ローゼンシュタインー5
翌日、研究室に行くと、なぜか空の樽が四つあった。おかしい。ちなみに魚を焼いたにおいは、空気清浄の魔法陣ですっかりなくなっている。
「さて、冷蔵庫はちょっとおいておいて、オープンさせる焼肉屋の構想について話をしようか」
と言うと、ラナもルナもキッと目を見開いて、
「「おいておけません」」
とはもる。
「肉屋をやる以上、冷蔵庫は必須です」
とのこと。そりゃそうか。
「ですが、冷蔵庫の場合、エール冷却装置のように人が手をかけることができません。基本的にはつけっぱなしになります。しかも、外の気温は季節によって違う。にもかかわらず、中は一定にしないといけない。これは難しいのです」
とルナ。
「保温性の高い箱の中で、エール冷却装置を使うっていうのは同じなんだろうけどね。箱の大きさによって、魔法陣の大きさを変えればいいから、その部分も多分大丈夫。要は、温度を一定に保つための方法か」
「そもそも、一定というのは難しいのではないでしょうか。外気温が一定ではないのですから」
「お店や家庭では寒かったら火を焚いて温めますけど、夏場は窓を開けるくらいですものね。夏場に活躍する冷蔵庫ですか。難しいですね」
「うん。ただ、まあ、冷えすぎたり冷えなさすぎたりしなければいいだけだと考えれば、三段階くらいで冷やせばいいのかもしれないけどね。涼しい日は一つ、暑い日は三つとかさ」
「そうですね、それが簡単かもしれません。ただ、電池がなくなったことに気が付かないと温度が上がってしまい、中身が腐る、ということにもなりかねないので、電池がなくなったことを知らせる機能があるといいのですが」
うーん。やっぱり電気か。電気で電球をっていうのは考えられるんだけど、魔法陣で発生させた電気を電球に通して、そのあと、その電気をどこへ逃がすか。
「あの、風魔法で風車を回すってのはどうでしょうか」
ん? 風魔法か。
「いいかもね。それでちょっと考えるからそっちはしばらく任せて。それで、今日はガンツ来るかな?」
と、言ったと同時に来た。今日は、タンツも連れている。
「ちょうどいいところに来てくれた。お願いしたいことがあったんだよね。この前作ってくれた金属の箱あるでしょ? あれの側面と左右にピッタリはまる薄い水筒みたいのを作ってほしいんだけど。金属で」
と、具体的に頼む。
「中に水でも入れるのかい?」
と聞くのでそうだと答える。
「じゃあ、さびないようにしないといけないな。いいのか? 少し値が張るぞ?」
「まあ、そこはお願いするよ。薄くて、だけど壊れない程度にね。入る水の量はしっかり密閉されれば少しでいいからさ」とお願いする。タンツは「今日は酒はなしなのか」と言って帰っていった。
僕もちょっと今日は出てくるから。と言って研究室を後にする。僕が行くのはガラス工房だ。そこの工房長に会いに行く。名前をファレンと言った。
「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
と、僕。
「ものすごい細い管、作れる? 管じゃなくても細い水の通り道があればいいんだけど。その先に水を少しだけ貯められる隙間があるようなものを作ってほしい」
といって、いわゆるアルコール温度計を図示する。
「この水がたまる部分、こんなに薄くはできないが、すこしガラスを厚めに作ればできると思う」
「折れないようにしてほしいから、それなりに太さは欲しいところだけど」
「その方が楽だな。ガラスに空気を入れて細く細く伸ばして何とか形にすればよさそうだ。やってみるよ」
と言ってくれたので、僕の午前の仕事は終わった。
翌日、ファレンが研究室にやってきた。仕事が早い。前世の鉛筆くらいの太さにしたガラス棒を持ってきた。中を見ると、先端に少し丸い空間があり、そこからまっすぐ細い線が見える。
「すごいね。まさに僕が思っていた通りのものだよ」
と言って僕はお湯を沸かす。その横で、赤く色を付けたアルコール、とはいっても、蒸留して度数を高めた酒だけど、を用意する。その横には、エール冷却装置で作ったキンキンに冷やした水、お湯を出す魔法具で作ったお湯を用意した。
まずガラスを火で温めた。もちろんやけどしないように気を付けて。そして、色のついたアルコールに管の開いた方を下にして突っ込む。ガラスを冷やしてやると、細い管を赤いアルコールが昇っていき、先端の水だまりまで上がっていく。
十分に冷えたところでひっくり返し、もう一度火で温めて、水だまりにたまった空気を抜く。そしてまたアルコールにさかまさに入れる。すると、管の中がすべてアルコールで満たされた。
次に、キンキンに冷やした水にガラス管の水だまりを下にして入れる。すると、アルコールの先端が下がっていく。が、下がりきらないので、ちょっと温めてアルコールを少し捨ててからもう一度キンキンに冷えたところへ入れる。すると、水たまりのちょっと上のところで水面が止まる。そこにしるしをつけて、「ゼロ」と書く。
ここで、ファレンにお願いして、開いていた管を熱で閉じてもらう。これで、中は完全に密閉された。次に魔法具で作り出したお湯に入れる。水面が上がるので落ち着いたところでそこに「四十」と書いた。後は、グラスにいれたお湯を十度ずつ冷やした水にいれて、そのたびにしるしをつける。これで、ガラスにゼロと十と二十と三十、そして四十のしるしが付いた。それぞれうまくできたもので、等間隔にしるしが付いたので、ゼロと十の間に五を入れた。もう一度、違う温度の水に入れていくと同じようにメモリを示したので、安心だ。それで、しばらく、室温に置いておくと、アルコールの先端は二十と二十五の間で止まった。大体予想どおり。僕は
「できた」
というと、ラナ、ルナが「なんですの、それ?」と聞いてきた。
「これは温度によって、この赤い水の先端が上下するものだよ。例えば」
と言って、もう一度魔道具でお湯をグラスに注いでそこへ入れると、その先端が四十で止まる。
「このお湯の温度を四十度とした」
次にこのグラスを冷却装置で十度下げる。しばらく待っていると、先端が三十度をさす。同じように二回繰り返すと、先端は十度まで下がる。
「ね。でね、ラナとルナが好きなエールの温度は、ここ、五度だ」
というと、ラナとルナは顔を見合わせて、
「ちょっとエールを買ってきます」
と言って飛び出した。別にエールで実証する必要ないじゃん。
その間に、僕はファレンとこれの作り方について、話をする。ファレンには、これを何本も作ってもらうことになるからだ。エールの冷却装置についても使い方を教えておく。お湯の魔道具で出る温度を基準に、グラスに注いだお湯を十センチの冷却装置で一回冷やすごとに十度下がることも教える。つまり四回下げるとキンキンに冷えた状態になる。
あと、さっきやって見せた中にアルコールを入れる方法についても説明した。そうこうしていると、ラナとルナが戻ってきた。
ラナとルナはジョッキにエールを注いで、自分で調整するタイプの冷却器で好みの温度まで下げる。一口飲んで自分の好みの温度であることを確認して、そこへさっきの温度計を入れる。すると、
「本当だ。五度のところになるよ。私の好きな温度、五度だよ」
とラナ。そしておなじことをして、
「私もだよ」
はルナ。
僕は、ファレンにジョッキを渡して、同じことをやらせてみる。おいしいと思う温度までエールを下げてもらい、一口飲んでそれを確認してもらう。そこに温度計を入れる。
「五度だ」
と驚く。
「これをさ、冷蔵庫に刺しておけば、冷蔵庫内の温度がわかるし、温度が上がっていたら、電池が切れたこともわかるんじゃない?」
うんうんとラナとルナ。
「ちなみにだけど、僕たちの体温は三十七度くらいだから、計ったらわかるよ。熱があることもわかるから、医療でもこの温度計は役立つと思う。ファレンの方は、これの問題点を抽出して、あったら修正してみて。僕としては、この水たまりに空気が入ることを心配しているけど、乱暴な使い方をしなければ大丈夫だと思う」
と言っておく。
「あと、熱い水に入れたら破裂しちゃうかもしれないから、熱湯とかに入れちゃだめだよ。もっと長くすれば、熱湯でも計れるようになるかもしれないけどね。ファレン、もし、熱湯でも計れるものを作りたかったら、沸騰したお湯を百度にしてね」
「よーし、冷蔵庫を頑張ってつくるぞー、飲んでから」
とラナ、
「私も頑張るぞー、飲んでから」
とルナ。
この子たち、ダメな子になっちゃったかな?
僕はそっと魚を置いておく。
「私も温度計をたくさん作ります。その前に、いろいろエールで検証してから」
と、ファレンも言っていた。
「何本かできたらちょうだいね。兄上にも相談しないといけないし。あ、メモリなんだけど、消えない方法考えてほしい。よろしくね」
と宿題を出して、僕は研究室を後にした。