さつきー2
「さつき、神の杖って知っている?」
「なんだそれは、すごい魔法が撃てるのか? 魔法は効かんぞ?」
「違う。ものすごい上空から金属を自由落下させて、ぶつける攻撃の事なんだ。要は、自由落下によりスピードを上げる。スピードが上がれば、それだけ強い力で与えられる。だから、僕をなるべく空の高いところまで連れて行って。とはいえ、十数キロがいいところだと思うし、それだと思ったより加速がつかないと思うから、そこから、僕が作った金属の槍を加速をつけて落としてくれる?」
と、さつきに頼む。
「なんか面白そうだな。上から落とすんだな? よーし、皆の者、今度は下からタゲを取れ! 私らが上空で見えたら、退避だ。頼むぞ」
と言って、さつきは僕を乗せて上空へと昇っていく。
「さつき、寒くない? 苦しくない?」
僕は聞く。
「大丈夫だ。自分のことだけ考えていろ」
さつきはそう言って、どんどん空を駆け上る。僕は風魔法で僕とさつきを包み、可能な限り上空へ登っていく。もうすっかり三つ首ドラゴンが見えなくなったところで、
「これくらいでどうだ?」
と、さつきが聞いてくる。
「加速をつければいけると思う。僕が金属の槍を出すから、それを押しながら、あいつに向かって行って。途中まででいいからね。途中で槍を放して、僕らは横によけよう」
「わかった。じゃあ、やってくれ」
というので、僕はタングステンの槍を作り出す。幅三十センチの先がとがった円柱状。長さ二メートル。巨大な杭状だ。
ちなみに、金属をそのまま魔法で生み出したのは、学校に上がる前に父上の前でやったっきりだった。
「よし、さつき、行こう!」
と言うと、さつきはタングステンの槍をもって、下方向へ最大速度で加速していく。そして、三つ首ドラゴンがしっかりと目視できるところで、さつきはその槍を投げつけた。
さつきと僕はその軌道から離れ、退避する。ものすごいスピードになっていたので、退避にかかる重力も相当だった。
槍はまっすぐ三つ首のドラゴンに向かって行き、「当たる」と思った瞬間、その槍が消えた。
「「え?」」
と、槍の行方を捜していると、三つ首のドラゴンの手前にあいつがいた。
「危ない危ない。こんな質量兵器をつかったら、全部壊れちゃうじゃないか」
と言って、汗をぬぐうしぐさをする銀髪天使。
「貴様ー」
と言うが早いか、三つ首のドラゴンが三つ首をこちらに向け、ブレスを吐いてきた。僕を乗せたさつきは急いで退避する。
「貴様、これはお前が出したのか?」
僕は感情を丸出しにして問いかける。
「いや、違うよ。たまにはこんなこともあるよね。だけどさあ、何もかも壊してもいいって言うのは違うな。じゃあ、頑張るんだよ。ちまちま削るんだね」
と言って、銀髪天使は消えてしまった。
「ちくしょう、またあいつか」
「グレイス、怒るのはもっともだが、地上のタゲとりがもう、持たん。どうする? もう一発いけるか?」
とさつきが聞いてくる。
「でも、またあいつが来るかもしれない」
「今度は、もうちょっと近づいて離そう。それから、もうちょっと小さくしてくれ。多分充分だ」
さつきがそういうので、了承する。
「こはる、トドマツ、もう一度だけタゲとりを頼む」
と言って、僕を連れて上空へと飛び上がる。こはる達ももう限界だ。地上の方がよけづらく、満身創痍なのがわかる。
僕らはまた空を高く高く昇っていき、先ほどと同じくらいのところにいったん定位する。
「グレイス、覚悟はいいか、行くぞ」
僕は、今度は直径二十センチくらいにしてタングステンの槍を顕現させる。
「よし、行こう」
と言って、自由落下プラスさつきの加速度で、槍をもって三つ首のドラゴンへと加速し続ける。
僕は嫌な予感がして、さつきのうろこにアンカーをうつ。
どんどん加速がつき、地面が近づいてくる。
後は、さつきが僕を連れて地面への衝突を避けてくれるだけだ。
と、思っていたところで、三つ首のドラゴンの真ん中の首が上空を見る。やばい。ブレスが来る。
しかし、さつきはよける気配を一切見せない。槍を抱えたまままっすぐ三つ首のドラゴンを目指している。
三つ首のドラゴンがブレスを吐く瞬間、さつきは僕を放りだした。
「さつき、何を!」
と思ったがアンカーがついているので僕はさつきにぶら下がったまま。逆に
「グレイス、なぜ?」
と驚愕の声を上げ、仕方ないかのようにさつきは翼をたたんで僕を包んだ。
三つ首のドラゴンがブレスを吐く。
さつきはそのブレスの真ん中を三つ首のドラゴンに向けて突っ込んだ。
最後に、僕をかばおうとしたせいか、ほんの少しずれたが槍は確かに三つ首のドラゴンをえぐった。
走馬灯のようにゆっくりとゆっくりとその光景が見えた。
槍はそのまま地面に激突し、大爆発を起こし、大きなクレーターを作った。
その底から全身を打ち付けた僕が見たものは、半身をえぐられた三つ首のドラゴンと、とどめを刺そうと突っ込むこはる、そして、僕を包むさつきの翼だけだった。そのまま僕は気を失ってしまった。
僕が目を覚ましたのは、自分の部屋のベッドの上だった。デジャブのように京子ちゃんが僕に抱き着いてくる。
「グレイス君! グレイス君!」
と。何かがおかしい。僕に対して大丈夫? の声がない。
たしかに、僕は目を覚ましたし、全身は痛みが残っているが大丈夫なのだろう。僕は、抱き着いたまま泣いている京子ちゃんに聞く。
「さつきは?」
と。
京子ちゃんは一瞬の沈黙のあと、大声をあげて泣き出した。
京子ちゃんが声をあげて泣くなんて、珍しい。というか、見たことがない。
僕は周りを見回す。妻たちは一人を除いて僕に視線を合わせようとしない。うつむいたり、顔に手をあてたりして、やはり泣いている。
僕に唯一視線を合わせているこはるに聞く。
「こはる。さつきは?」
こはるは僕から目をそらさない。涙が流れているが、それを拭こうともしない。そして、何度も口を開けては閉じてを繰り返した後、意を決したように言った。
「お母ちゃんは、さつきは、役目を果たし、私達を、世界を、守りきりました」
さつきが? 役目を果たして? どうしたって?
そしてこはるはテーブルの上に置いてある大きな箱。まるで棺桶のようなそれに手をかけ、
「お母ちゃんです」
と言った。
僕は痛む体を無視して、ベッドから飛びだし、その箱のふたを開ける。
中に入っていたのは、あの時、最後に見た、僕を包んでくれていたさつきの翼、ただそれだけだった。
僕はその翼を持ち上げ、そして抱きしめ、床に膝を落とし、そして、泣いた。ただたださつきを思って。
声が出ていたのかもしれない。でもそんなことはどうでもよかった。ひたすら、ただ、泣き続けた。
誰かが僕の背中から僕を抱きしめた。だけど、それもどうでもよかった。ただたださつきを抱きしめて泣くことしかできなかった。
さつきは僕が殺した。僕があんな作戦を取らなければ、さつきは死ぬことはなかった。ブレスに焼かれてもなお、立ち向かう必要はなかった。
僕が殺した、僕が殺した、僕が殺した。僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ。何度もリフレインする僕の声。さつき、さつき、さつき、さつき、さつき……さつきは僕が殺した……。
涙が枯れ、瞬きもしないまま、さつきを見つめる僕に気づいたのか、背中の誰かが離れ、そして前にきてさつきごと僕を抱きしめた。
「お母ちゃんは幸せだった! お母ちゃんは幸せだった! お母ちゃんは幸せだったから! 最後まで大好きなグレイスと一緒にいられて、幸せだったから! だから、自分を責めないで!」
こはるの叫びだった。自暴自棄になった僕を現実に戻したこはる。だけど、さつきの翼の感触も腕のなかに戻ってきた。
さつき……また涙があふれてきた。僕を抱きしめるこはるも泣いていた。誰もが泣いていた。それを誰も止めなかった。