ドワーフの国-6
「はいはい! 私行きます」
リカが悩む間もなく手を上げる。
「リカ、お前、父親の残してくれたあの工房をどうするんだ?」
タンツが聞く。
「私、お父さんもお母さんも亡くしちゃって一人だし、お父さんの残してくれた工房は大事だけど、でも、アクセサリーだけじゃなくて、新しいもの作ってみたい。それが何かまだわからないけど、でも、もう気持ちが未来に行っちゃっている! それに早く追いつきたい!」
と。
「でだ、も一度聞くが、あの工房どうするんだ? 立派な、お前の祖父の時代から続いた由緒ある工房だろう?」
「うん。維持できればいいけど。でも、お父さんもきっと許してくれる」
「リカ、あの工房、大事なんだろう?」
と僕が聞く。
「それはそうだけど、でも」
「わかった。あの工房はキザクラ商会が買う。キザクラ商会の支店とする。それでいいかい。なるべく外観とか変えないようにするから」
「うん! ありがとう!」
と、リカが来てくれることが決まった。次に、ギルドの入り口でもぞもぞしていたドワーフ。
「ぼ、僕も行きたいです」
と、なんかさえない、見たこと……羽のドワーフか。
「空を、空を飛ぶのが夢なんです」
「ライト、お前がなんでここにいる?」
と、とある工房長。
「お前のように技術も磨かずに好き勝手なことをしているやつを行かせられるわけがないだろう? 工房長として行かせることはできない。工房の汚点になるしな」
「ですが、空を飛びたいんです。空を飛ぶための技術開発をしているんですよね? 僕もやりたいです」
気持ちはわかるが、僕は断る。
「ダメだ。君は連れて行かない。教えてもあげない。ここで聞いたことは忘れろ」
「何でですか?」
「君は、自分で考えて空を飛ぼうとしていた。それは君のアイデアで君の技術開発だ。我々がやろうとしていることとは全く違う。君はそのまま頑張っていれば目指していればそのうち飛べるようになる。自分の力でだ。なのに、それをあきらめて僕らのアイデア、技術にすがるのか?」
ライトは黙る。
「会長、それはちょっと酷では? わしの予想ではあと数年後には飛べます。ライトがそれまでに飛べると思います?」
それもそうか。工房長たちはあと数年にざわめき、ライトはさらに落ち込む。
ガンツが話を再開する。
「そういうわけで、わしらに手を貸してもいいという者は、悪いが、自力でマイリスブルグ王国まで来てくれ。ちゃんと家族会議をしろよ?」
「面白そうなことや、うまい酒のために長距離を移動するのはいいが、家族はどうなる?」
「我が領で基本としているのは働かざる者食うべからずだ。家族を連れてきた場合、家族にも働いてもらう。特殊技能がなくても、服飾工場や農場、それに食堂など、働くところはいくらでもある。それから子供達だが、保育所や学校を用意する。安心して働いてほしい。ちなみに、住居も可能な限り用意する」
「待遇としては?」
「キザクラ商会職員となってもらう。給料も出す。酒は自分で買え」
と言うと、ブーブー声があがる。顔が笑っているから冗談だろう。
「それと、大事なことが一つある。キザクラ商会のことを知っていると思うが、エルフの従業員が主に営業を行っている。つまり、我が領にはエルフがいる。それだけではない。ドラゴン族に獣人もいる。ガンツとタンツ、ファレンのようにドワーフもいる。つまり、ドワーフ至上主義とか人族至上主義を掲げている者には住みづらい。逆に言うと、様々な種族が協力して暮らしている。それを理解してから来てくれ」
だいたいドワーフたちが納得したのを見て。
「質問はないか? なければ今日の話はこれで終わるが?」
なさそうだな。僕は懐から袋を取り出し、皆に見せる。
「ガンツにお金を渡しておくので、今日は飲んで帰ってくれ」
「「「おー」」」
と歓声が上がった。
僕とかなではガンツとタンツに後は任せてギルドを出て宿に向かう。
途中、後ろから追いかけてくる足音が。
「グレイスさーん、グレイス会長、グレイス様―」
リカだ。
「さんも会長も様もいらない。グレイスとよんでくれ」
「じゃあ、グレイス、私、役に立てるかな?」
と聞いてくる。
「ブブー、それは間違い。役に立つために来るんだろう?」
「あ、そうだった。絶対役に立ってみせる。私の細工技術は世界一なんだから」
「そうだな。期待しているよ」
「でも服飾なんてそんな新しいものもないでしょ?」
「ん? あるよいくらでも。ちなみに服飾部門を任せているのが妻の一人だけど、アイデア満載だから覚悟しておいて。それにね、細工って服飾だけじゃないよ? 魔道具には細かい部品や複雑な部品がたくさん使われているから。むしろ、そういったところでの活躍が期待されるかな」
「ん。わかった。頑張るね。ところで私、もう行くこと決めちゃったけど、いい?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、もう今日からグレイスの部下でもいい?」
「いいよ。辞令書もないけどね」
情報漏洩のための契約書は作るつもり。
「ありがとう。では今日からキザクラ商会の一員として頑張ります」
「はい。よろしくお願いします」
「明日、キザクラ商会職員として早速仕事にかかります。明日集める宝石は、キザクラ商会名で請求書を切ってもらいますね」
といって笑う。まあ、リカのマージンがなくなるから安く仕入れられるってことかな。
「わかった。ただし、キザクラ商会会長宛にしといてくれ」
「了解!」
と返事をして、リカは走って帰っていった。
リカが走り去るのを見送っていると、もう一人やってくる。しかも、僕の前に土下座。さっきの空を飛びたがっているドワーフ。
僕は無視してかなでと歩き出す。すると、走ってきては僕の前に土下座をする。
「えっと、邪魔なんだけど」
「お願いです。雇ってください」
「さっき言ったでしょ? 君には君のやり方があるって」
「だけど、いや、ですが、空を飛びたいんです。そのためには僕の技術とかプライドとかそんなものはどうでもいいです。ただ、あの星をつかみたい。雲をつかみたい」
と空に手を伸ばす。
「グレイス様は空を飛んだことがありますか?」
「あるよ、ドラゴンに乗ってね」
固まるライト。
「で、では、雲が、星が、どうなっているのかご存じなのですか? 月は? 月にはいけるのですか?」
「悪いが教えない。自分で確かめなさい。人に聞くより、自分で確かめた方が何倍も感動する」
「そのためにも、僕を雇ってほしいんです。勝手なことを言っているのはわかっています。お願いします」
「やっぱりだめだよ。さっき、君の工房長だよね、君が技術も磨かないで好きなことばかりしているって。そんな人を雇うわけにはいかない。やっぱり、自分の技術を高めることに時間を惜しまず努力する人でないと、技術は発展しない。向上しない。君にはその資格がない」
と、バッサリ切り捨てた。