さつきー1
秋は、食事もおいしくてたくさん食べてしまうし、夜が更けるのも早くなってきたので、眠くなるのも早い。
みんなでベッドに並んで寝ていたある日、突然、屋敷が揺れた。地震だ。この辺りでは珍しい。
そう思っていると、さつきとこはるが窓際に立つ。しばらく山脈の方を眺めていたが、二人とも僕の方へやってくる。
さつきは突然、僕をぎゅっと抱きしめて
「楽しかった。ありがとう。そらを頼む」
と言った。
こはるはさつきと代わって僕を抱きしめると、キスまでした。
「みずきをお願い」
と。こんなことを言う、こんなことをする二人は珍しい。
二人は窓から飛び出すなり、ドラゴン形態となり、
「全ドラゴン出るぞ。私についてこい!」
そう命令して、山脈の方に向けて飛び立った。
突然のことながら、この街にいたドラゴン族およそ百五十が飛び立って行った。
僕には何が起こったかわからなかったが、重大な局面なのはわかる。さつきとこはるがあんな意味深なことをするはずがない。
僕はベッドから飛び出し、急いで着替える。かなではすでに部屋を飛び出している。
「ドライア、ディーネ、それからラナとルナ。何が起こっているのかわからない。万が一の時は、子供達とこの街を守って」
と言うと、真剣な顔でうなずいてくれる。
「グレイス君はどうするの?」
京子ちゃんが叫ぶ。
「さつきとこはるのところへ行く」
「二人があんな風に出ていくなんて、危ないんだよね。ドラゴン族だって危険なんだよね」
「きっとそうだと思う。でも、さつきとこはるが覚悟をして出て行った。それでだめだったら、次は? それなら、この世界最強のあの二人と一緒に行動を起こした方がいい」
「きっとそうだと思う。それが正しい選択だと思う。だけど、だけどね」
京子ちゃんが涙ぐんでいく。この前の銀髪天使の時のことを思い出しているのかもしれない。
「私はね、きっとまだ足手まといになる。だからね。ここで待っている。この前の約束覚えている? お願いだから、怪我をしないで」
と言って抱き着いてきた。僕はわかったとは言えなかった。僕は京子ちゃんを強く抱きしめた後、他の妻たちとも抱擁を交わす。
「ライラ、シンべロスを借りる」
ちょうどかなでもやってきた。
「それじゃ、出る」
そう言って、かなでと二人、部屋を飛び出し、シンべロス養育場へ向かう。そこで二頭のシンべロスを連れ出し、僕とかなでは山脈に向かう。
向かうのはこはると会った洞窟だ。おそらく、あそこが一番近道だ。
シンべロスたちは、僕たちの意をくんでかものすごいスピードで走ってくれ、六時間ほどで洞窟の奥まで着く。
ここまで地震や地響きは何度も起こっていた。
洞窟の奥、地底湖の上には空の見える穴がある。地底湖のほとりでシンべロスから降り、シンべロスに帰っていいと伝える。二頭は名残惜しそうにしていたが、後ろを向いて帰っていった。
僕らは身体強化をして崖を登り、穴から外に出る。
そこで見たもの。怪獣大戦争のような光景だった。
うっすらと夜が明けそうな明るさの下、金色に光っている三つ首のドラゴンがいた。
高さ二十メートル、頭の先からしっぽまで四十メートル、さつきの二倍はありそう、体積にしたら八倍ぐらいありそうなドラゴンだ。
周りを飛び回っているドラゴン族が小さく見える。僕が刀を、かなでが大鎌をかまえて走り出すと、その前に降り立つドラゴンが一頭。さつきだ。
「なぜ来た!」
「なぜって、さつきとこはるがいつもとちがう雰囲気で飛んでいくからだろう! なんだあれは!」
さつきはかなり不満そうに見える。ドラゴン形態なのに。
「あれは転移門から現れた魔獣だ。あんなものが出てきては、この世界が終わる。ここで止めないとまずい」
そうか、あれがドラゴン族がここに里をかまえた理由か。ちょっと悟る。
「この世界最強のさつきとこはると一緒に戦いたい。それがあれを止める一番確実な方法じゃないのか?」
「……あれは、魔法が効かない。物理攻撃のみだ。だがな、かなり防御が固い。ドラゴン族が総出で六時間以上殴っているが、見ての通りだ。まあ、ドラゴン族が殴るって言っても手はこの通りだし、しっぽで殴りつけるしかないのだがな」
といってしっぽを見せる。かなり傷がついている。よく見ると、体中が傷ついている。僕は治癒魔法を使おうとする。
「ハイヒー……」
「まて、まだ早い。グレイスの魔力はまだ温存すべきだ。とはいえ、グレイスのその刀やかなでの大鎌でもなかなか刃は通らんぞ。それでもやるのか?」
「当たり前だ」
と僕は意気込む。さつきとこはるが頑張っているのだ。
「わかった。かなで、必ずグレイスを守れ。いいな」
かなでは
「うん」
とうなずく。
さつきは、他のドラゴン族と連携するため、飛び立って行った。ドラゴン族のブレスはあまり効いているように見えない。ただの牽制に使っているようだ。
一方、三つ首のドラゴンの方は、三つの頭からそれぞれブレスを吐き、ドラゴン族は回避に専念しなければならず、なかなか攻撃を与えることができていない。
「上空からタゲを取れ! こはる、足を狙うぞ!」
という声が聞こえてくる。
「僕らも行こう」
そういってかなでと走り出す。
近くに寄ると、その大きさがよくわかる。足だけで、僕の身長より高いのだ。
僕は、さつきたちと一緒に、上空部隊がタゲを取っている間に、一刀入れる。見事なまでに刃が通らない。かなでも同じようだ。それでも何度も何度も殴りつける。切れない。
手を止めるわけにはいかない。が、刀でたたきつけすぎたのか、タゲがこっちに移る。転がるように逃げるが、さっきまで僕がいたところに、三つ首ドラゴンの右足が落ちる。
「これ、持久戦だな。魔力がもつのか?」
とつぶやくと、
「そうであろう。だが、持久戦なんて言っても、全く勝ち目は見えていないぞ。まともに傷をつけられないんだ」
と、さつきが返してくれる。こはるは? とみると、三つ首ドラゴンへ必死に攻撃を加えている。全くダメージが通らない上に、時々しっぽでたたきつけられているようだ。さつきも
「あれにやられるんだ」
という。
「とはいえ、飛んだまま攻撃しても大してダメージを当てられない。だから、空中の部隊がタゲとり、我らが下から足で踏ん張った攻撃を加えているんだ。いやになるくらいダメージを与えられないけどな」
「わかった。僕らも続ける。数を撃つしかないんでしょ?」
と言って、かなでと一緒に再び走り出す。何とか、タゲを分散させながら、切り付けていく。が、うろこを全く切り裂けない。所詮、僕らの体重ではダメージを与えられるほどの力が加わらないのだ。
「おい、さつき、空中部隊はそろそろ危ないぞ」
とトドマツがやってくる。
「わかっている。よくやってくれていると思う。けが人は休ませて、もうちょっと頼む」
「だいぶ減ってしまったからな、どれだけ持つかわからんぞ」
と言って、トドマツは飛び上がる。見るとトドマツも体中に怪我を負っている。チームルビーとサファイアも上空で飛び回って頑張っているが、もう、フルメンバーではない。本当に時間の問題か。