魔法と技術とそして猫ー4
蓋を開けてみれば、夏になって、すぐ京子ちゃんがやってきた。
おかげで寂しさもあまりなく、出会った時にはその成長をお互い喜んだ。
また別れる時も成長を楽しみにした。そんなこんなで、あっという間に二年が経った。僕たちは三歳になった。
僕はまだ魔法を使っていない。お母ちゃんを治したのはノーカンね。
イメージだから使おうと思えば使えるんだろうけど、使い方を知らないのに使っちゃったっていうことを知られて、どう思われるかも気になった。
三歳になると身長は一メートル近くになり、僕たちはちょっと大きい方かな? 言葉も早いかもだけど、それなりに話すようになった。というか、話すようにした。もうめんどくさくなっちゃって。
それから、活動範囲も広くなった。そのおかげで、魔法を使っているところを見ることができた。台所だ。
台所には水回り設備があるので魔法陣があることは知っていたけど、なかなか見に来られなかった。とはいえ、トイレと同じように魔法陣自体を見ることはできなかった。
僕が見つけたのはかまど担当の料理人さんが発動する魔法だ。かまどに火をつけるときに魔法を使っていた。
「火の精霊様。火の元をここに。そして熱を与えて火を灯せ」
あ、魔法陣が出ているね。料理人さんが持っている短い杖の先に。初めて見たよ。
「イグニッション」
って料理人さんが唱えると、火が現れた。
その火を木屑に、そして薪につけていった。
おー。すごい。魔法だ。感動して眺めてしまった。
料理人さんは僕に気づいて話しかけてくれた。
「もしかして、火をつけるの初めて見た?」
僕は頷く。
「かまどに火をつけられるのは火の魔法が使えるから。だからこのかまど担当は僕の誇りなんだ」
僕は首を傾げる。三歳児が言ってはいけないことかもだけど言ってしまう。
「火の魔法が使えるから誇り? 美味しいご飯を作れることが誇りじゃないの?」
「うっ」
と、かまどの担当者。ごめん。
「ガッハッハ」
と後ろから。
「そうだぞー、坊っちゃんの言うとおりだ。今よりもっと美味しい飯を作れるように、腕を磨けー」
だってさ。料理人さんはへこむ。料理長だな。僕は料理人さんにフォローを入れておく。
「ご飯、いつも美味しいよ。ありがとう」
そう言って、厨房を後にする。いいものが見られた。
「ありがとうございます。坊っちゃん。これ、お土産です。」
って、干し肉を渡してくる。まあ、貰うけど。
昔だったら、ビールが欲しくなるところだな。
でも、干し肉を齧る三歳児って。渡す方も渡す方だ。
さっきの魔法と魔法陣のことを考えながら、外へ出る。
だいぶ暑くなってきたな。あと一か月もすると京子ちゃんがやってくる。
さっきの料理人さん、呪文唱えていたな。なんだっけ。
「火の精霊様」、火の精霊がいるのかな?
魔法って精霊魔法なのかな?
でも水の魔法陣に精霊様がついているとは思いづらいな。
「火の元をここに」なんだろう火の元。「熱を与えて」か。火の元と熱で火になる。なんか、ガスや油を熱して燃やしているみたいだ。
水の場合はどうなるのかな。「水の精霊様」かな。「水の元をここに」? もう、水じゃん。それとも、水素と酸素? でも水素と酸素を生み出して燃やしたら爆発するね。じゃあ、水を生む魔法陣は水の元を生み出す工程がないのか。
僕は、日陰までやってきて、ベンチに座る。
うーん。自分でやってみたいけど、どうやればいいのかなー。何か法則性があればいいんだけどな。魔法を使ってみたらわかるかな。でも、水設備の魔法陣は呪文を唱えなくても発動するじゃん。ということは、そもそも火の元なんてものは出ていない? 最初っから炎が出ているのかな?
と、干し肉を口に咥えたまま空を見上げていると、
「にゃーん」
って。猫の鳴き声が聞こえる。
ん? キョロキョロと見回して、足元に猫がいることに気づいた。
真っ白な猫。でも、結構汚れている。それに痩せちゃっている。目はブルーだけど、ちょっと濃いサファイアみたいな色。綺麗だ。
おすわりをしているけど、右腕を浮かせている。怪我をしているから餌を食べることができていないのかな。
「にゃーん」
ってまた鳴く。
どうしたかな。もしかして、干し肉?
僕は顔を右に左に振ると、その肉の動きに合わせて猫の顔も動く。ちょっと面白いから干し肉を振っていたら、抗議が入った。
「にゃーん」
強めに鳴かれる。いやいや、これは僕が貰った干し肉だ。君が抗議するのはおかしいじゃないか。なんて思っていると、遠くから僕を呼ぶ声。
「グレイス様ー」
この声はかなでだ。
僕は返事をしないで猫をみていると、猫がかなでたちの接近に気づいたのか、腰をひねって逃げる準備をしている。でも、干し肉は欲しいみたい。視線はこっちに向いている。
仕方ない。干し肉を手に持って差し出してやる。
猫は、かなでたちの接近から逃げるか干し肉をもらうために近づくかを散々迷い、僕に近づいて、干し肉を咥え、走って逃げていった。
迷うくらいなら取ればいいのに。
あ、三本足で走っていった。右足、怪我しているんだな。
そうこうしていると、かなでとミカエルがやってきた。
「こんなところでどうしたんですかー」
と、かなでが聞いてくる。
「いや、今日ね、初めて火の魔法を見たんだけどさ。魔法陣が杖の先に出ていて、それから火が灯ったんだよね。それについて考えていたんだ」
「火の魔法ですね。うちでも母が料理を作るときに使っていますよー」
ってかなで。僕は目が点に。
「え、火の魔法を見たことあるの?」
と、ミカエルを見ると、目を逸らして
「はい」
と答える。
なんだ。二人とも見たことがあったんだ。一般家庭でも使われているんだな。
「ミレーヌは杖を使っているの?」
「はい使っています」
「詠唱は?」
「えっと、どうだったかな。確か、「火の精霊様、火の元を生み出し熱を持って火を灯せ、イグニッション」だったかな」
おー、似ているようで違う。っていうと、
「前にもお話ししましたけど、基本的にイメージ力が必要なので、イメージを明確にするための呪文は人それぞれでもいいということではないでしょうか」
と、ミカエル。なるほど。
「そういえば、ミレーヌは黒薔薇に入ったの?」
「はい。団長様には逆らえない、と言っていました。訓練の日は本当に疲れているようで、メイド仕事がどんなに楽か、って父に話していました」
おかあちゃん、容赦ないな。メイドさんたちには苦労をかけないようにしよう。少ない休みだ。
「ミレーヌは黒薔薇では魔導師ではないのかな」
「そうみたいですね。あまり魔法は得意ではないように見えます」
「ところで、二人は火の魔法を使ったことがあるの? それ以外でもいいけど。」
「いえ、まだ習っていませんし、母が火をおこすのを見ていたのですが、「そのうち教えてあげるからね」って感じで。置いてあった杖を触ろうとしたら、すごい勢いで取り上げられました」
ん? 気になるけど、杖って、魔法に必要かな? 僕の疑問に気が付いたようにミカエル。
「多分、杖もイメージの明確化に一役かっているのではないかと思います。例えば、杖の先の場所に火を灯すとか。もしくは、指先に灯したら熱いのかもしれませんね。そういう意味では杖がなくても発動できるのではと思います」
なるほどね。
「ところでね、明日、この時間にここに来られる?」
「はい、来られます」
かなでも頷いている。
「じゃ、よろしく頼むよ。今日のところは、向こうへ行こうか」
と言って、猫が走り去った方とは逆に移動する。今日は敷地内を散歩して過ごした。