転機ー3
京子ちゃんが来ているので、どこかに出かけてみたい、とアンに相談した。
実は、僕は箱入り息子で、屋敷から出たことがない。
というか、出なくても済んでしまう生活を送っていた。
行ったとしても、裏の訓練場とその先のビーチくらい。
庭もそこそこ広いので散歩にも十分だったし。
京子ちゃんのグリュンデールに行きたいと言っていたんだけど、それは結局かなわずじまい。
だけど、五歳まで屋敷から出たことがないって、どんな世間知らずかな。
かなでとミカエルは、両親と一緒に買い物のために街へ出たことがなん度もあるらしい。
なんで教えてくれなかったかな。まあいい、僕は坊っちゃんだ。
屋敷の玄関を出ると、門まで百メートルほど庭がある。
で、右をみると、これまた百メートルほど庭が続いている。なんてでかい庭なんだ。
その先には、レンガづくりの高い壁がある。まるで前世の少年刑務所のようなつくりである。
実は、この中で我が家が独占販売している水回りの設備を作っている。
レンガの壁で囲まれた広大な土地の中には、ホーンラビットの養育場と加工工場があり、この工場では、魔法陣を描くインクを作製するのに必要な血液と魔石がとられ、また、魔皮紙が作られているのと同時に、販売用の肉の処理がなされている。
これでホーンラビットは骨をのぞいて全て利用されている。
さらに、木製品加工工場、金属類精製加工工場、陶器類生産加工工場と、ここで作られた材料をもとに水回り施設を完成させる工場が併設されている。
もっとも中心的で重要な施設は、魔獣の血液と魔石を使ったインクの生産と、魔皮紙への魔法陣の描写、金属板での封入といった、秘匿しないといけない作業を行うところである。
このような施設と屋敷、庭がまとめて門から繋がる塀によってさらに囲まれている。
僕は、そんなアンからの受け売りを京子ちゃんに説明しながら門へと向かう。
今日は、近くの公園へ行くので、馬車は使わない。徒歩だ。
ちなみに、かなでとミカエル、それとメイドが四人と一緒だ。メイドは護衛も兼ねている。
そうして僕は、屋敷の外への一歩を踏み出した。そんな大袈裟なことではないが、しつこいようだが、僕はこの屋敷の外へ出たことがなかったのだ。
猫の方が先に出た。
門から出て街を眺める。ちなみに、門から真っ直ぐに広い通りが伸びている。また、塀と平行にも広い道が伸びている。
この街が作られた時に、縦横真っ直ぐに区画整理をしたらしい。
縦横とも通りには、馬車の往来があり、人もたくさん行き交っている。街の中心はもっと先らしいが、このあたりもそれなりに賑わうらしい。
「アン、どんな店があるの?」
と、歩きながら尋ねる。
「まず、この門の右向かいが、ホーンラビットの精肉店です。結構な量が出るので、問屋やレストランなども買いにきます。また、ホーンラビットについては、当家が販売しているために、冒険者が狩っても値がつかなくなるといけないので、適正価格での買取も行っています」
なるほどね。
「左向かいの大きな一角が、水回り設備のショールームになっています。ほぼほぼ建築業界との大きな取引のみです。そこから先が、当家の金属製品、木工製品、陶器などを販売する商店が並びます。右の精肉店のある一角には、行政施設や商業ギルド、冒険者ギルドなどがあります」
と、歩きながら教えてもらう。
「あとは一般的な武器屋や防具屋、冒険者用の洋服屋、一般の人用の洋服屋、宝石屋貴金属を売っているお店、一般に販売する肉や野菜などを売る店とか、まあ、この辺りでなんでも揃います。とはいえ、これだけ大きな街なので、あちこちにこういったお店の群れが存在しています」
なるほど。
「ソフィはどんなお店が見たい?」
「私はお菓子が売っている店があったら見てみたいな」
「散歩はこの先にあるセントラルパークまで行こうと思っていますので、そこで食べるためのクッキーでも買っていきましょう」
京子ちゃんが喜んでいる。
かなでも嬉しそうだ。と、少し後ろを歩いているかなでを見たら、その向こうに猫がいた。マイヒメが。ついてきている。
「マイヒメ、お前も散歩か?」
と聞くと、
「にゃーん」
とのこと。わからん。
視線を前に戻そうとしたら、道の反対側を歩く猫と目があった。シュウゲツだ。目のあったシュウゲツは気まずそうにスタタタと、先へ行ってしまう。
もしかして、と思い、前の方を見ると、左側の路地から顔を出しているカゲツ。と言うことは、どこかにコマチもいるんだろうな。まあ、いいかと歩き出す。
二十分もすると、大きな公園にでる。この公園は野外ステージを中心にしており、小川が流れ、散歩道が整備され、芝生も敷き詰められた広い空間になっている。
散歩をしている人、芝生に座って語らっているカップル、仕事はどうした。
走り回っている子どもたち。たくさんの人が利用している。僕たちも広場にやってくる。
さて、僕はちょっと困ってしまった。僕たちは、公園に遊びにきた。そう、五歳児として遊びにきた。
小さい頃は、屋敷の中や庭を走り回ったりメイドとの鬼ごっこをしたりしたのは、動きの鈍い幼児の体を鍛えるため、また、ビーチでのバレーも体力をつけるためだったりする。
最近も、話をしたり散歩したり。
そう。僕は実質的八十五歳。どうやって遊んだらいいのだろうか。五歳児ってどうやって遊ぶの? つまりは、スポーツはわかるものの遊ぶってことができない。ファミコンも人生ゲームもないし、トランプもない。というか、屋外でやるものでもない。バードウォッチング? あ、リスもいるわ。
とりあえずは、芝生に四人で座って、鳥やリスを眺めながらたわいもない話をしつつ、他の子どもたちがどうやって遊んでいるのかを観察する。
やっぱり鬼ごっことかかけっことかなんだろうか。
今度、木工職人さんにフリスビーを作ってもらおう。ブーメランとか。
しばらくそんなふうにしていると、メイドさんたちがクッキーを分けてくれ、みんなで食べる。
メイドさんはマイヒメたちがついてきているのに気づいていたので、干し肉も買っている。
マイヒメに干し肉を渡すと、どこからともなく、他の三匹もやってきて「俺もいるぞ」アピールをした。メイドさんはそれぞれに干し肉を与える。みんなでおやつタイムだ。
おやつも食べて、あまりのいい天気に芝生の上に寝転がっていると、メイドさんが提案してくる。
「ボールを使いますか?」
何だと。早く言ってよ。って、持ってないじゃん。
「使いたいな」
と言うと、なんと、メイドさんはスカートの中から取り出した。
ふんわりしたロングのスカートだが、収容になっているとは。
きっと、武器も仕込んであるに違いない。
ボールは革でできたしっかりしたもので、蹴っても大丈夫そう。
とはいえ、バレーボールは蹴りたくない。
「これはビーチバレーのボール?」
と聞くと、そうだとのこと。なので、サッカーはやめた。また今度、サッカー用のボールを作ってもらおう。
「じゃあ、ドッチボールにしよう」
「え、四人で?」
「いや、メイドさんが四人いるから、四対四ができる」
メイドさんは突然振られて、何をするのか不安そう。
芝生の上なので、コートをかけなかったから、大体この辺としてコートを設定し、ルールを教える。
僕とかなでとメイドさん二人がチームでそのほかがもう一チーム。外野はそれぞれメイドさんを一人ずつ出す。
「じゃあ行くよ」
って、とりあえず、ジャンプボール。
僕とミカエルが真ん中でとぶ。ミカエルが自陣にボールを叩く。それを京子ちゃんが拾う。ミカエル、ガチだな。
「それ!」
と、京子ちゃん。
まずは外野へパス。僕達は、五歳児にしてはしっかりと投げる。
うーん、さすが黒薔薇メイド、この程度のこと、簡単にこなすか。
とはいえ、僕ら体は五歳だからちょっと手加減してね。
メイドさんは僕らが下がり切ったのを見て、高速で僕とかなでの間を抜く。抜けた先にはミカエル。
ミカエルはボールを掴むと同時に、かなでに向かって投げ……ない。
フェイントで僕。しかも、ガチのやつ。しっかりと足を狙ってくる。
油断していた僕は当たってしまう。油断していたっていうか最初からガチなんだね、君達。
僕と外野のメイドさんが交代。僕は外野へ。かなでが僕にパス。僕は内野のメイドさんにパス。と、外野と内野のパスをしばらく繰り返して油断させたところで、メイドさんが僕にパスをすると見せかけて、ガチで相手のメイドさん狙い。
バシッってまじの音がして弾いたと思ったら、それを京子ちゃんがジャンピングキャッチ。
みんなまじだわ。当たったの僕だけじゃん。
みんなムキになって、当てても上に弾くようになり、それを他がフォローしてキャッチするからなかなかアウトにならない。
いつしか、メイドさんのガチボールを僕たちも取るようになって、しかもガチで投げ返しで、ものすごい応酬となる。
特にメイドさんがメイドさんを狙う時は、強烈だ。
とはいえ、何度かアウトが出る。変則ルールでアウト数を数えて、それを得点にした。
で、内野が当たったら外野と交代で常に内野は三人とした。その方が、狙われる人が多くて、フェイントとかかけやすい。
「ミハエルを狙うふりしてこっちに投げるってわかっているんだからねー」
と、京子ちゃん。
「メイドさんはスカートが広がっているから狙いやすいですー」
と、フェイントをかけながらミカエルを狙うかなで。
「グレイス様覚悟!」
と言って投げるメイドはわかりやすい。殺気を纏うときは必ずメイドさん狙いだ。仲悪いのか?
しばらく続けていると、子ども達が集まってきているのに気づいた。
とはいえ、多分六歳から十二歳くらい。みんな僕らより年上だ。
メイドさんが気を利かせて子どもたちに聞く。
「ドッチボールって言うんだけど、やってみますか?」
子どもたちは顔を見合わせて、
「うん、やってみたい」
と、返事をする。十二歳くらいのリーダーっぽい子は、
「あんなに速いボールを受けられるのかなあ」
なんて言っているけど。
「皆さんが加わってくれるのであれば、私たちメイドはお休みしますよ」
と。
「じゃあお願いします。僕はキート。僕らはそこの学校に通っている近所の仲間さ」
と、残り九人を紹介してくれる。
僕らも「グレイス」「ソフィ」「フラン」「ミハエル」と自己紹介。
僕らは変わらず二人ずつに別れ、それぞれに五人ずつ加わり、七対七で始める。
ルールは同じようにした。
もちろん、ガチではやらなかったよ。
リーダー格の子達も、小さい子を狙うときはゆっくりなげ、僕たちもそれに準じた。五歳児が手加減するとは。
とはいえ、みんなでキャーキャーと盛り上がった。四人以外で初めて友達ができた気分だ。
「こっちの学校に入らないのか?」
と、聞かれた。こっちの学校に通うのも面白そうだけど、それだと京子ちゃんと通えないので、正直に答える。
残念がってくれたが、僕も残念だ。
もうすぐ夕方というところで、メイドさんにストップをかけられ、ドッチボールは終了する。
みんないい汗をかいた。疲れ切っても笑っていた。僕たちも楽しかった。
たくさんの仲間と何かをするっていうのはこんな感じなのかもしれない。
また会うことを約束して、別れた。