結婚のあいさつ回りー20(イングラシア)
数時間もすると、イングラシア聖王国の街が見えてくる。
今回は遠慮しなくていいか、と、さつきたちに街の上を旋回してもらう。
街の西側に城があり、北に大聖堂があった。大聖堂から南に向けて広い通りがあり、また城から東に向かって広い通りがあった。
この通りが交差するところに広い公園がある。その公園の周りにたくさんの店があり、街の中心のようだった。
「さつき、あの公園に降りようか」
「いいのか? ドラゴンが降りてきたらパニックになると思うが?」
「いいんじゃない? あんまり気が合いそうな国じゃないし」
「よし、じゃあ、降りるぞ」
と言って、さつきとこはるは公園の真ん中に降り立った。
当然のことながら、街中の人という人が公園から逃げていく。
そして逆に公園を取り囲む体の大きな戦士たち。とはいえ、百人くらいか。まあ、ケルベロス対応で人手が少ないのだろう。
さつきとこはるも人型に戻ったことだし、周りを見回して、一番体格の良い戦士を見つけたので、そちらへ歩いていく。当然、さつきとこはるがドラゴンだとわかっていて腰が引けている。僕はその前まで行って、
「僕らは明後日、女王に城に招待されていて、それまでこの街に滞在することを許されているんだ。通してくれるよね?」
と聞くと、固まったま動かないので、やむなく殺気を放出する。
「ひっ」
と、戦士たちがその場を避けるように道を開ける。通り抜けるときに、質問をする。
「この街で一番高級な宿はどこだい?」
「は、はい。大聖堂の斜め前にある大きな宿がこの街で一番の宿になります」
「じゃあ、この街のキザクラ商会はどこだろう」
「き、キザクラ商会は、その向かいになります」
「そっか。ありがとう」
そうお礼を言って、僕らは大聖堂に向かって歩き出した。
この大通りの両側には店が並んでおり、服飾、食品、道具、本、レストランなど様々だ。
来るときにも空から見たが、建物はすべて、壁が白く、また屋根がオレンジに塗られており、統一感がある。そういえば、他の街に多い屋台がないな。
街の人たちは基本的に白い服を着ている。男性は前合わせの服にズボン、女性はワンピースが多い。僕らの黒を基調とした服が逆に目立ってしまっている。まあ、仕方あるまい。
後ろからこそこそついてくる体の大きい戦士の集団たちも、僕らを見失うことはないだろう。まあ、僕らは堂々とするだけだ。
しばらく歩いていくと、大聖堂の前までくる。大聖堂は、階段が数十段もあるような巨大な台座の上に立っており、中心に巨大な教会。それを取り囲むように合計八本の塔が立っている。
さすがはイングラシア教の総本山というように、壮大な建物だ。教会から出入りする人達も多く、この街の人々の信仰心が高いことがうかがえる。
まあ、今日は、いや、今日も教会には用事がないので、右にあるキザクラ商会へと足を向ける。
キザクラ商会に入ると、
「いらっしゃいませ」
と、白いブラウスに黒のスーツを着た女性エルフの店員が落ち着いた様子で近づいてくる。僕の顔と制服を確認すると、はっとした表情をつくり、
「グレイス会長ではありませんか」
「僕のことを知っているんだね」
覚えてないこと、失礼だったかな?
「はい、本部研修の時に遠くからお目にかかりました」
よかった。話をしているわけではない。
「今日、支店長いる?」
「少々お待ちください。今、呼んでまいります」
しばらく待つと、やはり同じ服装をした女性エルフが近づいてくる。
「支店長のララファと申します」
「ララファ、よろしく。それでね、ちょっと明後日まで滞在することになって、目の前の宿に泊まろうと思うんだけど」
と言うと、
「いえ、この商会にお泊りください。客室は前のホテルのスイートに引けを取りませんし、お風呂やトイレ、キッチンなどは、最高のものを設置してあります」
そりゃ、それを売っている商会だからな。
「とりあえず、応接室に移動しませんか?」
と店員が気を聞かせてくれる。
「あ、ごめんなさい。移動しましょう。ラミーネお茶とお菓子を用意してくれる? それと、ご子息達には……」
「気を使わせてしまってごめんね。子供達にはフルーツでも出してくれたらうれしい」
と伝える。
「わかりました。それではフルーツもよろしくね」
と言ってラミーネに指示をだす。
応接室に入ると、テーブルをはさんで向かい合わせになったソファーの組が二つ。一方に僕と妻達、そしてララファとラミーネ。もう一方のテーブルでは子供達がフルーツを食べている。面倒を見ているのはジェシカたちと店員さんが二人だ。
「ごめんね、忙しいのに」
「いえ、大丈夫です。ところで、明後日までこの国に滞在されるとのことですが?」
「うん。明後日、城まで来いって女王様が言うんだよね」
「女王様がですか? 確か今はケルベロスと対峙していると聞いていますが」
「うん、ちょっと手伝って、解決した。そしたら、城に呼ばれたんだよ。女王達は移動に時間がかかるって言っていたから、先に来ちゃった」
「そうでしたか。そうしましたら、褒章でもいただけるのでしょうか」
「そういうのはいらないんだけどね。ところで、ちょっと聞いていい?」
「何なりと」
「この街に支店を出した時って、変な目で見られたりしなかった? えっと、言いづらいけど、君たちエルフでしょ?」
「はい、エルフだから、というより、私たちの体型が細いことが原因かと思われますが、見られることが多かったです。今では、慣れてくれたようですが」
「そっか、何もないならよかった。この街、太ってる方がいいっていうから、君達が無理してなければ、と思ったんだけど」
「この街は、一次産業に携わる人たちが多く、農産物も海産物もたくさん出回っており、どこで何を食べてもおいしいので、つい食べ過ぎてしまうのですが、体質のせいか、私達は太ることはないんですよね」
「そっか、それはそれでうらやましけどね。ついでに、聞きづらいことをもう一つだけど、君達エルフの信仰って、どうなってるの?」
「私達は、森で暮らしていましたから、基本的には精霊様をあがめております」
ララファはちらちらとドライアとディーネを見ながら続ける。
「ですので、高位精霊様と結ばれた会長は私どもにとって信仰の対象でもあります」
「いやいや、精霊を敬うのはいいと思うけど、僕は違うでしょ。それに、僕の妻にはエルフもいるし」
「そこは間違えてはいけません。ラナ様とルナ様は何もおっしゃられないかもしれませんが、お二人ともハイエルフ様です。ハイエルフ様も私どもにとっては敬う対象です。やはり、会長様はすごいお方です」
え、ハイエルフ? いまさらの新しい情報に驚きつつ、まあ、そういうのは今はおいておいて、
「じゃあね、イングラシア教ってどうなの?」
「うーん」
と考え込むララファ。何かあるのかな? と、待っていると、
「いえ、何も思うところは。信教はそれぞれ自由ですし、特に気にはしませんけど」
「君達がイングラシア教を信仰していない点については?」
「その点についてですが、勧誘がめんどくさかったので、お布施という名のお金を渡したら、来なくなりました。私達も信仰していると思われているのかもしれません。今では、定期的に教会へ赴き、お金を納めています」
なんか、いやな感じだけど、そんなんで害がないならいいか。
「さて、君達が嫌な思いをしていないのだったら、いいよ。じゃ、僕ら明後日まで暇なんだけど、明日、見に行った方がいいところとか、ある?」
「そうですね、見るところと言ったら、大聖堂とか、お城とか、この商店街とかでしょうか。基本町並みはきれいですし。あと、食事については、どこのお店に入ってもおいしいと思います。海の幸は新鮮ですし、この街の外には広大な農地があるので野菜も新鮮です。とりあえず、今日はもう夕方になりますから、こちらで食事を用意させていただきます。それでは、ラミーネ、会長様達を客室に。それと、食事の用意をお願いします」
ララファはそのようにラミーネに指示を出して、この場は解散となった。
子供達、食べ過ぎてないだろうね。