結婚のあいさつ回りー10
両軍が出そろったところで、前方から三人がやってくる。ファンと、あれはサイ人族かな。それと兎人族。
僕らも三人で前にでる。僕。こはる。そして、フードをかぶった姫様。
そして、国境付近で対峙する。
「よお、逃げ出さなかったのか?」
「逃げ出す理由もないしな」
「お前の軍、というか、前に立っている女、三人いるが、皆子供を抱いているようだが、戦場にあんな小さい子供連れてきて大丈夫か? 早死にさせることないんじゃないか?」
「心配するな。うちの子はそんなにやわじゃない」
「ほー、四人ともお前の子か。意外とやるな?」
ふんっとファンは鼻息を荒げる。
「ところで、そっちのフード、それ、とってみろよ」
姫様は、フードをかぶってうつむいているものの、ファンの横の兎人族が鼻を鳴らしてにおいを嗅いで驚いた顔をしている。姫様がフードをとる。二本のうさ耳が現れる。
「やっぱりそうか。久しぶりだな、姫。こんなところで会うなんて偶然だな」
姫様は言葉を発しない。
「意外とつれないんだな、俺たち同盟軍の仲なのにさ」
それでも姫様は何も言わない。
それを理解したのか、僕の方に矛先が向く。
「ところで、お前が連れてきちゃったわけ? で、姫はなんでそっち側に立っているのかな?」
「まあな、姫様が寂しそうにしていたんで、お茶に誘ってみた」
「そうかそうか、もしかして、おまえ、バニーが好きなのか? バニーに惚れちゃったのか? 後ろで怒ってる奥さんいるけど大丈夫か?」
なぜにバニー? 多獣国でもバニーガール扱いをさせられているのか? 兎人族は。オスもいるぞ? 見たことないけど。目の前に一人いるか。
「バニー? 大好きだぞ。しかもかなりな。そのスタイルもな。いつも見ていたいし、いつもそばに置きたいくらいに好きだな」
と言うと、姫様が目を見開く。
「それにな、うちは妻が十人いてな。やきもちを焼くレベルを通り越しているわ」
と言うと、姫様もファンも目を見開く。横のこはるはなにも動じていない。
「はっはっは。見た目以上にあれなんだな。遺書をちゃんと十枚書いてきたか? もっとか?」
「まあ、大きなお世話だ。お前こそ女性と付き合う前に死んでいいのか?」
「言ってろ」
「で、なんだ?」
「こっちは一時間後にそちらに攻め込む。この一時間はどちらも攻め込まずに準備時間とする。いいな?」
「わかった。一時間後に開戦ということで」
「まあ、バニーはすぐにこっちに戻って来るさ」
それぞれ己の陣地へ戻る。
「さてと、一時間後に開戦だ。チグル、ごめん。やっぱり大変だわ。何とか兎人族を無力化して、多獣国軍をやってくれない? 難しいとは思うけど。ただし、自分が傷ついちゃだめだよ。それなら兎人族も倒して」
「無茶なことをおっしゃる。まあ、無理だな。そんなことしたら、命がいくつあっても足りない。混ざっての物量戦だろう? 確実に死ぬわ」
「だよね。ごめん。自分たちの命大事にでよろしく」
まだ、相手の軍は混ざっていない。まあ、急ぐ必要はない。
「こはるは前線に出てね。さつきは、子供たちを頼む」
「足だけでいいなら参戦するぞ」
「まあ、安全優先。いざとなったら飛んで逃げて」
「逃げるわけないだろう。誰だと思っている? そんな状況になったら、すべてを灰燼に帰すわ」
まあそうだよね。
「ごめん。そうだよね。お願い」
次に、
「ドライアとディーネ、みのりとしずくはどうする?」
「そばに浮かせているよ。それが一番安全」
「そっか。じゃあ、二人は、熊王国軍を牽制してくれる? 近づいてきたら前に魔法を撃ちこんでの足止めで」
「ジェシカたちも、死なないこと優先で。仲間を守ってくれればいいや」
「グレイスは?」
「大将に挨拶に行ってくる」
「ついて行く?」
「大丈夫。無理そうだったら戻ってくるから。で、姫様、姫様?」
油断した。いない。
「姫様ー」
と振り返ると、姫様は国境近くを歩いている。その向こうには、多獣国軍と混ざりつつあった兎人族達が姫様を凝視している。
次の瞬間、姫様は右手から鋭い爪を伸ばす。兎が爪? と思ったが、次の瞬間、姫様が自分ののどを掻き切った。
「姫様―!」
と僕は飛び出す。
「「「姫様!」」」
と兎人族から。
「なんでなんでなんで」
「姫様を守るのがわれらの」
「姫様が死ぬ?」
「姫様が死んだ?」
「姫様!」
「姫様!」
「姫様!」……
「「「「お前たちのせいだ!」」」」
と言って、兎人族は混ざりつつあった多獣国軍に襲い掛かった。
しまった、姫様がいるから多獣国軍を裏切れなかった兎王国軍。姫様が死んでしまったことにより、そのタガが外れた。
僕は、なんとか姫様のもとへ行く。姫様は口とのどから大量の血を吹き出していた。
僕は姫様を抱きかかえて「メガヒール」と回復魔法を発動し、そのまま自陣に連れ帰る。
兎王国軍は、狂気に包まれて多獣国軍に襲い掛かる。しかし、もともとの技量の差か、一方的に倒されていく。
僕は、混ざりきっていないうちに後ろの多獣国軍を狙って殲滅魔法を撃とうとする。しかし、
「旦那様、ダメだ。まだ一時間たっていない!」
と、さつき。
「熊王国軍が動きました。多獣国軍の応援に向かっています!」
「熊王国軍には牽制していいのだろう?」
「ダメです。多獣国軍の旗をかざしています!」
くそー。どうにもできないのか?
「おい、姫様、起きろ! もう治っているんだろう? お前しか止められない! 早く起きろ!」
と、相手が女性にもかかわらず、気にせず、ほほを平手打ちする。だた、姫様は目を開けない。ただただ、目から涙を流し、唇をかみしめ、目が覚めないふりをしている。
「気が付いているのわかっているんだ! お前が止めないで誰が止める? 全員死ぬぞ?」
それでも涙があふれている目を開けようとしない。唇はもう切れて血が出ている。
「くそ! もう約束なんてどうでもいい。悪者でもいい。魔法を撃ちこむ!」
と言って、右手を伸ばす。すると、
「だめー」
と姫様が僕の手をつかんでおろす。
「なんでだよ。お前の仲間が死んでいっているんだぞ! 止めるなよ。約束破りの汚名くらい、いくらでもかぶってやる!」
「それでもだめです。お願いです。彼らの死を、彼らの死を無駄にしないで」
と、僕の手をぎゅっと抱きしめて離さない姫様。
そうこうしているうちに熊王国軍が兎王国軍の後ろから襲い掛かる。
熊王国軍が広がり、左翼から右翼まで蹂躙していく。もう、兎人族の姿は熊人族に隠れて見えなくなる。
兎人族が見えなくなったことで、姫様は声を上げて大泣きする。
「うわーー、どうして、どうして私を死なせてくれなかった! 私が皆を殺したのに! どうして私は死んでいない? どうして私は生きている? ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!……私が、私がー……」
やがて剣劇の音が消える。そして、熊王国軍はこちらを向いて体制を整える。姫様はいまだに地面に伏して泣き続けている。地面を殴りつけながら。
「旦那様。一時間だ」
「わかった。みんな、やるよ」
と声をかけると、
「「「うん」」」
と返事が返ってくる。が、
「まって」
と姫様。
姫様は僕の前に立ち、目を見て言う。
「お願い。みんなを。みんなを灰にして地に返してあげて」