夏休み(ステラとサテラそしてヘレナ)-5
戻った僕に遠目で様子を見ていたベロニカが聞いてくる。
「へへははははほーひはほへふは?」
「飲み込んでからしゃべれ」
とハムスターのようなベロニカにいう。ごっくんと音がして、
「ヘレナ様はどうしたのですか?」
「ホームシックらしい。こっちが船を壊しちゃって、帰れるかどうかわからなくなって、それでな」
「それでは、船は奪って帰りましょう、と言ってきます」
「もうちょい、ほおっておいてやってくれ。泣きたいときもあるだろうさ」
と。僕は自分の肉を焼きだした。
しばらくすると、京子ちゃんと明日奈が手をつないで戻ってきた。明日奈はベロニカとボートの漕ぎ手と話をすると言って、離れて行った。
「ソフィ、どうだった?」
「ひととおり泣いたら落ち着いたみたい」
「まあ、よかった、のかな。皆でまたモングラシアに帰るのかな? でも船を壊しちゃったの悪かったな」
「そうね。何とかならないかしらね」
「アエオンで借りた船をまた借りられないか、キザクラ商会に聞いてもらおうか」
「それがいいわね、でもモングラシアまで行ってくれるかしら」
「そもそも、どこにあるのかもわからないしね」
「でも教皇とやり取りできるくらいだから、行けるんじゃない?」
「それもそうだね」
と、六人のやり取りを見守っていると、明日奈とベロニカが戻ってきた。
「あの、おにいちゃん」
「その呼び方やめてくれる? グレイスと呼んでくれ」
「じゃあ、グレイス、くん」
くん?
「あの、私、ここに残ることにした」
「え? お付きは?」
「二手に分かれることにしたよ。私はここに残る。他はモングラシアを目指して帰る。彼らにもね、家族がいるから」
なるほど。それはそうと、口調が完全に変わってしまっている。
「ヘレナ様! 私も残ります」
とベロニカ。
「ベロニカも帰っていいのよ。待っている人はいないの?」
その質問をしていい人といけない人がいるのを知っているか? ほら、ベロニカが遠い目をした。
「ヘレナ様もですけど、われわれ、そこまで繁殖欲ないでしょうに」
「一緒にしないでくれる? ベロニカ」
「えっ」
と、ベロニカが驚く。
「まあ、私も今はまだないけど、それでも、少なくてもしばらくはここに残りたいから」
「私も残りますよ。天真爛漫エルフのヘレナ様を一人にしておけません。エルフのくせに活動的で、海が好きで、毎日毎日遊びまわって真っ黒になって。あーそーですか、これがダークエルフの始祖ですか。こんなダークなエルフ、誰が心配してくれるんですか。あー、いませんとも。私以外はね」
「ベロニカ!」
と言って明日奈はベロニカに抱き着いた。
「ありがとう」
と。僕は、思わずダークエルフの誕生に立ち会えたことに感動した。
「じゃあ、みんな納得したんだな。帰る人たちはどうやって帰るんだ?」
「とりあえずイングラシアに行くって」
「そっか。じゃあ、僕の名前を出していいから、キザクラ商会を頼るように言って。西へ西へと行くと、イングラシアに行くための船が出ているアエオンっていう国があるから。そこまでの各町にキザクラ商会あるからね」
「ありがとう。そう伝えるわ。ベロニカが」
はぁ、とため息をついたベロニカが「伝えてきます」と言って走り出した。
「さて、ヘレナはここに残るって言ったっけ? なんでかわからないけど、ここに残るんだね?」
「うん」
「ちなみに、僕ら、ここには遊びに来ているだけで、家はもっと北なんだよね」
と言うと、明日奈は顔を赤くして
「おにいちゃんの意地悪! おいていかないでよ!」
「グレイスと呼べって」
「おかあさんも何かいって!」
「ソフィでいいから!」
「はははっ」「「あははは」」
ようやく明日奈のボケで笑えたわ。
「グレイス、ソフィ、よろしくね」
「「うん。よろしく、ダークエルフ!」」
「もー!」
その後、ベロニカが九人のメイドを連れてきた。つまり、十一人の住人が増えることになった。なぜか明日奈の口調は変わってしまった。こっちが素だったか。やっぱり。どっちでもよかったんだけどな。
「ところで、こっちで生まれて何年?」
と京子ちゃんが聞く。
「今、こっちで七十六歳。向こうで死んだのが十九だから、会わせて九十五歳」
「え、合わせて同い年だし、こっちではそっちの方が何倍も年上じゃない。なんで、私をおかあさん呼ばわりしたの?」
「ギャグだから、ジョークだから、気にしないで。もう言わないから。合わせで同い年なら、タメってことで、ね、ソフィ!」
「まあいいけど」
と京子ちゃん。
おなかが一杯になったところで、明日奈が走り出してちびっ子たちの下へ行く。
「よーし、お姉ちゃんが遊んであげる。かかってこーい」
その瞬間うちの子十人とステラとサテラが水鉄砲をかまえ、一斉に放った!
「ぴぎゃー」
と明日奈は一瞬にしてずぶ濡れに。
「水でっぽうでお姉ちゃんをびしょびしょにした悪い子はどこだー」
と言って、明日奈は両手を振り上げて子供たちを追いかけ始めた。壮絶な鬼ごっこに発展したが、子供たちも明日奈も楽しそうだった。
夕食を食べて、風呂に入る。女子風呂は以下のようだったらしい。
「なあソフィ、ここにいるきれいなお姉さん、みんなグレイスの奥さんでしょ? あの人、どんだけなの?」
「どんだけの意味が分からないけど、全員をちゃんと愛してくれているわよ」
「ふーん。それでいいんだ?」
「この十人が集まっても楽しいのよ。むしろ、グレイス君がこの十人を引き合わせてくれたんだと思っているわ」
「いいこというわ。じゃあ、私がみんなと知り合ったのも必然なのかな」
その発言で何かを感じたのかヒッと身を縮める明日奈。
「違う違う。私は単なる客人だから。今日、とっても楽しかったのもみんなのおかげだと思っているから」
と、殺気に対する言い訳をする。
「これだけ美人さんが集まるなんて、まあ、かっこいいとは思うけどね」
「かっこいいのは顔だけじゃない! いろんなところがかっこいいんだ!」
と仁王立ちで叫んだのはこはる。
「いろんなところって?」
明日奈の一言で、顔を赤くしてお湯に沈んでいくこはる。
「え?」
「え?」
「そうか。みんなグレイス君の子供を産んでいるんだもんね」
こはるは完全に沈んだ。
「もう。そういうんじゃないわよ。なんかね、子供みたいでほっておけないっていうか、夢中になると周りが見えなくなっちゃうとか」
京子ちゃんのフォローだが、
「それのどこがかっこいいのよ」
と、撃沈する。
「わたしは助けてもらったよ」
リリィ。
「私はずっと憧れていました」
ライラ。
「私はずっとそばにいる!」
ぶれないかなで。
「ふーん。みんな好きなんだねーグレイス君が。よし、明日からも観察するわ、どこがかっこいいのか」