桃源郷-2
僕達は四人で進むことになった。僕は背にこはるを背負っている。身体強化が必須だった。
こはるに出会った頃は、ミカエルと二人で何とか、って感じだったけど、今は一人でも背負うことができる。というか、できないなんて言えない。
食料は、ディーネが背負ってくれている。ドライアはその横をぽよぽよと歩いてついてくる。
洞窟は少しずつ下りになっている。相変わらず湿っぽく、足元も滑りやすいが、気を付けて歩く。こはるを背負っているのだ。転ぶわけにはいかない。
こはるの容体は悪化してはいない。というか、最悪の状態で症状が止まっているように見える。食事もパンをお湯で湿らせ、ふやかしたものをすするだけだ。
こうして一週間もたったころ、といっても、太陽が見えないので何日たったのか体感だが、少し開けた空間に出た。直径三十メートルくらいの円形の空間。しかしながら、その真ん中には直径二十メートルくらいの垂直の穴が開いている。それ以外に進む道はなさそう。竪穴の中をのぞいても下は真っ暗で何も見えない。
「ドライア、ごめん、悪いんだけど、下を見てこられる?」
と、お願いすると、ドライアは、
「ちょっと行ってくる」
と言って光の球体になり、穴を降りていく。
しばらく待っていると、そのドライアが戻ってくる。
「おおよそ百メートルくらいの深さ。一番下には横につながっている洞窟がある」
と、報告をくれる。
横穴か。まだ先がありそうだ。
「よし。こはる、ちょっと大変だけど、これを降りるからね。ちゃんと捕まっていてね」
と言うと、こはるは首をわずかに動かした。僕はこはるを背負ったまま、ひもでしばりつけ、崖になんとかへばりついて降りていく。身体強化をしていなかったら、瞬間的に指がはがれて落ちそうだ。
ほんのわずかずつ、足場、手をかける場所を探して、ゆっくり降りていく。ドライアとディーネは光の玉になって、僕の手足付近を自らの光で照らしてくれる。指をかけた岩が崩れること何度も、足を置いた岩が崩れることも何度も。それでも、ゆっくりゆっくりと降りていく。もうすでに上は何も見えない。
「あとちょっとだよ、十メートルくらい」
と、ドライアが教えてくれる。その時、僕の気が緩んでしまったのか、両足ともかけていた岩が崩れた。指で踏ん張るにもそれもできず、こはるを背負ったまま落ちた。
僕はこはるを下にして落ちるわけにはいかない。何とか、僕が下になるよう、猫のように体制を変え、地面に両足から落ちる。当然、こはるを背負ってだ。
女の子の体重のことを言ってはいけないが、ドラゴンの体重がそのまま足にかかる。当然のように、骨が砕けた。膝から骨が覗く。そのまま、僕は前に倒れこんだ。そして、「メガヒール」と自分に回復魔法をかけ、何とか砕けた足を治した。
だが、その衝撃で僕は動けなくなった。
「少し休みましょう」
というのはディーネ。僕は、こはるを縛っていたひもをほどき、そこに寝かせる。リュックを枕にして。
そのリュックはもう、中身がないため、ペラペラだ。
僕もこはるの横で横になる。僕は体をこはるの方に向け、髪をなでる。そしてこはるに言う。
「きっと、もう少しだからね。頑張ってね」
と。すると、こはるが最後の力を振り絞ってなのか、口を開いた。目は閉じたままだ。
「私はもう死ぬのかもしれないな」
と。その言葉はこはるとは思えないほど弱々しい。
「何言っているんだ。もうちょっとで泉につくよ。それに、長寿で最強のドラゴンが何を言っているの?」
と言いかえす。
「いいのだ。最後にこれだけグレイスに密着することができた。精霊はいるが、グレイスを独り占めだ。こうして髪をなでてもらっても、誰にも気兼ねすることもない。こんなにうれしいことはない」
「だから、何を言っているんだ? ドラゴンだろう? 最強だろう? 長寿だろう? 僕なんかよりよっぽどか年上なんだろ? 死ぬわけがないじゃないか!」
と強めにこはるに言い聞かせる。こはるは、ふっと笑ったような感じで、
「ドラゴンが死ぬときってどんなときか知っているか?」
と聞いてきた。
「いや、寿命じゃないのか? さつきさんだって、かなり長いこと生きているんだろう?」
「わからないのだ。寿命かもしれん。確かに生が長いのだが、その一方で長く生きないものもいる。それは、自分の使命を全うした者だといわれている」
「使命?」
「そうだ。我々ドラゴンは使命をもって生まれると言われている。ま、確かめようもないがな。だが、何かを成し遂げたかのように、生に満足したかのように早々と死んでしまうものがいる。ケガでも病気でもなくだ。だから、使命を果たしたら死んでしまう、という噂がある。噂でなく本当かもな」
と、こはるは続ける。
「わらわの使命が、グレイス、お前をみとること、だったらよかったのだがな」
僕は、はっとする。
「何を言っているんだ。それは僕が死んだら君も死んでしまうっていうことだろう。そんなことを僕が喜ぶと思うのか?」
「お前がうれしいか悲しいかなんてどうでもいい。わらわがそうしたかったのだ。わらわはお前に置いて行かれたくない。残されたくない。捨てられたくもない。わらわはただ、生きているときも死んだあともお前と一緒にいたいだけだ。ただな。それがかなわなくてもな、こうやって、髪をなでてもらいながら逝くのもわらわは幸せだと思う。グレイス。お前に会えてよかった。あの洞窟に来てくれてありがとう」
そう言って、こはるは体力が尽きたかのように眠ってしまった。
僕は立ち上がり、こはるを背負う。こんなところで休んでいてはいけない。身体強化をして、一歩一歩歩いていく。
食事をまともに取れなくなってから、魔力の回復も遅くなってきた。
二人の高位精霊は、自らを光として道を照らしてくれている。ランタンはどこかへいった。
こはるは、それ以来眠り続けている。僕は逆に、止まることなく歩き続ける。洞窟はどこまでも下っていく。
何日たったかわからなくなったころ、僕は道を照らす光が弱くなっていることに気づいた。
「ドライア?」
「どうしたのです?」
と、ドライア。
「ずいぶんと光が弱くなっているように見えるけど」
「さすがにこれだけ洞窟に潜っていると、日の光が恋しいだけです。わかっていますよね。私達は精霊です。そんなものは本来必要ありません」
と強がる。
「そうか。ありがとう」
そうドライアにお礼を言って、少しずつ足を進める。ドライアのためにも、早くたどり着かなければ。
歩幅が狭くなり、足があまり上がらなくなってきているのが自分でもわかる。言葉を発することもできない。ただ、歯を食いしばるだけ。魔力も身体強化に使うだけしか回復しなくなってきた。
しかし、ついにその時がやってくる。ふいに魔力が尽きた。その瞬間、身体強化が解け、僕は崩れ落ちる。こはるを投げ出すようになってしまった。
「こはる、こはる、大丈夫かい?」
と聞くものの、返事はない。僕は何とかはいつくばって、こはるを抱きしめ、けががないか調べる。耳を澄ませても、ただただこはるの弱々しい呼吸が聞こえるだけ。ただ、その音が僕を安心させる。僕は気が抜けたのか、そのまま意識を失ってしまった。
しばらく寝てしまったようだ。目を覚まして、こはるを背負おうとする。が、光がない。ディーネもドライアもいないのだ。
「ドライア、ディーネ」
と、二人を呼んでも返事はない。
だが、二人がいなくても僕がやることは一つ。こはるを手探りで抱きしめ。体を起こし。何とか背負う。紐もない。おんぶする。
そんなに長い時間寝ていたわけではなさそうだ。あまり魔力が回復していない。だが、身体強化できるうちは進む。
二人がいないため、真っ暗の中を進む。時々肩を壁にぶつけてしまう。しかし、それで方向がわかる。明かりのために、火魔法で魔力も酸素も消費するわけにはいかなかった。
僕は、遅々として進まない自分の足にイラつく余裕すらもうない。ただ、一歩一歩歩いていく。
もう、前は見ていない。足元だけを見ている。光もないので、何も見えないけど。それでも前に進む。
やはりあまり魔力が回復していなかったようで。体感時間で一時間ほどで倒れこんでしまった。
こはるを横に寝かせ、左腕を枕にする。右手でこはるの髪を撫でてやる。呼吸はあるもののそれ以外の反応はない。
「ごめん、こはる。少し休むよ」
と言って、僕は目を閉じた。