グリュンデールー10
そうやって二十分くらいして、なかなか移動しない人たちに対して行動を起こす。まあまだ始まったばっかりだしな。でも二時間しかないんだぞ?
「はーい、皆さん注目。さて、二十分が過ぎました。男性陣の皆さんは、右側のテーブルと左側のテーブルで入れ替わってください。ローゼンシュタインとグリュンデールで交代です。はい、動いてー」
と。強制的に後退させる。「せっかく話していたのにー」なんて声も聞こえるが、気に入った相手なら後で捕まえろ。
入れ替わったところで
「二十分間、同じように会話してくださいね。で、その後は自由行動です」
と言っておく。もう「あーん」がなくてホッとしている面々。本当はしたいんだろうに。
二十分たったのでまた指令を出す。これが最後だ。
「はーい、それでは、黒薔薇の皆さん、中央に出てきてください。いいです? 出てきましたね。それでは騎士団の皆さんは気になる黒薔薇のところへ行って話を。また黒薔薇の皆さんも気になる男性のところへ行って話をしてくださいね。よーい、スタート」
あれ、動きが悪い。本当に恋愛下手なんだな。仕方ない。最後の手段。ちょっと声のトーンを落とす。
「黒薔薇、自分の獲物はどうするんだっけ?」
というと、黒薔薇がこっちに向いてプルプルしている。意外とかわいいところあるな。しかし、さすがに難しいか。しかたない。
「ローゼンシュタインの騎士団長います?」
二人が手を挙げる。
「グリュンデールは?」
やはり二人が手を挙げる。
「はい、騎士団長、手本を。気に入った女性を誘ってください」
騎士団長が真っ赤な顔をしている。しぶしぶなのか、顔を赤くしてうつむき、頭を掻きながら前に出る。女性陣の近くまで歩いたところで、
「ほかの団員、騎士団長が勇気を見せたぞ! 気合を入れろ! 全員! 突撃ーダンスに誘えー」
「「「うぉー」」」
と男性陣が積極的に出た。よかったよかった。再びテーブルに戻ると、
「グレイス君、悪い顔していたよ」
と京子ちゃん。
「でも、見てよ、カップルもできているし、あっちなんて、騎士団長を黒薔薇が囲っているよ?」
「所々で殺気を感じます」
と、かなでが心配そうな顔をする。
「いやー、青春だねー」
「十人と結婚したとはいえ、ちょっとおじさん臭いです」
と、ライラが突っ込んでくる。ごめん、おっさん、いや、じいさんなんだわ。
「ほらほらみてよ、ベティまでカップルになっているじゃん」
「までって失礼じゃない?」
は、リリィ。
「そうだけど、一番小さかったから、心配だったんだよね」
「あれ、ジェシカとビビアンは?」
「あそこで飲んだくれているわ」
と京子ちゃんが心配そうに見ている。
「ちょっと連れてくる」
と言って、ジェシカとビビアンを連れてくる。
「ジェシカ、気になる人はいないの?」
と聞くと、真っ赤な顔をして、
「グリュンデールの騎士団長様が……」
それを聞いたビビアンが驚いている。
「まさか、ビビアンも?」
と聞くと、
「うん」
と。あ、二人いるな。
「どっち?せーので」
とすると、なんと、別々の騎士団長を指さした。よかった。
「ソフィ、ビビアンを連れてってくれる?」
というと、目を見開くビビアンとジュースを吹き出しそうになる京子ちゃん。
「な、なんで?」
とビビアン。
「いや、だって気になるんでしょ?」
「そうだけどさー」
ともじもじする。いや、ビビアンたちから言い出したことでしょうに。
「ソフィ、よろしく。ジェシカも行くよ」
と言ってジェシカを連れ出す。ジェシカは借りてきた猫のようにしている。顔を赤くして。
ジェシカを連れて気になっている騎士団長のもとへ連れていく。
「すみません、騎士団長」
と周りの黒薔薇を押しのける。あ、これ、あとで先輩方に怒られるやつだったりして。まあいいか。
「この子、ジェシカっていいます。騎士団長とお話ししたいって」
といって、騎士団長の横に立たせる。あ、殺気。
「はい、自己紹介して」
ってつつく。
「ジェシカと言います。得意なことはマリンバです」
と。はい、よくできました。
「え? あのステージの上の楽器だよね。あれをたたけるんだ?」
と騎士団長。お、慣れてきたな。
「はい、学生のころ、仲間と一緒にバンドをやっていまして……」
と、話が進んできた。僕はそっとフェードアウトする。が、殺気が僕を追っかけてくる。ごめんね。
テーブルには京子ちゃんも戻ってきていて、
「どんな感じ?」
って聞いてきたので、
「マリンバの話で盛り上がりそう。そっちは?」
と聞くと、
「同じく、マリンバの音が好きだって。でも、連れて行ったら、周りから殺気をもらったわ」
「僕もだよ」
とやれやれって首をふる。
もう、手助けはいらないかな。中にはダンスを楽しむカップルもいるし。なかなか上出来ではないだろうか。
「これは、次回もあるかな。その時には、今回参加できなかった黒薔薇にもチャンスがあるかな」
「そうだね。だといいね」
と、京子ちゃんと一緒に孫でも見るように見守ることにする。
さて、残り十五分。ラストスパートをかけさせるかな。と、ステージに向かおうと立ち上がる。
しかし、異変に気付く。音楽の曲調が変わった。
アップテンポで明るい曲調になる。この曲は、聞き覚えがある。あるも何も。
慌てて京子ちゃんを見る。京子ちゃんも驚いた顔で顔をフリフリするだけ。しまった。やられたかも。と思ってステージを見ると、案の定出てきたよ。
「みんなー、楽しんでる?」
「「ロッテロッテでーす」」
「今日はみんなのことを応援しに来たぞ」
おい、シャルロッテ様。またキャラ変えたか?
「でも、ほかの女の子のこと見ているなんてちょっと寂しいな」
おい。母上、やめろ。
「私もやきもち妬いちゃうぞ」
シャルロッテ様ぁ。
「「私たちのこともみてね」」
って、ちがう!
ほら、男性陣が全員ロッテロッテにくぎ付けになった。
「「「リゼ様ー」」」
「「「シャルル様―」」」
「「「ロッテロッテ様―」」」
全男性陣がステージに向かい、ロッテロッテに声援を送り始めた。相変わらず、ハートマークを振りまくロッテロッテの素晴らしいステージだが、ここではダメだろう。目的が目的だ。
全男性陣がステージに集まり、ロッテロッテのとりこになってこぶしを振り上げている。ロッテロッテは老若男女すべての人に愛されるアイドルであり、人によっては神格化されてはいる。しかしながら、今日は敵を作ったぞ。
黒薔薇はみな、茫然自失な感じでたたずむ。
給仕をしていたメイドたちは、黙って撤収の準備を始めている。
ほら、黒薔薇の一人が手を投げやりに振り、「撤収」と言ったよ。
それを合図に、すっかり熱の冷めた黒薔薇は全員体育館から出て行った。男性陣に全く気付かれずに。
そりゃまあ、超絶美少女アイドルのロッテロッテが目の前にサプライズ的に現れたら、誰でも興奮するわ。観客はたったの四十人。こんなに間近でロッテロッテを見られる機会なんてそうそうないだろう。
ほら、中には拝んでいる人もいるじゃん。
なんで「ふぅふぅ!」とか、完璧に入れられるんだよ。騎士団、どっちもどうなっているんだ?
曲が終わり、
「みんなー、今日はありがとう。楽しんでくれたかな?」
ちがーう。
「おー!」
ってちがうから。
「黒薔薇のみんなー……あれ?」
ようやく事態に気が付いたか。男性陣もきょろきょろと見回す。そこには黒薔薇だけでなく、食事もテーブルもすっかりなくなった空間が広がっている。
ロッテロッテの二人が冷や汗をかいているのがここからでもわかる。なんていいわけするかな、と思っていたら、二人で、指を唇の端に置き、
「「てへっ」」
って。やめて、二人にそれをやられると、男性陣はとくに魂を抜かれるから。ほら、全員、意識を飛ばしたように二人を見つめているじゃん。次の瞬間には、「「「おー」」」だよ。また黒薔薇の事忘れたよ。
「それじゃあみんな、また、応援「よろしく」」
って、ニッコリ笑顔で言ったよ。そそくさとステージから出て行ったよ。応援しに来たんじゃなかったのかよ。
ほら、男性陣、「すげーかわいかったよ」「リゼ様かっこいいわー」「シャルル様かわいすぎる」とか、そんな話ばっかりになっちゃったじゃん。
ひくわー。僕も一瞬魂を抜かれかけたけど、それくらい確かにかわいかったけど、でも、ひくわ。
この体育館作るの、大変だったのに。
こうして、黒薔薇と両騎士団とのお見合いパーティは失敗に終わった。
翌日、通常業務に戻った黒薔薇はなんとなくどんよりしているように見える。まあ、自分の上司がやったことだし、文句も言えないんだろうな。同じくどんよりしてメイド業務をしていた三人を見つけたので、声をかける。
「次はね……」というと、重ねるように
「もういいよ」
「疲れたよ」
「男なんてさ」
「ご、ごめん」
「「「あやまんないで」」」
と、泣きそうになりながら業務へ戻っていった。
この一件以来、黒薔薇の鍛錬は、自主的に、厳しくなっていった。
また、お見合いパーティの話は全くなくなった。