60. 世界を作った世界
60. 世界を作った世界
子爵は故郷の曲を披露した後、ジュンのカクテルを楽しんでいるカウンターに戻ってきた。
「さすがです、子爵。」
「ここでは、貴族はいない、アーチバルドでいい。
ところで、1つお願いがある。」
ジュンは伯爵のどこか悲しい空虚な表情をしていることに気づき、
「娘様…の事ですね。」
「…。ああ、娘はあの世界にいる、そう考えると、親としていたたまれないのだよ。
あの世界は作り出されたもの、そして私や娘もあの世界で、AIという自我の元、
作り出されていた、悲しい物だな。真実を知ると。」
アーチバルドはより一層悲しい表情をする。
そしてカクテルをあおる。
「この世界も、他の世界が作り出したものかもしれません。」
ジュンはそう言う。
「…私たちがいた世界から見ると、この世界は神様のいる世界で、
話を聞くと、ジュンがプログラムを作り出した、
つまりジュンは私、いや、娘や、リリルにとって君は神ということになる。」
ジュンは神と言われ、どう返答をすればよいのか悩んでいた。
俺は神、そんな存在ではない。
「私の町には、信仰を司る場所がいくつかあり、
そこでは、進行すべき世界の宗教画が掲げられ、
神に対し、日夜、祈りをささげる様、言われていた。
実際を知るということは、時に虚しくなるものだな。
…娘をこの世界に連れてくることはできないか、
最近はそればかりを考えている。」
昔からロボットやアンドロイドという媒体に、AIを活用し、
あたかもこちらに元からぞんざいした人物の様に、ふるまう物を作る、
いや、者を作る歴史は長い。
転送機が確立されてからは、分子などの組み換えによって、
コンピュータープログラム上の存在を、分子組み換え精製された技術が研究されたが、
倫理上行わない、という取り決めになった。
しかし今回事故で、子爵、いやアーチバルドとリリルがこちらの世界にくることになった。
その上でアーチバルドの娘も意図的に呼び出すというのは、
倫理上の取り決めに反することになる。
ジュンはますます考え込む。
何か倫理上の取り決めを回避する良い方法は無いのかと。
アーチバルドにそうした倫理上の取り決めを説明する。
「娘をこちらの世界に呼び出す為には、倫理上の課題がある、ということか。」
「そうです、ここでは問題があるということです。」
「ここでは?
他の場所では問題ないのか?」
「そうですね、連邦上の取り決めで、その取り決めが及ばないところ、
連邦外…」
ジュンは考え込んでしまった。
「連邦?」
ジュンは改めて、アーチバルドにこの世界のことを説明した。
我々は元々地球という母星にいたが、人口が増え、
化学技術の発達により、火星や金星といった地球以外の惑星に住む様になり、
太陽系以外の惑星にも暮らすようになる。
ここはそうした太陽系以外の惑星の1つであること、
新たに発見され、移住した住人は、その惑星で暮らし、他の惑星を探す、
そうした人が住む惑星と恒星系は、連邦と呼ばれるようになったという説明をする。
「つまり、新たに我々が惑星を発見し、そこで暮らし、
他の移住者がやってこない保証がある、
その様な世界では娘をこの世界に連れて来ることができるということだな。」
「技術的なハードルが無ければですが。」
ジュンは再び考え込んでしまった。




