グリュンデールー2
研究室に行っても、ラナもルナもいない。今は子育てに集中してもらう。
僕の今の開発目標は電気と空を飛ぶことだった。電気のことは置いておいて、空を飛ぶことがだったと過去形なのは、煮詰まっているからだ。ドライアの空中機動を見て以来、あれをやりたくて仕方がない。だけど、これについては、早々に壁にぶつかってしまった。
前世で好きだった小説の多くでは、風の魔法で空を飛べた。だから、風魔法の魔法陣を組んで空を飛ぼうとした。要は、風を起こし、その反動を使って空を飛ぶ、というオーソドックスなやり方である。
まずは、それこそ前世で見たタイムスリップ映画の主人公が乗っていたようなスケートボード型を考えた。あれは、空を飛ぶというより、少し浮き上がって移動に使うものだったけど。
風を生む魔法陣はまあ、簡単に描けた。魔法陣が見えるっていうのは本当にチートだ。で、これを板の裏に貼ったわけだが。僕はすっかり忘れていた。この世界の魔法に反動はない。アイスランスを撃とうが、ロックバレットを撃とうが、その反動が術者に帰ってくることはない。つまり、風魔法を前に撃って後ろに移動するなんてことできなかった。
板の裏につけた魔法陣で風を起こした場合、その風の行き場がなくなることで板は浮いた。だけど、たかだか十センチくらいだった。ホバークラフト状態だ。それ以上には高く上がらなかった。
魔法陣を大きくしても、横に逃げる風が大きくなるだけで、下手に使ったら、街行く女性のスカートめくり魔法具になりかねなかった。
それに、浮いている間、ずっと魔力を流しっぱなし、というのも魔力の費用対効果が悪い。電池を使うにしても、板をただ浮かせるだけのためにねぇ。
じゃあ、逆に自分に向けて風魔法を撃って体を浮かせたら? と思ったけれど、風魔法で攻撃されるのはそれなりにつらかった。それこそ、スカートをはいた女性ではこの魔法は使えない。
次に重力魔法を検討した。が、重力って、加速がついて初めて速く落ちる。逆に言うと、重力魔法を発動した瞬間はゆっくり落ちる。よって、瞬間的に動くなんてことはできない、と想像段階であきらめた。そもそも重力魔法とは何ぞや。
最終的には、短距離転移魔法か。と思ったけれど、これも難しそう。よって、魔法を使って空を飛ぶことに関してはちょっとペンディングとしてしまった。
気を取り直して、電気を生む魔法陣を作った。これも、魔法陣を作るのは簡単だった。電気っていうものは電子が流れるイメージ、雷のイメージ、そんな感じで発動することができた。
でも、やっぱり、一方通行なのが気になる。電気を放出するのみである。よって、電撃を撃ちだすのであればまだいいのだが、撃ちだすことなく電気を生むと自分が帯電し、髪の毛が逆立った。
気を取り直して、ガラス玉を作り、中にタングステンのコイルを入れた電球を作った。中の空気を除去魔法陣で取り除き、アルゴンと窒素を魔法陣で充填した。
子供のころ、金属を生み出す魔法陣を作ってから、こういった分子を生み出すのは何でもありだ。
さて、結局の問題だった、電球を通った後の電気のやり場だが、あきらめてアースとして地面に刺した。放電は危ない。
と、ここまでガラス職人のファレンにも協力してもらったところではあったが、これも実用化は見送った。うーん、放電。正直、火の魔法陣と電池を利用したランタンで明かりが何とかなってしまう時点で、電気を使った明かりの開発はあまり必要がなさそうだったし。
電気を使った技術開発をするためには、モーターを作るのが一番役に立ちそうだけど、やっぱり、電気が一方通行なのがなんとも。しかたない。これも攻撃手段か。電気、というより、電撃魔法の魔法陣を使った魔法銃でも作るか。でも、ファイアバレットに勝るかなぁ。時と場合かなぁ。ということで、それだけは作ってみた。
こんな感じで、何日も技術開発にいそしんだものの、煮詰まってしまった。空中機動も電気製品も難しなぁ。
ちなみに、夜はみんなと一緒にご飯を食べているよ。子供たちの世話もするし。子供たちのお風呂は僕の役割だ。昔を思い出しながら、十人の子供を順番にお風呂に入れた。
基本、黒薔薇メイドがなんでもやってくれるのだが、僕がやることがないっていうのも、父親としてどうかと思って。そういえば、前世の子供中心の生活もこんな感じだったな。
こんな生活がしばらく続くと、さつきさんは体を動かしたくなったのか、僕とこはるをつれて訓練場へ出るようになった。そらとみずきは黒薔薇メイドに預けて。また体を鍛える日々がやってきた。
すると、訓練時のさつきさんとこはるの気配が大きいのか、ドラゴン族がやってくるようになった。これまで、さつきさんもこはるも外に出られないのかと、遠慮をしていたらしい。
次期族長のそらとみずきに会いたいと、貢物をもってやってくる。時には魔獣の肉を。時には金目の物を。ちなみにドラゴン族は金目の物を集める習性があるわけでもなく、たまに人と出会ってしまうと、人が金目の物をすべて置いて逃げるので、それを拾って持っているらしい。返したいのはやまやま、返せないのが実情。つまりそういったものがたまってしまうのだと。で、いらないからと持ってくる。まあ、こっちはお金に換えられるし、助かるけどね。といって受け取っちゃうからまた持ってくるんだよね。
やってくるドラゴン族の面々は、ひとまず、四人の顔を見ると満足して帰っていく。訓練に混ざってくれると、少し楽になるんだけど。
ちなみにさつきさんは、産後で衰えているかというと、そんなことは全くなく、「母は強し」と訳の分からないことを言っていた。
とある日、冒険者ギルドへやってきた。冒険者の登録だけど、一年間依頼を受けないと登録が破棄されてしまう。が、冒険者ギルドも優しいもので、子育て休暇がもらえる。それはパーティメンバーにも。パートナーやほかのメンバーがいない状態で依頼を受けて失敗したら目も当てられないわけで、そんな時はゆっくり子育てに励むようにという配慮らしい。稼ぎはなくなるけど。だけどうちのメンバーは稼ぎを気にする必要はない。ということで、冒険者パーティのらいらい研はしばらくお休みとなった。アンディーにもその旨手紙で知らせた。
冒険者ギルドを出ようとしたところで、受付のお姉さんから待ったがかかる。何か伝え忘れがあるのかな?
「グレイス様、お願いがございます」
ふむふむ。何だろう。と首をかしげる。
「あの、ドラゴン族の方々の件ですが」
「件とは?」
と聞く。身に覚えがない。さつきさんもこはるも子育てに忙しい。
「山脈を超えて、ひっきりなしにこの街に降り立って来ていますよね」
と。うん。まあ。
「ドラゴン族の皆様が山脈を超えるたびに魔獣がパニックを起こすらしく、ふもとの村々が魔獣におびえておりまして」
あー、そうですかー。ごめんなさい。
「ごめんなさい。伝えておきます。ドラゴン族の現族長と次期族長と、それぞれの子供がうちの屋敷にいるので、ひっきりなしに挨拶に来るんですよね。迷惑そうなので、やめてもらいますね」
「え? ドラゴン族の族長と次期族長がですか?」
と、お姉さんは目を丸くする。さつきさんもこはるもその子供達もドラゴン族だということを街で明かしていない。ついでにドライアとディーネも、普通の人として生活している。なので、うちの妻と子供がドラゴン族なんて思いもしないだろう。
「失礼かと思いますが、いつごろまで……」
まあ、正直そう思うよね。
「いや、ずっといると思うよ」
と言うと、お姉さんはげんなりした顔をする。
「でもね、何とか言ってみるよ」
「お願いします。この前なんて、ワイバーンまで百体くらい連れて来ていましたよね? グレイス様のお屋敷の中に降り立たれているから大きな問題は起こっていませんが、街も大騒ぎになるんです」
「わかりました。とりあえず、控えるように言いますから。それか真夜中に来させるか」
「いや、夜中はやめてください。夜中に魔獣がパニックになるともっと厄介ですから」
それもそうか。
「わかりました。何とかしてみます」
と言って屋敷に戻った。