったし仕方がなかったかもしれないな。
門を出て走り出す。
いったん、北の街を目指すように走り、途中で大きく回って、王都から離れたところを南下していく。帰りは急ぐ必要はない。ステラとサテラもいるので、街から離れたところでいったん野営をする。
とはいえ、これだけの人数なので、大規模なものになってしまう。食料もさほど持っていないし、なるべく早く帰るべきだろう。