結婚-2
翌日、騒動が起きる。訓練場にドラゴンが三体降り立った。ドラゴンのまま。
三体も飛んできたのだから、街中パニックである。しかも、ローゼンシュタイン邸に降りたのだから、領民はみな、街の外側へ向かって走っていった。衛兵さんたち、ごめんね。頑張って。
「族長。里に戻ってきていただきたい。こはる殿も一緒に」
と、ドラゴンの一頭がいう。
「こはるは戻らんぞ。いや、戻さんぞ。こはるはこのグレイスの妻となった」
いや、まだな。
「だから、こはるが今後、里に遊びに行くことはあっても、里に住むことはない」
「こはる殿は族長の一人娘。里の長になっていただかなければ困る存在です」
「それなら昨晩解決した」
と、さつきさん。クエスチョンマークを頭に浮かべるドラゴンたち。さつきさんがおもむろに腹をなでる。それが何を意味するかを察した三頭。驚愕のあまり固まる。何とか声を出すドラゴン。
「ということは、さつき殿はこはる殿とは異なる、将来の長をみごもられたということか?」
「そうだ。だからな、私ももう帰らん。ドラゴンにも戻れんしな」
再び固まるドラゴンたち。
「そ、それは、その御子を身代わりに?」
「人聞きの悪いことをいうな。そのとおりだが」
とまったく悪びれないさつきさん。
「旦那様、なんとか言ってくれ」
とさつきさん。
「いや、帰れ」
と、さつきさんに言ったら、ふっとばされた。ふっとばされた僕はなんとかこはるにキャッチしてもらった。仕方ないので、ドラゴン三頭に向かって言う。
「ということですので、お引き取りを」
と。ドラゴン三頭と一緒にため息をつく。ドラゴン達と分かり合えそうな気がしてきた。
ドラゴン達は、あきらめたかのように、何とか帰っていった。
「ドラゴン族に婚姻制度はないんじゃなかったの?」
「昨日作った。私が族長だから、一族の掟も私が作る。誰も私にはさからえんしな」
はあ、つかれたよ。「猫たちおいで」といって寄ってきた猫たちをなでて逃避をした。
季節はいつの間にか秋になっていた。今年はばたばたしすぎて時間の感覚がなくなっていたようだ。洞窟に長いこと入っていたのも原因だろう。
「ねえ、グレイス君」
と声をかけてくる京子ちゃん。
「なに? 改まって」
ちなみに、晩御飯をみんなで食べ終わったところ。
「私たち、おなかが出てくる前に、ウエディングドレス着たいなー」
僕は固まってしまったが、冷静に考えるとそうか。結婚式をしていない。というか、まだ結婚もしていない。それは彼女たちに不誠実かもしれないな。
「うん。ごめんね。結婚式をしよう。こんな場で申し訳ないけど、僕と結婚して下さい。そして結婚式を挙げさせてほしい」
と。反応はというと、うれし涙を浮かべていたり、もうちょっとシチュエーションを選んでほしいと言っていたり、全員いないんだが? と、ラナとルナを心配したり、いろいろだった。ごめんよ。空気が読めなくて。京子ちゃんに
「どんまい」
と慰められた。
そうと決まればまずは相談。王都にいる父上と母上に手紙を書く。ついでにアンディにもどうするのか聞くために手紙を書いた。
すると、二週間もしないうちに母上が帰ってきた。
「グレイス」
と僕を呼んで近づいてくると、おでこにチョップをしてきた。
「痛いです母上。なにがあったのですか?」
と聞くと、
「順番が違う」
と、しかられた。自覚はしていたのだが、結婚をいつするかについては考えていなかった、というか、もう結婚していたのと同じような生活をしていた。
「まず、十二月二十四日に大聖堂を抑えた」
「えっと、ありがとうございます? なんでそんな大きなところ?」
と聞くと、
「お前の婚約者何人だっけ?」
と、答えの分かっている確認をしてくる。
「すみません」
と僕は謝る。
「それからな、合同結婚式にした」
えっと、誰とのですか?
「アンドリュー王子と、ミハエルだ」
ミカエルが目を見開いて驚き、固まっている。なんで? って顔で。
「ミハエル、おまえ、リライアというエルフの支店長とお付き合いしているのだろう?」
なんだと? そんな予感はしていたが、いつの間に。
「キザクラ商会に出入りしていれば、それくらいのうわさくらい聞こえてくる。ミハエル、お前はキザクラ商会の副会長なのだろう? リライアは玉の輿に乗ったことをさんざんからかわれているらしいぞ」
そうでしたか。知らなかった。いつの間に。と、思っていたら、
「年に何回かこの本部で支店長会議を行っているんですよ。その時に」
ラナがこそっと教えてくれた。ミカエルが赤くなっているなんて珍しい。
「よかったね、ミハエル」
と言うと、
「ソフィリア様が、人として人生を楽しむのもいいよ、と後押しをしてくださいました」
なんか、ぎりっぎりの発言だな。まあ、よかった。
「というわけで、グレイス。お前は、それぞれの親御さんに手紙を書け。もう、許可はもらっているんだから気は楽だろう。それと招待状も書けよ」
楽しいことなのに、なんかちょっと疲れてきちゃったな。
「グリュンデール、カルバリー、それと、リチャード皇帝陛下? カイル団長と。ドラゴン族は長老宛でいい?」
と、こはるとさつきさんに聞く。あれ? さつきさんもかな?
「いいが、まさかと思うけど、王都の大聖堂にドラゴンを集めるつもりか? パニックになるぞ? それも面白いかもだがな」
そう言ってさつきさんは笑っている。この発言にさすがの母上も引きつった笑みを浮かべる。が、母上にもどうにもなるまい。
「ドライアとディーネは?」
「私たちは身寄りがあるわけでもない。適当に友人を集めておくよ」
これを聞いても母上は引きつった笑みを浮かべたままだ。そりゃね、まさかと思うけど、サラマンダーとか来ないよね!?
「ラナとルナは?」
と聞くと。
「私たちにも特に身寄りはありませんので、キザクラ商会の社員のエルフたちを呼んでくださればそれでうれしいです」
と。ミカエルのお相手のこともあるし、キザクラ商会の面々は呼ばないとな。
「そういえば、父上は?」
と母上に聞くと。
「誰のせいで王都中を走り回っていると? 今日も宰相と打合せでもしているだろうよ」
ごめんね父上。
「それじゃ、王都に行く準備をしておけ。明日には出るぞ。時間もないし」
と母上。
「母上、ケルベロス馬車でもいいですか? こはるとさつきさんがケルベロスでないと移動できませんので」
「いいぞ。ちゃんとローゼンシュタインと王家の旗を立てておけよ」
翌日、朝から出発する。とはいえ、全員妊婦である。ゆっくり進んでいく。
途中、グリュンデールによって、公爵とシャルロッテ様も合流する。急いでいないので、普通の馬の馬車と同じスピードで進む。
おおよそ二週間かけて王都入りを果たした。
王都にあるローゼンシュタイン邸に入り、しばらくはのんびりすることにする。式まであとひと月もある。しかし、遠方のアリシアの皇帝は多忙なのだろうし間に合うのか? 娘が二人同時に結婚するのだからきっと来るだろうけど。それに、この二つの結婚のおかげで、マイリスブルグとアリシアは友好国になっている。はず。
家でのんびりした翌日、キザクラ商会へ行く。そこにはアンディと三人の婚約者もいた。衣装、ウエディングドレスを作るためだ。もちろん僕とアンディ、ミカエルの服も作るのだが、それは一瞬で終わった。
あとは、うちの十人の妻とアンディの妻の三人、それとリライアのドレスだ。サイズは計り終えたらしいが、十四人も集まればものすごい盛り上がりだ。
特に、リライアは支店長であることもあり、従業員も話しかけやすいらしく、従業員からもみくちゃにされて尋問されている。ミカエルは知らん顔だ。リライアもまんざらでもない様子だし。
そんなわけで、終わりもみえず、時間が過ぎ去っていく。僕たち男性陣三人はテーブルでお茶を飲んでいる。
「グレイス、ちょっと聞いていいか? いくつかあるが」
僕は「いやだ」という雰囲気を全力で出すが、アンディは気にしない。昔からそうだったよ。
「ソフィ、フラン、リリィにライラは人だよね。で、あのラナとルナはエルフ。そこまではまあいいよ。あの、ドラゴン族二人と高位精霊二人ってなぜに?」
「うーん。そこだよね。数じゃなくてそこだよね」
「いや、数も気になるけどさ。モテモテじゃん」
「みんな納得済みらしいからいいんだけどね。で、なんだっけ、ドラゴン族と高位精霊? 好きになった人がたまたまドラゴン族だったり高位精霊だっただけだよ」
とあきらめたように言う。
「しかも、全員妊娠していると?」
「……」
僕は何も言えない。アンディが顔を近づけて小声で聞いてくる。
「ライラはまだ未成年だよね?」
だから、ぼくは何も言えない、答えられない。
「えっとね、僕より年上が六人、しかもかなりね。で、同級生が三人。年下一人。だからさ、平均したら僕よりかなり上なんだよ。あんまり気にするところじゃないんじゃない? そこ」
とごまかしておく。
「苦労しているんだな」
とアンディ。実際には苦労はしていない。幸せいっぱいだ。そこの誤解は解いておく。
「ミハエルは、リライアをこっちに呼ぶのか?」
とアンディ。ミカエルも同級生なので、気にせず話す。
「そのつもり。グリュンデールの支店で働かせてくれるそう」
「ということは、ミハエルもグリュンデールに住むのか?」
「私はあくまでもソフィリア様の騎士であるからな」
と。なんかかっこいいな。
「いや、リライアの騎士でいろよ」
とアンディ。うまいこと言ったと思っているのかな? とはいえ、ミカエルも赤くなっている。
「とかいいながらさ、二人の出会いの時って、ミハエルがリライアを守ったんだよ」
と暴露をする。ミカエルは顔をさらに赤くしながら、僕の口を押さえようとしてくる。はははって、この仲間で楽しく過ごすのも久しぶりだった。
「そういえば、ボールズはどうしているんだ?」
「真面目に城で騎士として働いているよ、まだ見習いだけどな。春は、まだっぽいけど」
といって、また笑う。
「全然終わる気配がないねー」
ウエディングドレス選びはエンドレスに入っている。
「お前がおなかを大きくさせちゃったからじゃないのか?」
「えー」
「まあ、楽しそうでいいよな」
「うん」
結婚式当日は大騒ぎになった。なにせ、大聖堂には国王と皇帝が顔を並べ、貴族達、キザクラ商会の従業員達が大勢集まった。
それと、光り輝く精霊たち。大聖堂中に精霊たちが舞うことで神秘的な光景になった。
さらには、ドラゴンが隊列を組んで上空を飛び回った。しかも、大陸中。おかげで各国がパニックになった。後日、王国と帝国が合同で、「あのドラゴンたちはうちの身内だからな、すまんな、おどろかせて」的な手紙を各国に送り、ある意味、脅しをかけた。
それから、注目を集めたのは、真っ赤なドレスを着たロッテロッテ。なぜここに? というか、なぜ目立つ赤のドレスを? と話題になった。単に負けず嫌いなだけだろう。
だが、うちの妻たちのドレス姿を見よ。絶対にロッテロッテに負けていない。というか、世界で一番かわいいし美しい。そう思う。式で僕は一人一人にキスをした。そして、お互い愛を誓った。僕は、グレイス・ローゼンシュタイン・グリュンデールになった。そして、居をグリュンデール公爵領の公爵邸に移した。