グリュンデール2ー4
春になって、一番初めにやったのは、僕の家の引っ越し。
うん。確かにね、緑ドラゴン族の建物を気に入ったとは言った。街の中心でいいんじゃない、とも言った。だけど、一辺五百メートル四方の武家屋敷ができるとは誰が想像しようか。しかも堀付き。水、どこから引いた? 川から? どうせ田畑を作るために引く必要があった? そう。そうなんだね。おかげで、この街の真ん中に川が通った。
冬の間、工房にこもっていたからかな。見に来なかったうちに出来上がっていた。
ところで瓦? って思ったんだけど、緑ドラゴン族が瓦を焼けた。前世が日本人のドラゴンがいたのか?
すっかり和なテイストに仕上がった屋敷だったが、妻たちの希望で、テーブルやベッド、部屋に入るのはドアと、中は洋風が中心となった。正座は慣れないらしい。
そのため、縁側があるのにその内側はふすまではなくて部屋の壁、というよくわからない構造になった。
また、キザクラ商会全面バックアップのもと、暖房や電気など、完全完備。キッチンやトイレ、お風呂も最先端だ。なにせ電池は自前で作っているから使い放題だし。それから、この屋敷内には騎士団の訓練場までできた。狭くないかな?
それから、猫の出入りが自由になっている。
堀の回りには騎士団の宿舎ができた。現在六部隊、およそ百二十名が団員だ。団服はすべて黒のダブルのコートでロング。らいらい研の制服を踏襲している。夏場はノースリーブにスリットが入る。
ルビーにサファイア、パール、オニキス、ガーネット、そしてターコイズ。ちなみに、最後のチームは元聖王国女王が率いる。はじめは十一名だったのに、神々の騎士団の娘の中からさらに十人追加した。他が二十一名なので合わせたかったらしい。
各チームの名前は決まっていても、騎士団の名前が決まっていない。ネーミングセンスのない僕はこの件を避けている。
さらには、仲間が二人増えた。決して妻ではない。ハイエルフのラミとルミ。それぞれラナとルナの母親。二人ともそっくり。見た目は全くもってラナとルナと同い年くらいにみえる。
髪はラナとルナと一緒のグリーンがかった金髪。目の色は……、細くて見えない。いつもにこやかに目を閉じているように見えるが、糸目らしい。顔の前で手をぶんぶん振ったら、「「見えてます」」と言われた。
僕に仕えていいのかを聞いたら、実は、先々々代のローゼンシュタイン、つまり、僕のひいおじいさんに仕えていた、とのこと。なので、今は暇だったらしい。二人には京子ちゃんのサポートと街づくりの方をお願いした。
今年は、春からやることがある。まずは種もみを撒くことから。
やり方については、京子ちゃんの方が詳しいので、教わりながら。
それからドワーフの奥さんが現地での育て方を知っていたのでサポートしてもらう。神々の騎士団の奥様方も参加だ。
たい肥工場もすでに稼働しているので、そこから肥料を運んできて畑を作り、種もみを撒いている。そのほか、他の野菜や果物づくりも始まり、城壁の外の農業地帯は忙しいことになっている。
さて、ドワーフの皆さんだが、研究開発を進めるのかと思いきや、酒の話をしたら、酒蔵を作る方が先だと言い出した。
おい。何しに来たんだ?
しかも、神々の騎士団やドラゴン族、それから住民達まで巻き込んでだ。
作っている酒蔵は日本酒、ワイン、ビールの工場と、それと蒸留する工場だ。まあ、僕も楽しみだからいいけど。米はそこまで作れるのかな。ブドウは元国王のパーティに木を持ってきてもらわないと。それから獣王共和国からの輸入か。エールはそもそも麦を育てているから大丈夫。
さらにドワーフには、酒の工場を作るかわりに、味噌の工場も作るようにお願いしてある。そういうわけで、農業系の知識が豊富な京子ちゃんはラミとルミを連れて走り回っている。この二人に早く仕事を覚えてもらいたい。
ちなみに、僕や妻たちのスケジュールだが、午前中はそれぞれの担当作業や研究などの仕事を。午後はそれぞれ好きなことをしている。僕やかなではさつきとこはると一緒に訓練を。京子ちゃんは訓練に出たり、研究に精を出したり。ライラとリリィも訓練に出たり、楽器練習をしたり、学校や保育所で子供の世話をしたりしている。ラナとルナは言わずもがな。ドライアとディーネは雨が降らなければ一日中足湯警備隊をしている。
こうして春が穏やかに過ぎていき、初夏になる。畑も田も緑に覆われ、美しい光景が広がっている。果樹園の木々もだいぶ大きくなってきた。実をつけるのはまだ先かな。そう思っていたが、厄介ごとは唐突にやってくる。
「グレイス様」
と呼びに来たのはバニーだ。すでに自分の騎士団兼メイドを持ってしまったので、黒薔薇は僕の周りにはいない。
「なに?」
「教会の者が面会に来ておりますが」
「うん、いいよ。話を聞くよ」
というと、バニーは部屋を出ていき、神父さんを連れてくる。神父さんは、手紙と紙束を僕に渡し、
「イングラシア教の教皇より指令が回ってきました」
あれかな? でも、あそこまでぼこぼこにして、まだやるのかな?
僕は手紙に目を通す。
そこには、イングラシア聖王国女王が教会騎士団の一部と一緒にさらわれたこと。これらを引き起こしたのはロッテロッテ教の信者であること。ロッテロッテ教は異端であり信じてはいけないこと。それを証明するために踏み絵をさせること。それから、モングラシア教もこれに同意し、後押しをしていること。などなど連ねられていた。まず、
「ねえバニー、モングラシアって知ってる?」
「いえ、知りません」
「君たち獣人が信じている神様っている?」
「力の強い種族などは、武神がどうのとか言いますが、何かを崇めたりしているわけではないと思います。私も捕虜で捕まっていましたが、多獣国でもそのようなものは全く見たことがありません」
「なるほどね。じゃあ、武神を信じているものもいるかもだけど、モングラシア教がどうのとか、モングラシア聖王国がどうのとかいうことはないってことね」
「はい」
「となると、そもそもモングラシアなんてあるのかな?」
そこから疑問だな。
「さて、踏み絵なんだけどさ、無視しちゃっていいんじゃない? だって、そんなことしたら暴動が起きかねないでしょう?」
「はい。特にこの国はロッテロッテ様の影響が大きく、貴族様にも浸透していることから、この手紙自体が宣戦布告ととられかねません」
「そうだよね。ロッテロッテ教が女王を誘拐しちゃっていることになっているしな」
「実際はどうなのでしょうか。これも工作でしょうか」
「ごめん。誘拐はしていないよ。自分の意思で来たんだよ。この街にいるよ」
と、神父さんに教えてあげる。
「え、じゃあ、この街が攻められるかもということですか?」
「この街を攻める? 一瞬で国ごと亡ぼせる戦力を持ったこの街を?」
「そ、そうですよね。そうしましたら、他の街の教会とも連携し、この通達は無視することにします」
「神父さんはそれでいいのかい?」
「はい、私も踏むことはできませんから」
と言って、胸に手を当てた。
神父さんが帰った後、バニーに各隊長と妻たちを呼んでもらう。
「えっと、はじめになんだけど、イングラシア教がロッテロッテの踏み絵に踏み切った。これについて、アンジェラ、なんかわかる? ちなみに誘拐されていることになっているけど?」
「もとより計画していたことをやっただけのような気がしますが」
「じゃあさ、モングラシアについて教えて」
「イングラシアと同じく、モングラシア教を中心とした国だと聞いています。詳しくはわからないのです。叔父がそのように言っていただけで。叔父がやり取りをしていて、私はそれを信じるだけでしたから」
「そのモングラシア教だけどな、バニーもコテツもチュチュも知らないそうだ。ただ、武神を信じているものはいるそうだ。で、このモングラシア教だが、イングラシア教の今回の件に協賛しているそうだ。まあ、本当かどうかもわからないんだけど」
「さつきやこはる、マツリは知らない?」
「マツリにひとっ飛びで見に行ってもらえばよかろう?」
さつきがさらっとマツリに振る。
「え、私?」
「われらに行けと?」
「い、いえ、滅相もございません」
「それはそれで考えてもいいけど、あるのかないのかを見に行くのもね。なかったらどこまで探していいかわからなくなっちゃうしさ」
それより、と僕は続ける。
「僕としては、イングラシアのキザクラ商会支部のみんなが気になるけどね」
「じゃあ、そっちこそマツリに見に行ってもらったら?」
「そうだね。それは検討しようか。でも、キザクラ商会に手を出して商品が流通しなくなって困るのはイングラシアだろうに。だから、手は出さないと思うんだけどな」
「私もそう思いますが、ロッテロッテ教、ひいてはそれをプロデュースしているキザクラ商会、何らかの動きがあってもおかしくありません」
アンジェラがそう答える。
「単なる見せかけの場合もあるんだよね。やるやる詐欺っていうかね。こっちに行動を起こさせて、自身の正当性を主張するとか、見て笑うだけとか。それだったら全く動かない方がいいんだよね」
「その可能性があるの?」
と京子ちゃん。
「うん。踏み絵をさせるって書いてあるけど、させた後、何をするか書いてないでしょ? 踏まなかった人を処罰するとかさ。そもそも一宗教が処罰なんてできやしないんだけどね。そこまで宗教を信じ込んでいるのはイングラシアだけだし。まあ、そのイングラシアも神々の騎士団みたいに宗教離れを起こす人がいるくらいだし」
「じゃあ、やっぱりほおっておくしかないんじゃないの」
「そのとおりなんだけど、さっきも言ったようにキザクラ商会支店の従業員がね」
そうだ思い出した。
「さつき? トドマツって、今度いつが交代の時?」
トドマツたちは、三十人ほどを現地に残し、何かを何かから守っている。わざわざ聞かないのでわからない。ちなみに、さつきたちも何かを守っている、らしい。その現地要員は定期的に交代をしている。
「うちの里と同じであれば、七月初旬だと思いますが」
「その時に見てきてくれないかな」
「そんなに遅くて大丈夫ですか?」
「あとひと月くらいだよね。でもそうか。手紙がこっちに届くのにひと月くらいかかっていたとしたら、何かあって二か月になっちゃうのか。やっぱり行ってこようかな」
「では、大精霊様に見てきてもらいましょう」
と、ドライア。
「え?」
まさかの大精霊様?
「大精霊様にそんなこと頼んでいいの? というか、精霊も念話?」
「はい。そんなものですし、大精霊様に頼んでもいいのではないでしょうか。大精霊様、この前、うちの子供達にビビってましたし。それに何より、もしグレイス様が行くとしたら、さつきかこはるに乗るか、ルビーかサファイアに運ばせますよね? その時、重さのない私たちを連れて行こうとしますよね? 私達は、足湯警備隊なのです」
大精霊様を犠牲にしてまで足湯を警備するとは。
「じゃ、おねがい。ちょっとビビビってやってみて」
「はい。ビビビ」
と言って、両のこめかみに人差し指をあてるドライア。擬音を口に出すな。ちょっと恥ずかしくなるじゃないか。
「旦那様。大丈夫っぽいですよ。どうやら、従業員の皆様は街から逃げ出していて、大精霊様の神殿でお世話になっているみたいです」
「そっか。じゃあ、そのまま保護をお願いしておいて。七月になって、現地要員の交代の時に、馬車でも持たせるから、それに乗せて帰ってきてもらって、と」
「承知しました」
と、返事を返して、ドライアはまた念話をしている。これで一安心。
「じゃあ、話し合った通り、この件は、しばらく放置で。よろしくね」
と、話を終えた。