結婚のあいさつ回りー1
気をとりなおして、結婚の挨拶周りの準備をする。とはいっても、今回は、ドラゴン族の里と西の果てにあるイングラシアだ。ちょっと時間がかかりそうだけど、さつきとこはるが運んでくれるのですぐに着くだろう。
「さつき、こはる、飛んで移動するときに、どのくらいの重さのものまで運んでいける?」
「なにを運ぶのかにもよるけど、それなりにはいけるぞ」
と、さつき。今日は強気モード。
「僕と子供達が入れる、かごのようなものを作ろうかと。だって、すごいスピードでしょ? 風当たりがつらいと思うんだけど。それに寒いしさ」
「それくらいなら全く大丈夫だ。むしろ、従者を連れていけないだろうか。飛んでいるときに子供の面倒を見れないのでな」
「僕が見るつもりだけど?」
「二人同時というわけにもいくまい? それに何かがあったときには護衛が必要だしな」
うーん。ドラゴン族二人がいて、何か危険なことでも起こるかな? しかも、ドライアとディーネもいる。この二人はミサイルポッドのごとく魔法を撃ちだす。こんな高位精霊とドラゴン族を相手に敵意を向けるなんて、誰もしないだろうに。それに、僕の従者候補として筆頭はかなでなんだけど、かなでも子育て中。
「じゃあ、二人? いや、三人メイドを派遣してもらおうか? さつきとこはるで僕を含めて二人ずつ運んでくれる?」
と提案する。するとさつきがこはるに言う。
「こはる、おまえ力持ちだな?」
「へっ?」
こはるは、突然ふられたことに驚いた顔をする。
「旦那様と私、メイド三人と子供達全員をひとりで運べるな」
さつきはこはるに確認する。
「な、なぜですかお母様、運べないとは言いませんが、い、いや、お母様はかなり重たくて」
ビシッ!
「あたっ!」
と、かあちゃんデコピンが炸裂する。
「重くないよな」
と威圧するさつき、でも、さすがに重いだろう。言えないけど。涙目で小さく首をふるふるするこはる。
「私は旦那様の世話をしないといけないから、一緒にかごに乗る」
「め、メイドが三人もいるじゃないですか。子供二人にメイド三人、一人はグレイスの世話ができるはず」
「何を言っている? メイドに旦那様の世話をさせると? あんなこととかこんなこととかか?」
いや、どんなことかわからないけど、させてないから。させないから。こはるは真っ赤になってふるふるする。
「さつき、僕のことを運んでくれるだろ?」
と助け船をだす。
「も、もちろんです」
あ、モードチェンジ。
「背中に乗ってもらっても、抱きかかえてお連れしてもかまわない」
いや、外が寒いって話。
「なんなら背中に立って剣を振り回してくれても、なんならその足で私に痛みを与えてくれても、私に痛みを与えてくれるのは旦那様だけ……」
両手で顔をはさんでいやんいやんしているさつき。大丈夫かな。それに、さつきに痛みなんて与えられない。未だにまともに攻撃を当てられないのだ。
「じゃあ、かごを二つ作るね。それぞれに子供と僕かメイドを二人ずつ。本当はどれだけかかるかわからないからトイレとかキッチンとかも持っていきたいけど、さすがに重いしね」
「こはる、持て」
「無理です」
「いや、何かの時には街によろうよ。キザクラ商会もあるし、宿をとってもいいしね」
と、フォローをしておく。
「じゃあ、かごができたら出発ね」
と、お願いしておいた。
「母上ー」
屋敷に戻って母上を探す。
「お庭の方にいらっしゃいましたが」
とメイドさん。
「ありがとう。行ってみる」
と庭に行く。
もう五月。庭の木々もだいぶにぎやかになった。特に、ローゼンシュタインから持ってきた薔薇が咲き始めている。母上は、薔薇の壁に囲まれた一角にいた。シャルロッテ様と一緒に。
その場所とは、ドライアとディーネのお気に入りの場所、足湯だ。
二人は椅子に座り、長いスカートを少し手繰り寄せて足を足湯につけていた。誰も来ないので仮面もつけていない。
僕も靴と靴下を脱いで対面に座る。
「母上、お願いがあります」
「その前に、スカートを手繰り上げている女性の前に座るとは、お前の肝もなかなか据わってきたな」
「え? いやいや、母上ですよね。私のお母様ですよね。そのおみ足は確かに美しいかもしれませんが、それを見て私がどうこう思うとでも?」
「隣にはシャルがいるが?」
と言ってシャルロッテ様のスカートをちょいとつまむ。シャルロッテ様はいやん、という顔をしてその手を払う。不覚にも見てしまったではないかシャルロッテ様の、ひとつの色むらもない、磁器のようなおみ足、ももを。
「ほら、みているじゃないか」
「そんなことされたら視線が行ってしまうでしょう?」
「いいのですよ、グレイスなら娘婿なので我が子も同然。手をつないでベッドをともにした仲でもありますし」
シャルロッテ様も絶対面白がっているだろう。わかっていても赤くなる顔を自覚する。
この二人、本当に見た目は二十歳前後の超絶美人だ。しかも、見た目に反して下手に年を取っているだけに、口が回る。僕の方が実年齢は高いと思うが、社会的なコミュニケーション経験が違いすぎる。
「あんまりシャルを見つめると、ソフィにいうぞ?」
と、僕をからかっては、からから笑う母上。
「私、再婚するならグレイスもいいかしら、同い年くらいに見えるし?」
いや、パブロ様、まだ若いよね。
「それに、さつきさんとこはる、親子と結婚したんでしょ? 私もソフィといいしら?」
と、からかってくる。「そうすれば一生この姿で」という副音声が聞こえてきたが無視する。
「いえいえ、そんなことしたら、全大陸のロッテロッテファンに殺されてしまいます」
「全大陸なんて行っていませんけどね。それに私がロッテロッテなんて誰も知らないわ」
と言って、スカートの端を自らちらっとしてきた。見ちゃうでしょうが。
「シャルロッテ様、そのくらいにしていただけませんでしょうか。僕の心臓が持ちません。いろんな意味で。ソフィは最近、完全に気配を消せるんですよ。消して近づいてくるんですよ。猫達すら気づかないんですよ」
と一応きょろきょろする。
「すごいわねー、我が娘ながら」
と、シャルロッテ様も周りをうかがう。
「で? なんだ?」
と、母上が話を戻してくれる。
「ちょっと結婚したことのあいさつ回りに二か所ほど行ってきたいので、三名ほどメイドを貸してほしいのですが」
「いいぞ」
「即答ですね」
「あの一件以来、訓練ではいつも以上に気合が入っているし、それ以外では気落ちしているし、よくわからない状況になってしまった。気晴らしに外に出るのもいいかもしれないと思ってな」
誰のせいだと?
「では、ジェシカ、ベティ、ビビアンをお借りしても?」
「わかった、アンに伝えておく」
「ありがとうございます」
と言って、僕は足湯から上がる。靴を履いて立ち去ろうとすると、
「グレイス」
と呼び止められる。
「これ以上嫁を増やすなよ」
と。僕はくちをぱくぱくさせ、
「そんなことしません」
と何とか答える。
「増やすならまずシャルを考えてやれ」
と。シャルロッテ様は横で微笑んでいるだけだ。
「やめてください。グリュンデールの中で争いが起きます。パブロ様はいい人です。ちょっと話が長いだけで」
と。フォローしておく。シャルロッテ様は頬に手を当て「そうなのよねー」と言っている。
真っ赤になって立ち去る僕に、母上は大笑いしていた。