序章その2
現状把握しよう、と花子の警戒心の鐘は頭の中でリンリンゴンゴン、シャンシャンシャンシャンと盛大に鳴り響いていた。危ない、本当に危ない。
頭痛はするし、花子の周りの人間か分からない話す生き物共は何故か大はしゃぎして、どうやら花子のことを凄いだとか、その花子と友達だから自慢できるだとか、街の復興につながる救世主だとか思い思いに豪語している。
なんのことか一向にわからない。勇者?救世主?街の復興?突如として流れてくる膨大な情報に花子はめまいを覚えてきた。というか、もう既に目眩がしている。
自分の姿は鏡を見ないとどうにもならないから仕方ないとして、問題は周りだった。夜だったはずなのにあたりは明るいしなんなら外だし、しかも見慣れない風景だ。よくあるファンタジーの世界に紛れ込んだような、明るいクリーム色の煉瓦調の街並みに、様々な生き物が集う大きな酒場、旅館とは言えない明らかな宿屋、小さい小人のような男といかつい武装をしている男が出入りしている....表記から武器屋だろうか。
もうこの時点で花子はキャパオーバーなのに、更には花子の肩を掴んでいる姉ちゃんの耳は長く尖っていた。そう花子が漫画の中のみで知っているエルフのような___。
いや待て待て、と花子は血相を変えて他を見た。挙動不審に見えるからエルフに違いない女は花子を心配そうに覗き込んでいるがそんな場合ではない。先程の宿屋の扉が空いた時に見えたアレは羽が生えていて小さくて、そして人型。多分、十中八九、妖精である。武器屋のあの小人みたいな男はおそらくドワーフで....、花子の隣にいるのはなんだろうか....シベリアンハスキーが二足歩行で人間の言葉を流暢に話している。よし考えないようにしよう。
「はは、ははは....ははははは」
「どうしたの?大丈夫?貴方。貴方、勇者の仲間に選ばれて気が動転してるの?」
花子が自重気味に笑えば、今度こそ異常を検知したのかエルフのような女、いいやエルフの女は顔色の悪い花子にそう問いかけた。
そりゃあ、もちろん気が動転したに決まっている。色々なことが一気に起こりすぎている。口にしたいことは沢山あったが、まずはこの言葉から始めるべきだ。
「....ちょっと疲れたから、休めるところ知らない?」
__ぷは、と部屋の一室で水を飲み終わった清涼な声が響く。コツンと木製のテーブルに置いた音と共に花子は混乱した心を一旦落ち着かせる。
幸い、エルフの女は花子に好意的で花子が助けを求めるとすぐさま自分の泊まっていた宿屋に連れ込み、花子に一杯の水を与えてくれた。
依然現在の自分の名前、解らずともなんとか現状を飲み込むことができている。とりあえずここは夢か何か、もしくは異世界と言うべきものであると花子は結論づけた。正直、人生どうでもいい花子にとって夢か異世界かなんては些細な問題である。
そしてもう1つ花子には収穫があった。それは自分の姿だ。宿屋の一室、エルフの女の部屋には長鏡があり、椅子に座らせられる前にその前を通ったのだ。
思ったよりも普通だった、というのが花子の感想だった。異世界転生という言葉で花子の頭の中の辞書にあるのは、目立ちまくりな髪型や髪色、自分で容姿を決めたりだとか....だったが、花子の髪色はピンクや派手な青などではなく、この世界では溶け込めそうなプラチナブロンドの髪、エメラルドの瞳、あとはさらに顔が整った吊り目がちの自分の顔が張り付いただけで特に違和感はなかった。
これは良い収穫だと花子は満足げに呼吸をし、助けてくれたエルフの女ににこっと笑いかける。するとエルフの女も花子に花のような笑顔を向け、花子の手を取る。
「改めて、さっきは貴方が勇者に選ばれて興奮してたから挨拶できなかったけど、私、ソフィア。よろしく。聞いてなかったけど、貴方の名前は?」
「私の、名前....は。....私の名前は、エレノア。エレノアって言う」
花子は名を聞かれ、多少どもったが良くファンタジーゲームをする時のユーザー名、好きな名前"エレノア"を名乗ることにした。
花子がそう名前を伝えるとソフィアと名乗ったエルフはより一層笑顔になってまたよろしくと花子、いいやエレノアに言った。