結婚のあいさつ回りー11
「まさか、そのために殺したのか?」
姫様は唇をかみしめ、何も言わない。そして、ただ、頭を下げた。
向こうも一時間がたったからか、こちらに攻め込んできた。
「わかった。さつき、こはる、ブレスで殲滅。僕は炎の殲滅魔法を使う。ドライア、風魔法で風を送り込んで、燃やして」
と言うと、それぞれうなずく。
「それじゃ、行くよ。てー!」
さつきとこはるがブレスを左右からなでるようにスライドさせて熊王国軍も多獣国軍も殲滅していく。
僕は、バッタ対策に開発した広範囲殲滅魔法を広範囲に撃ちこんで炎を上げる。
ドライアが風魔法を発動し、炎を広く高く広げていく。
僕は、何度も魔法を撃ちこみ、敵軍全体を炎に包む。消えそうになっては魔法を撃ちこみまた燃やしていく。
一時間、二時間、時間がただ過ぎていく。その間、姫様は手を組みずっと炎を見続けていた。
僕も、炎を途切れさせないように撃ちこみつつ、この後味の悪い感情をかみしめながら、炎を見つづけた。
三時間以上にわたり、炎を上げ続けた大地は、やがて自然に鎮火していった。そこには、焼け焦げた大地だけが広がっていた。
姫様は、膝から崩れ落ち、地面に座り込む。
そして、何かを悟ったような顔をすると突然、右手から爪を伸ばして自分の胸に突き立てる。
が、とっさにその爪をつかんでしまう僕。爪は姫様の胸を刺さなかったけど、僕の指を傷つけ、血がしたたり落ちる。
次の瞬間、姫様が後ろに吹っ飛ぶ。こはるがぶん殴った。爪が僕の掌を裂いて痛いんだけど。僕は慌ててヒールを自分にかけた。
こはるは姫様の胸もとをつかんで立たせている。姫様の意識があるってことは加減したんだろう。
「旦那様が助けた命を無駄にしようとするとは、何様のつもりだ?」
あれ、こはるがむっちゃ怒っている。誰かが怒るとちょっと冷静になるって本当だな。
「あまつさえ、旦那様の手に怪我を負わせて!」
これは自分のせいだけど?
「私は、この手で、この身を利用して、一万人の仲間を殺したんです。私だけが生きていられる理由がわかりません! 彼らには、彼らにも、家族が、妻が、子供がいるんです! その仲間を殺した私が、どの顔でその家族達に会えるんですか? 会えませんよね? 私は、死んで償わないといけないんです!」
「彼らは、誰のために、誰を思って戦ったんだ! その誰かに死んでほしくなくて戦い、命を落としたんだろ?」
こはる、マジになると、言葉遣いが違うな。
「その者達が、お前が死んで喜ぶものか!」
バチン!
こはるが姫様にびんたをした。え?
「私は、彼らのそばにいないと、一緒に逝ってあげないといけないのです。彼らを一人一人ねぎらってあげないといけないのです」
バチン!
あ、こはるが殴られた。
「お前があやつらの家族のもとに行き、すべてを説明し、そして、彼らが守ろうとしたお前自身、家族、国すべてをこれから先、お前が守っていくんだろうが!」
バチン!
「あなたに、私の気持ちがわかるものかー」
スカッと姫様の平手がこはるのほほを外し、そして、姫様は泣き崩れた。
「こはる」
と呼びかけると。こはるは姫様を放し、僕のところへやってくる。僕はこはるをぎゅっと抱きしめて、
「ありがとう」
とお礼を言った。きっと、これでもう命を無駄にしないだろう。こはるも僕をぎゅっと抱きしめ返した。
僕はこはるを離し、そして泣き崩れている姫様の前に膝をついて話しかける。姫様は手で顔を隠すように泣き続けいている。
「姫様。ありがとう。あなたのおかげで、僕の家族も、猫人族も誰一人傷つかずに戦いを終えることができた。感謝します。そして、あなたと、勇敢な兎人族の戦士たちに敬意を表します」
と、言って立ち上がった。
「チグル?」
と言ってチグルを呼ぶ。
「あの兎人族達は?」
と聞くと、
「裏でかくまっています。連れてきます?」
「頼む。そして、姫様の応対をさせてくれ」
チグルは、部下に兎人族を呼びに行かせた。兎人族二十人がやってくる。そのうちの一人が僕の方へ来た。
「この度は、姫様を救い出していただき、また、命を助けていただきありがとうございました。姫様に代わり、感謝申し上げます」
「いや、ごめん。兎王国軍を助けることができなかった」
「いえ、仕方ないことです。私達は、国王や王妃、姫様達のために生きています。彼らも、姫様が生きていることをなにより喜んでいると思います」
「そっか。だといいな。とりあえず、姫様をお願いしていいか?」
「もちろんでございます」
と言って、兎人族の女性は姫様を連れて下がっていった。
僕はもう一度チグルを呼ぶ。
「ねえ、今後、どうしたらいい? 多獣国も熊王国も兎王国も、ものすごい数の兵をなくしたよね。連合としてどうなると思う?」
「国王様は、猫王国だけでなく、猿、鳥、熊、兎、多獣国の戦力をそいでしまいました。ですが、逆に、そのせいでどこも攻め込んだりできないため、協力関係を築けるのではないでしょうか」
「犬王国は?」
と聞くと、ココとルルが答える。
「犬王国は、その前に猿と鳥の連合軍にやられましたから」
「そうか、どこも軍隊が減ってしまったんだな。よそからこの大陸が攻められるってことある?」
「いえ、ないと思われます」
「そっか。それじゃ、あとを任せてもいい?」
「は?」
とチグル。
「今日からチグルが国王ね」
チグルが驚いた後にいやな顔をする。
「めんどくさいことを押し付ける気ですか?」
「いやいや、猫王国は被害ないし、大変なのは連合では?」
「それはそうですが、私のような負け猫が国王とかありえません」
「それを言ったら人間が猫王国の国王なんてありえないじゃないか」
「国王は……」
「いやもう国王やめたからグレイスと呼べ」
「グレイス様は、この後どうされるのですか?」
「ちょっと西のイングラシアに用事があって、そのあとに、家に帰るよ?」
「家とは?」
「僕の名前は、グレイス・ローゼンシュタイン・グリュンデール。北の大陸の東に位置する、マイリスブルグ王国のグリュンデール領に住んでいる」
「わかりました。覚えておきます。もし何かあれば、相互に協力をお願いしたいのですが」
「あ、ずるいぞ、我らも相互に協力したく思います」
とココとルル。
「あのな、僕は、グリュンデール公爵家の単なる婿養子だ。政治的に全く力なんてないぞ? だから、協力できることなんて、ほんの少しだ。だから、気にしないでくれ」
「グレイス様はさきほど、奥様が十人おられるとおっしゃっていましたが、もう二、三人増えても問題ないですよね?」
とはチグル。
「うちも」
というココとルル。
「いらん」
と即答する僕。がっかりする三人。
「僕はもう、十二分に幸せなんだ。これ以上の妻をめとるつもりはないよ」
と言っておく。
「さて。さつき、こはるありがとうね。ドライアとディーネもお疲れ様。子供達を守ってくれてありがとう」
「私たちは何もしませんでしたし」
と言うドライア。僕は首を振る。
「それと、ジェシカとベティ、ビビアン、ごめんね、せっかくの初陣だったのに」
「いえいえ、何もできなくて、むしろ良かったです」
「実際ちょっと怖かったです」
「お付き合いする前に死ぬなんて嫌です」
「「まだあきらめてなかったんかい」」
とビビアンの告白に突っ込む二人。少し雰囲気がやわらぐ。
「さあ、どうする? ここは獣王連合に任せて、行こうか。僕らには何もできることはないし」
僕は、皆に確認をとる。
「チグル、ココとルル、ごめんね、あとはよろしくね」
「「「わかりました」」」