ローゼンシュタインー8
翌日、皆で朝食を食べる。ついでに、今日の弁当も作る。この辺りは京子ちゃん中心に行う。まあ、弁当は、パンを買ってきたので、焼いた肉をはさんだ簡単なものだ。今日中にここまで戻ってくるので、問題なし。
「馬車はここに置いていくのか?」
という心配をされるので、
「ケルベロスに守っておいて、っていえば、近づく人はいないと思うけど?」
と答えておく。
出発して、さすがに十六人パーティに対して好き好んで攻撃してくる魔獣もなく、時々見かけるホーンラビットやホーンウルフをアンディたちが狩っていく。
そういうわけで、進み方は遅い。目的の開けたところまで出るのに三時間もかかった。森だから仕方ないのだが。
とはいえ、昼前なので、
「アンディ、昼ご飯の用意はこっちでやるから、近く回ってきてもいいぞ」
「ありがとう。ちょっと探索してくるよ」
そう言ってアンディ達八人はさらに北へ向かっていった。
「一時間くらいでもどってくるんだぞ」
と声をかけておいた。
ちょうど一時間くらいでアンディたちが戻ってくる。
「昼にしようか」
と温めたスープを配って、それぞれ、地面に座ってサンドイッチとスープを食べ始める。が、突然
「グレイス! 上!」
と、こはるが叫ぶ。しまった。探査魔法を水平にしか飛ばしていない。上を見ると三十近い飛行体が近づいてくる。
「森に隠れろ」
と言うアンディの指示に従ってアンディ隊八名が広場の北の木の陰に隠れる。僕らは逆に南側だ。
残念なことに、その飛行隊は南から近づいてきて、こちらの広場の方へやってきた。
低空飛行で広場に近づいたと思ったら、先頭を飛ぶ二十体から射出されてアンディ隊のもとへ行くもの。猿だ。しかも見たことがある、人ほどの大きさの猿人族。手にはクローが付いている。降下してきた二十の猿人族に森へ押し込まれるアンディ隊。
まずい。猿人族は森の中では立体機動により圧倒する。残りの十の猿人族も地上に降りてこちらを牽制する。
が、さらに、猿人族を運んできたと思われるやたら足の大きい鷲三十体もこちらの牽制に加わる。
やばい、完全に分断された。僕らは、森に入って、猿人族を誘導し、鷲と分断しようとしたけれど猿人族が誘いに乗ってこない。完全に分断が目的のようだ。
となると、二十の猿人族により森へ追い込まれた八人のアンディ隊が完全にやばい。これは緊急事態。
「アンディたちが危ない。飛び出すぞ! 飛び出した瞬間にドライアは鷲を牽制。僕とかなでで猿人族を可能な限り倒して突破。こはるとミハエルとリリィでソフィとライラを囲んで守って。ソフィとライラは魔法かなぎなたで迎撃。とにかく、こはるとドライア、お願い!」
そう言って、僕とかなでが飛び出した。
ドライアは鷲とほぼ同数の精霊を使ってウィンドブレードを撃ちこむ。しかしながら、鷲も同じくウィンドブレードの魔法を撃ってきて相殺する。それを繰り返す。それでも、鷲の足止めになっており、ありがたい。
ミカエルたちを囲む猿人族も無理には攻め込んでこない。なにせ、間合いを間違えると、こはるの一撃が待っている。なので、どちらもヒットアンドアウェイを繰り返すのみ。こはるも出すぎると前衛が足りなくなることがわかっている。まあ、こはるにはブレスがあるので、最悪それだが、まだそこまで危険だとは思っていない様子。こっちは危ないんだから、早めにお願い。
僕らは、アンディたちを追い込んでいる猿人族二十体の背後から迫る。僕らの接近を猿人族たちに気づかれるものの、この一か月、さつきさんに鍛えられた接近戦能力をなめてもらっては困る。数体を倒した段階で、こちらに猿人族が気を向けた。僕とかなではツーマンセルの体制をとり、僕が前衛、かなでが後衛。こうなると、向こう側のアンディ隊と挟撃の形にはなる。数は猿人族の方がまだ多いけど。
「おまえら、何が目的だ!」
と猿人族に伝わるかわからないけど言ってみる。言ってみるものだった。
「前にお前らに同胞を殺されたことの報復だ。お前らが強いことはわかっている。だから、仲間をもらう」
と答えてきた。ランドルフ辺境伯領の獣人の大陸に近づいた時のことか。しかし、あの時は、襲ってきたのは猿人族たちの方からだ。
現状、僕らを牽制する猿人族の向こうの状況、アンディ達の置かれた状況がわからない。猿人族はアンディ達を傷つける気だ。
「かなで、なるべく早く突破するよ!」
と、声をかけると迷いなく僕についてくるかなでの安心感。かなで、信頼してるよ。
僕は瞬間的に一体の猿人族に詰めて、左のナイフでクローをはじいた後に右のナイフを突き刺す。
そのまま、体当たりをしてその後ろの猿人族に迫る。迫ったところで、後ろから回り込む鎌。二体目も行動不能になる。それを二回繰り返して六体。
「アンディ、無事か?」
と叫ぶと、
「何とか、だけど危ない。立体的に動くから魔法も撃てない」
と返事が帰ってくる。
「よし、じゃあ、前に突っ込んで猿人族の包囲網を突破! 三、二、一、ゴー」
と掛け声をかけ、僕とかなでが突っ込む。逆にアンディ隊がこっちに向かって突っ込んでくる。
猿人族はアンディたちを包囲しているような形になっていたので、僕らに一点突破されたかのようになる。が、一点突破と言っても、アンディ達が出たのと同時に僕とかなでが逆に中にはいってしまう。
「アンディ、そのまま開けたところまで進んで、ソフィリアたちと合流。魔法で空の鳥を何とかして!」
と叫んでおいた。
「さてと、残り十数体ね。かなで、やれる?」
「陵様。二人の共同作業ですね」
と、かなでは笑っている。
「よーし、とりあえず、広場側をやったら、そっちを背にして殲滅しようか」
「はい」
と、僕らは広場側の猿人族に接近、というより、飛びかかる。クローを突き刺してくるが、かいくぐってナイフを一突きにする。
「ほら。もうこっち側は抑えたよ」
と猿人族に言う。さて、あと十体程度か。
「さて、ぼくらの連携をなめるなよ!」
襲いかかってくる猿人族の一撃を僕が止めた瞬間にほほを染めたかなでが後ろから鎌を差し込む。
複数体が同時攻撃を仕掛けてくるので、
「仕方ない、解禁で」
見えていないだろうと、そうというと、かなでは鎌をしまって右にナイフ、左に魔法銃を構える。
僕も同じだ。後は、ナイフでかわしては撃つ。の繰り返し。だが、立体機動は厄介だった。かなでと背を合わせて対処する。
「かなで、最後の一体は生かして確保」
と言うと、器用にも魔法銃の方でクローをよけて、ナイフの柄を猿人族の腹に叩き込んだ。
アンディが開けた場所に出ると、立体機動の使えない猿人族はなんとでもなった。そうなると、空の鷲は牽制する必要もなく撤退を試み、しかし、ドライアがトルネードを起こして鷲を集め、そこへこはるがドーンとやって終わった。
さてと。最後の猿人族の一体だけど、何とか縛り上げて広場に運ぶ。
水魔法を使って、猿人族の目を覚まさせる。
「なんでこんなことしたかなー」
「さっき同胞が言ったろ? お前らに対する復讐だ」
「なんでこんなところまで」
「犬に対してはもう終わるからな。次はお前らに決まっているだろう!」
「どういうことだ?」
ココとルルたちがどうなったか、という話か?
「自分の目で見てみればいいじゃないか。見ることができたらな。ばーか」
と言い、口のなかでガリっと音がしたと思ったら、猿人族が死んだ。
とりあえず、
「けがをしている人は?」
と聞くと、黒薔薇が少しだけ、それとアンディとボールズも。
五人にヒールをかける。
「おまえ、回復魔法もかけられるんだな」
とアンディ。
「後衛隊は?」
と聞くと、大丈夫と返事が返ってきた。じゃあ、こっちは?
「こっちの被害は?」
と聞くと。
「全然大丈夫だよー」
と京子ちゃん。
「ねえこはる? 飛んでいたやつ、何?」
と聞くと、
「しらん。全部消し炭になった」
とあっさりと答える。あの鷹だか鷲だかのような奴らが猿人族を運んできていた。もしかして、鳥王国の鳥人族か?
あの時、猿人族を全滅させたとはいえ、鳥人族に気づかなかったから、覚えられてしまい、今回襲われたのだろうか。
ということが真実なら、鳥人族と猿人族が手を組んでいるということか。
などなど考えるが、今一つ考えがまとまらない。
あの、「犬は終わったから」という一言のせいだ。ココとルル、子供達が心配すぎる。そう悩んでいると、
「いったん帰ろう?」
と京子ちゃんが提案してくれる。
「そうだね。探索はここまでにして、森を出よう。そして、予定通り、一泊して街にもどろうか」
と、行動に移した。
僕達は予定通り森をでて一泊し、領都にもどった。
翌日、アンディたちは王都に戻ることになった。父上や母上、グリュンデール一行もだ。
それに、安全を期すため、ローゼンシュタインの二騎士団と黒薔薇が同行した。それぞれ送った後は帰ってくることになっている。ジェシカたちも同行した。
「グレイス様、お手紙でございます」
と、アンが届けてくれた。ランドルフ辺境伯からだった。中身は、「犬王国対猿王国と鳥王国の連合軍の争いが起きて、犬王国がかなり劣勢。知らんけど」
とのことだった。