結婚のあいさつ回りー17(イングラシア)
「間一髪だったね」
僕は、三人娘をおろす。
「もうちょっと優しくおろしてくれてもいいじゃん」
というつぶやきは無視だ。
「もしかして、そらの一撃で緑ドラゴンの里をつぶしちゃった? すごいなそら!」
そう言ってそらの頭をなでる。そらは「きゃっきゃ」と手をばたつかせて喜んでいる。
「まあいいんじゃないか?」
さつきは笑いながら言う。
「あの建物はなかなか趣があったが、あー、残念だ」
あいつら、怒っているかな。怒っているだろうな。トドマツに至っては自業自得とはいえ、左腕が吹っ飛んだし。まあいいか。
「さあ、神殿に戻ってきたことだし、祝福しちゃおうか」
と大精霊様。教会のような部屋に皆で移動する。
大精霊様は、壇上に上がり、みのりとしずくにおいでおいでをする。
「まずはみのりからねー」
と言って、みのりの脇に手を入れ、
「たかいたかーい」
と、みのりを持ち上げる。すると、天井の方から光の粒子が降り注ぎ、ふたりを覆う。
大精霊様はみのりのおでこにキスをして、
「はい、終わり」
と、みのりをおろす。
「次はしずくー」
と言ってしずくを同じように持ち上げ、祝福する。
「はい、これで二人とも僕が認めた高位精霊だよ。おめでとう」
といって、子供たちをなでなでする。
「大精霊様。ありがとうございました」
と素直にお礼を言う。ドライアとディーネも頭を下げる。
「気にしなくていいよ。久しぶりの高位精霊の誕生だからね。僕も祝福の仕方を忘れる前でよかった」
「さて、用事も済んだし」
僕は話を変える。
「なになに? もしかしてもう帰っちゃうの?」
「いや、その前に聞きたいことがあって」
「なにかなー」
「いま、イングラシアの街の西でじゃれてるケルベロスなんだけど、心当たりは?」
「うーん」
と握ったこぶしを顎に当てて考え込む大精霊様。
「ない!」
と力強く返してくる。
「この国の元宰相に会って、そのおじいさんが言うには、この神殿からじゃないかって言っていたんだけど?」
「しょうがないなぁ。さっきの魔法陣の横に、地下へ降りる階段があったでしょ。地下の部屋に別の魔法陣があってね。その魔法陣は異界とつながっているのさ」
すごいだろー、という副音声が聞こえてきそうなどや顔で大精霊は言う。
うーん。確かにすごい言葉が聞こえてきた。異界ってなんだ。本当にあるのか。でだ。
「そこからケルベロスがやってきたと?」
「可能性はあるかもね」
「可能性とは?」
「だって、僕知らないもん」
僕がジト目で大精霊様を見ると、大精霊様は目をそらして、
「も、もしかしたら、僕がいない間に誰かが魔法陣を起動させたのかもね。しょうがないなー」
と、他人事のように言う。ちゃんとカギをかけておけよ。
だが、どうしても確認しないといけないことが。
「異界ってあるのか? そこにはケルベロスが住んでいるのか?」
「うーん。知らない。だって行ったことないもん」
だよね。
「でも、この世界にケルベロスがいないってことは、異界があってもおかしくないよね。じゃないと、魔法陣がケルベロスを作り出しているってことになっちゃう。生物を生む魔法陣なんて知らないしね」
なるほど、やっぱりケルベロスを召喚するのも転移の魔法陣か?
「大精霊様は、魔法陣に書かれている文字が読めますか?」
「も、文字? なにかなー。あの模様の事? あれ、文字なの?」
と目をそらして言う。
「大精霊様?」
と、ちょっとすごんで言うと。
「そ、そうだよ。転移の魔法陣だよ。異界とつながっているの。だけどね、それを知っちゃったら、悪いことに使う人だって出てくるかもじゃん? だから、教えられないの。いい、忘れるんだよ。ましてや、異界に行こうなんて思っちゃだめだよ」
「まあ、行こうなんて思っていないよ。ただ、ケルベロスがどこから来るのか知りたかっただけ。でも、その異界って、ケルベロスしかいないの? それに、異界って一つだけ?」
「いいかい、絶対に調べちゃだめだよ。特に、他の異界なんて絶対にこの世界とつなげちゃだめだからね。いい!」
と強い口調で念押しをされる。あまりの剣幕に
「わかっているよ。平和が一番」
と答えておく。実際、他の世界に興味はないし。
「よーし、ケルベロスの謎もなんとなくわかったし、帰ろうか」
ライラにも教えてやろう、と考えながら皆に帰ることを提案する。
「えー、もう帰っちゃうの?」
と、大精霊様は甘えた声を出す。
「でも、帰った方がいいかもね。なんか、怒りの感情がやってくるよ」
と、大精霊様は天井を見る。
さつきとこはるもそれを感じたのか、僕にみずきとそらを預けて神殿から出ていく。
僕達も慌てることなく、玄関から神殿を出る。
すると、神殿が立っている台の上から見下ろしているさつきとこはる。下には、百人の人型緑ドラゴン達。さつきとこはるはシンクロした動きで指をぱきぱきさせている。
「貴様ら、よくもうちの長を!」
「里をつぶしやがって!」
などなど、罵声を浴びせてくる。どっちもそらをあおったトドマツのせいだけどな。
緑ドラゴン達が階段を駆け上がり、さつきとこはるに襲いかかる。しかし、階段は上が有利。しかも、トドマツが一番強かったんだろう。
緑ドラゴン達は、次々に蹴落とされていく。ブレスをつかったらすぐなのにな、と思ったが、この格闘戦で使わないのがドラゴンたちの流儀なのだろう。
約半数が蹴落とされたところで、ついにトドマツが声をかける。
「やめろ」
と。
「今回の件は、すべて俺様の責任だ。悪かったよ」
と、さつきとこはるに告げる。
「おいおい、ここまでやっといていまさらそれか?」
と、さつき。こはるは、むふーと鼻息をあらげている。
「まあな、自業自得とはいえ、腕はなくなったし、家もなくなったし、ちょっとやけにな」
と、トドマツ。少ししょんぼりしているように見えるのは僕だけか。さつきはやれやれ、って顔をして、僕を呼ぶ。
「旦那さま、お願いします」
と。仕方ないな。
「トドマツだっけ。ちょっとこっち来て」
と言うと、人間ごときに呼ばれたのが気に入らなかったのか、僕を少しにらみ、しかし、どうにもならないと、僕の方へ歩いてきた。
「なんかようか?」
と、トドマツが言うので、僕はそれに対して答えもせず、
「メガヒール」
と治癒魔法をかける。
すると、トドマツの足元に魔法陣が現れ、トドマツを光が包む。その光が去った後には、トドマツに左腕が戻った。
トドマツは、目を点にして、左手を見つめている。手を握ったり開いたりして、感覚を確かめているのだろうが、実際には、何が起こったのか理解が追い付いていないみたいだ。
そんなトドマツにさつきが声をかける。
「よかったな。左腕が戻って。うちの旦那さまに感謝しろよ」
と。われに返ったトドマツは、僕の方に向くと、僕の両肩に手を置き、
「ありがとうよ、グレイス……様?」
「いいよ、気持ち悪いから様はつけなくて」
「そうはいかない。我々の上に立つ主人に対してため口など、許されるわけがない」
さつきが強く言う。あーそう。ごめん。
トドマツは空気を呼んだのか。あらためて、
「グレイス様、ありがとうございます」
と頭を下げた。よしよし、これで用事は終わったな。と思っていたら、
「グレイス様、腕はありがとうございます」
と、もう一度言った。
「腕は?」
と、僕は聞き返す。
「腕は、です」
と、トドマツ。僕は首をかしげると、
「私らの里、なくなりましたよね。住むとこないですよね」
そうトドマツは僕に訴えてくるが、知らんがな。
「えっと? この神殿に住んだらいいんじゃない? 大精霊様と仲よさそうじゃない?」
と提案してみる。
「あのな、いくら何でも百体は無理だぞ?」
と大精霊様。
「山に帰れ!」
「野宿しろ!」
という提案は、さつきとこはる。なんと幼稚な。
「てめえら。そうだ! お前らの里に住まわせろ!」
矛先を変えるトドマツ。
「私らな、とっくに里を捨てたぞ」
さつきが答える。いや、ついこの間だよね。しかも、三十人くらい赴任しているよね。
「な、なに? なんでそんな簡単に里を捨てられるんだ?」
と驚くトドマツに、
「そりゃ、大好きな旦那様と一緒に住みたいって思うじゃん」
わざとらしくくねるさつき。トドマツはジト目になる。
「そ、それだけか?」
「ん?」
「それだけで、皆が里を捨てるものか!」
「それは、旦那様の住む街に行けば、おいしい飯は食べられるし、おいしい酒は飲めるし、皆、のりのりだったぞ」
と、ぶっちゃける。
「な、なに! 食べ放題に飲み放題か?」
「いやいやいや、うちは働かざる者食うべからずだから」
と誤解を解く。
「働けばいいんだな?」
「結論を急ぐな。来ていいなんて一言も言っていない。そもそも、さつきたちと仲が悪いじゃん、どう考えても。そんな二つの集団が一か所に集まったら胃に穴が開くでしょ?」
京子ちゃんが。と言うのは言葉にしない。