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耳の聞えない侯爵令嬢とマンドラゴラ

耳が聞こえない侯爵令嬢はマンドラゴラを召喚し溺愛される ~朝起きたら全裸の美少年がいましたが、どうやら彼もマンドラゴラらしいです~

作者: 兎束作哉

挿絵(By みてみん)




『キエェェ!キェエエエエエエッ!』

「どーしたの?トーノ、お腹減ったの?」




 腕の中にいた、クリーム色の小さなマンドラゴラのトーノが小さく振動していた。そのためトーノがあの鼓膜を破るような奇怪な悲鳴を上げているのだろう、と私は悟った。

 お腹がすいたのだろうかと、キューブ型の肥料を取りに行こうとくるりと方向転換すると、ふいに後ろから誰かに抱きしめられる。




「何処に行くんだ。ミューズ」

「殿下」




 いつの間にか背後にいたのは、アグラード・メロドラマ皇太子殿下だった。


 彼は、私の首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいるようだった。そしてそのまま、ちゅっと音を立てるように首筋にキスを落とす。 

 その仕草はまるで犬や猫のような感じで、恥ずかしいと言うよりくすぐったかった。




「殿下、くすぐった、いです」

「ああ、すまない。君からいい香りがしてつい」

「……あの、殿下後ろにたたれぇると、口元が見えないので何を言っているのか、わからなくて……」




と私が両手をばたつかせると、アグラード殿下は気づいてくれたのかパッと私から手を離した。


 私は、数年前マンドラゴラを引き抜いたことにより耳が聞えなくなってしまった。

 そして、今目の前にいるアグラードは私が引き抜いたマンドラゴラで、数年前魔法で姿を変えられていたのだという。




『それで、何処に行こうとしていたんだ?』

『この子のご飯を、取りに行こうと、していたのです』




 私達は、手話で会話をしながら、アグラードはそれなら……と、持ってきていたハンカチに包んであったキューブ型肥料を取り出した。




『これで、取りに行かなくてすむだろう』




 そうアグラードは私に微笑みかけた。 

 私は、彼の笑顔を見ると胸の奥がじんわり暖かくなって幸せな気持ちになるのだ。


 彼は、私と数年……彼がまだ魔法が解けていないマンドラゴラの姿だったとき私と一緒に手話を学んでいたため、ある程度は彼も手話で会話できるのだ。


 皇宮に来て数ヶ月経つが、使用人達も私に不便がないようにと手話を習い始め、簡単な会話ぐらいは出来るようになった。それでも、会話が成り立たないときや急ぎの用があるときは筆談で対応しなければならないこともあるのだが……


 それでも、侯爵家にいたときよりかはいくらか生活が楽になり、心も穏やかになった気がする。

 皆私の耳について理解があり、だからといって特別扱いするのでもなくあくまで耳が聞える人と同じように不便がないようにと気遣ってくれているのだ。

 障がいがあるからといって、特別なわけでもなくまた差別される邪魔者扱いするのでもなく、一人間として接してくれるのは本当に感謝してもしきれないことだ。




「トーノ、ご飯よ」




 私は、アグラードから貰ったキューブ型の肥料を、子供のマンドラゴラのトーノの口と思しき場所に持っていく。すると、トーノは嬉しそうに顔を歪ませてキューブ型肥料をパクパクと美味しそうに食べ出した。

 そんなトーノの様子を見て、私は思わず笑ってしまう。


 マンドラゴラには感情などないはずなのに、どうしてこんなにも可愛いと思ってしまうのだろうか。

 これはきっと愛しいという感情なのだと思う。


 もし、私達の間に子供が出来たらこんな感じなのだろうか……と。

 そんなことを考えていると、私の考えを詠んだのかアグラードは私に微笑みかけきた。




『俺と君の間に生れる子はきっと、君に似て可愛いだろな』

「で、殿下ッ!」




 私は思わず叫んでしまい、その拍子にトーノを落としてしまった。トーノは床に2、3度バウンドすると痛そうに膝を曲げていた。




「……殿下はやめてくれ。先月まではアグラードと呼んでくれたじゃないか」

「そ、それは……その、皇太子殿下……だと、気がつかず」

「気にしなくていい。俺と君は恋人同士じゃないか。それに、君は未来の妻なのだから。アグラードと呼んでくれても……」




 アグラードは私に分かるようにゆっくり口の形が分かるように話すと、寂しそうに眉を曲げた。

 確かに、私は彼をマンドラゴラだと思っていたし、人間の姿に戻ってからも皇太子殿下だと気がつかなかった。


というのも、数年前敵国との戦いに出向いた皇太子率いる軍勢が一夜にして消えてしまったと風の噂で聞いたことがあったぐらいで、正直皇太子の名前は覚えていなかった。記憶に薄かったというか、それよりも第二皇子である彼の弟の方が目立っていたというか……


 兎に角、数年前にアグラード皇太子殿下が失踪してからは弟である第二皇子が皇位を譲り受けるだろうと言われていたのだ。だから、アグラードが戻ってきたことにより、状況が一気に変わったのだ。

 きっと、第二皇子側の貴族達は黙っていない。


 しかし、アグラードはそんなこと気にする様子もないので私は何も言わなかった。




「……で、でも、無礼じゃ」

「だから、気にしなくていいんだ。それに、殿下なんて……他人みたいに。そっちの方が俺は悲しい」

「で、では……アグラード様で」




と、私が返すと彼は仕方がないと言った感じで微笑み私の頭を撫でてくれた。


 子供扱いされているような気もしたが、これは私が彼がマンドラゴラだった頃にしていたことと同じだったと気づく。それでも、彼の手はマンドラゴラだったときとは違い、体温も感じ、私の手よりも一回り、二回りと大きく頼りがいのある男性の手だった。


 優しく、ガラス細工を扱うかのように優しく撫でる彼に、私は頬を赤く染めた。

 そして暫く私の頭を撫でた後、アグラードは私にキスをした。アグラードとのキスは甘くて蕩けそうな気分になる。




「でん……アグラード様」

「ミューズ」




 アグラードは私の名前を口にして再びキスをしてきた。

 アグラードは、まるで私が好きだと言わんばかりに何度も、何回も私に口づけをしてくる。そして、二人とも甘い雰囲気になりこれからといった所で、アグラードは顔をしかめた。


 どうしたのかと思い、彼の視線の先を追ってみると先ほど床に転がったトーノがアグラードの靴を短い根の足で必死に踏みつけていたのだ。




「何度邪魔をすれば気が済むんだ」




と、アグラードは屈んだかと思うと足を踏みつけていたトーノをひょいと持ち上げて、釣りあげた。

 トーノは持ち上げられても、根の部分を歪ませ釣りあげると怒ったように短い手でアグラードを殴ろうと必死にぽかぽかと空を切っていた。


 そんな光景を見て、私は思わず吹き出してしまった。




「ミューズ?」

「フフ……ごめんなさい。だって、アグラード様がマンドラゴラに嫉妬、しているのが、可愛くて」

「そりゃ、嫉妬もするだろう」




と、アグラードはトーノを再び床に置くと、今度はトーノの頭に軽くチョップを入れた。


 トーノは、叩かれた頭を抑えながらアグラードを見上げている。

 その姿が、なんだがおかしくって私はまた笑ってしまった。けれど、ちょっぴり可哀相な気もする。

 そう思った私は、トーノを抱き上げると叩かれた頭を優しく撫でて上げた。




「ダメですよ。アグラード様、この子はまだ子供なので」

「だが……」

「大丈夫、です。私が好き、なのはアグラード様、だけなので」




と、言うとアグラードは嬉しそうに笑みを浮かべると、トーノごと私を抱きしめてきた。


 私は、トーノと一緒に抱きつかれて苦しかったが、それでも幸せだと思った。






***




「……ん、あれ……?何だか、温かい、よぉな」




 翌日、目が覚めると隣に誰かの温もりを感じた。

 しかし、アグラードは公務があるといって昨夜は一緒に寝ることは出来なかった。




(もしかして、アグラードが早く仕事終わらせてきてくれたのかも……)




と、私はシーツをめくってみるとそこには、クリーム色の髪をした丸裸の少年がすやすやと幸せそうに寝ていたのだ。




「んんんんんッ!?」




 私は驚いてベッドから転げ落ちそうになったが、なんとか持ちこたえた。

 どことなくデジャブを感じるのは気のせいだろうか。


 私がベッドの上で身構えていると、幸せそうに眠っていた少年はふぁあと大きな欠伸をし、寝ぼけ眼を擦りながらこちらに顔を向けた。綺麗なビー玉のような蒼い瞳と目が合う。

 すると、裸の少年はパッと顔を明るくし私に抱きついてきたのだ。




「みゅーずしゃま!」




 声なんて聞えるはずないのに、確かに目の前の少年は私の名前を口にした。

 全く状況が理解できずにいると少年は、私に甘えるようにすり寄ってくると、私の胸に顔を埋めてくる。その甘えたな所とか、クリーム色のくせっ毛を見て私は親近感を覚える。


 そこで、ようやく私の脳みそが覚醒し始め状況を理解し始めた。




「貴方、もしかしてトーノ!?」




 そう私が目の前の少年の名前……マンドラゴラの名前を口にすると、少年は私の言葉に答えるように首を縦に振った。

 どうやら、私の予想通り、この子はトーノだったようだ。


 トーノは私の腕の中で満足そうな表情をして、再び眠りについた。きっと、朝が弱いタイプなんだろう。



 それにしても……



 腕の中で眠っているトーノに再びシーツを被せて上げようと思った瞬間、扉が勢い良く開く気配がし私は振返った。




「ミューズッ……!」

「お、おはよう、ございます。アグラード様」




 息を切らせながら入ってきたアグラードは私を見つけると、そのままの勢いで私を抱きしめてきた。

 私はアグラードの胸元に顔を埋める形になり、彼の匂いに包まれる。


 アグラードは私を離すと、トーノの存在に気づいたのか、トーノを指差しながら驚いたような顔をしていた。




「誰だ、この少年は……」

「え、えっと……その」




 何があったんだと訴えかけるように、必死に私の肩を掴んだアグラードを見て、きっと今の状況を説明しろと言っているんだろうと察し、私は、ことの経緯をアグラードに説明をした。





「―――――と、いう、ことで」

「ほぅ……」




 アグラードは納得したのか、それとも呆れているのかよく分からない返事をしてきた。そして、アグラードは暫く黙り込むと何か考え事をしているのか顎に手を当てていた。


 トーノには、子供服を着せてみたが、彼はまだ眠そうに目を擦ってはこっくり、こっくりと舟を漕いでいた。

 私はトーノの頭を撫でながら、アグラードが何を言うのか待っていると、彼は紙とペンを取り出して何かを書きだした。




『その子は、あのクリーム色のマンドラゴラで間違いない?』




 そう、書いた紙を渡してきたため、私はその下に文字を書いて再びアグラードに返した。




『うん。この子もまた、マンドラゴラに姿を変えられた人間なのかな?』




と、私が書くとアグラードはそれはないというように首を横に振る。




『それはないだろう。だって、この子は君が召喚したマンドラゴラなのだから』




 アグラードは、紙にそう書くと顔を大きな手で一掃した。

 その間、トーノは私の桜色の髪を三つ編みにするなどして暇を潰していたが、次の瞬間アグラードに睨まれパッと手を離した。


 彼は知っているが、私はマンドラゴラを召喚できるという変わった召喚魔法を使うことが出来る。

 それは、アグラードマンドラゴラを引き抜いたその日から使えるようになったもので、ここ数年で12匹のマンドラゴラを召喚しているのだ。召喚方法は簡単で、土に向かって念じるだけで、念じたところから生えてくるという仕組みである。


 そして、このトーノは最近召喚した言わば末っ子マンドラゴラなのだ。


 暫く、睨まれていたトーノだったが負けるものかと何か反発しだした。私には聞えなかったが、私の腕の中でトーノは暴れアグラードを指さした。




「みゅーずしゃまは、ぼくのだぞ!」

「子供のくせに何を言う。彼女は俺のものだ!」

「みゅーずしゃまは、ぼくに優しくしてくれるんだ!アグラードしゃまよりもうんと、優しくしてくれるんだ!」

「それだったら、俺だってミューズに沢山甘やかしてもらったことがあるぞ!」

「みゅーずしゃまは、僕だけに優しいもん!」




 トーノは、アグラードの胸ぐらを掴むと前後に揺らし始めた。何を言っているかは分からないが、どうやら、私を取り合っているように見える。


 そんな二人を見て私は思わず笑ってしまったのだ。

 なんだ、この二人は。まるで親子じゃないかと。


 その笑い声が聞こえたのか、二人の動きは止まりこちらに視線を向けた。 

 私は、涙を拭いながら言う。




「あはっ、ふふ……二人とも、私が好き?」




 私が聞くと、二人は顔を真っ赤にして俯いた。どうやら、図星だったらしい。




「じゃあさ、三人仲良くしようよ。ね?それでいいでしょ。なんだか、家族みたいで、楽しい」

「……ミューズがいうなら」




と、アグラードは仕方ないといった感じで微笑んでくれた。 


 トーノはやった!というように、私に抱きついてきた。




「じゃ、じゃ、ぼく、ふたりの子供になれるよう、頑張るね!」




 そうトーノは無邪気に笑うが、何を言っているのかは分からなかったため私は笑顔で流した。

 だが、アグラードの方はしっかりと聞えていたようで、少し険しい顔になっていた。






***




「わーい!みゅーずしゃまと、お出かけだぁ!」

「フフ、楽しそうね」

「ミューズ、危ないから俺から離れないように」




 昼下がりの城下町。私達はお忍びで街に来ていた。

 アグラードは心配性らしく、私の腰に腕を回して密着してくる。正直歩きにくいのだが、きっと彼はこれが普通なのだろうと思いそのままにしていた。


 トーノもアグラードをまねするようにひっついてきてさらに歩きにくくなる。




「ちょっと、歩き、にくいかな……」




と、苦笑いでアグラードに訴えると彼は申し訳なさそうに謝ってきた。 


 しかし、離れる気はないのか更に強く抱きしめてきた。

 すると、隣で歩いていたトーノがアグラードの服を引っ張った。




「みゅーずしゃま、困ってる!めっ!」

「それを言うなら、君が離れるんだ」




 アグラードは負けじとトーノの頬を両手で挟むと、ぐにっと引っ張っていた。

 トーノはその手を嫌そうにはらうと、今度は私の手を握ってきた。




「みゅーずしゃまぁあ!アグラードしゃまが虐めるの!」




 そう泣き真似をして助けを求めてきた。

 アグラードが私を見る目がとても怖かったが、ここでトーノを見捨てることなど出来ないためトーノの手を握り返して上げた。


 それを見て、アグラードはむすくれる。




「はあ……今だけは譲ろう。その代り―――――」




と、アグラードは腰に携えていた剣を鞘から抜きいつの間にか後ろに迫っていた黒服の男に振り下ろした。

 男は間一髪で避けたが、彼の持っていたナイフが地面に落ちる。




「ミューズを命に代えても守るんだ。分かったな」




 そういって、アグラードは街人に紛していた暗殺者達の注意をひき付け私の元を去った。

 そして、すぐに私は彼らが最近アグラードのいっていた第二皇子の勢力なのだとさとる。




(こんな街中で暗殺を……いや、街中だから……なのかも)




 アグラードと離れ、一気に不安が押し寄せてきた。

 こんな時、耳が聞えていたなら……もっと早く気付けていたのかも知れない。アグラードと意思疎通が出来たかも知れないと……


 それに―――――




「みゅーずしゃまは、ぼくが守るからね!」




と、緊張した顔で私の周りを確認するトーノの姿。

 彼はマンドラゴラとはいえ身体は人間の子供だ。そんな子に無理などさせられない。

 ここは、応援を呼ぶしか……と、思っていると遠くの方からナイフが一本私の方に飛んできた。




「……ッ!」




 私は反射的にトーノを押し倒す。そして、その瞬間背中に痛みが走った。

 幸い、刺さることはなかったが肩に突き刺さる感覚が襲う。

 私は歯を食いしばりながら、ナイフが飛んできた方を見ると黒服の男が二人立っていたのだ。彼らは私達を囲むように近づいてくる。


 私は慌ててトーノを抱えてその場を離れようとするが、もう一人の男に回り込まれてしまった。

 私は必死に逃げ道を探す。だが、回り込まれてしまったため逃げ場はない。


 どうしたものかと、トーノを抱えながら考えていると、腕の中に居たはずのトーノはいつの間にか抜け出し男達二人を睨み付けるように立っていた。




「何だ。このガキ」

「標的は、皇太子とミューズ嬢だろ。ほかっとけ」




 何やら話しているようだったが、黒いマスクで口元が覆われているためさっぱり何を言っているのか分からなかった。

 その間にも、彼らはナイフを構え私達に近づいてくる。




 その時だった―――――




『キェエエエエエエッ!』




と、あの鼓膜を破るような悲鳴が耳ではなく脳内に響いてきたのだ。

 ハッと、私はトーノを見ると彼のクリーム色の髪の毛は金色にひかり、まるで覇気を纏っているようだった。




「あ、頭が割れる……」

「く……何だ此奴」




 目の前の黒服の男達は、頭を抑えながらうずくまり始めた。


 トーノが何かをしたのだろうか? とトーノを見ると口を大きく開き何かを叫んでいるようだった。しかし、黒服の男達意外にその声は聞えていないようで、直接脳内に響いているようだった。

 そうして、トーノがもう一声叫ぶと、黒服の男達は完全に白目をむき気絶してしまった。




「ト、トーノ?」

「みゅーずしゃま!」




 トーノはすぐに駆け寄ってくると、嬉しそうな顔をして抱き着いてきた。


 正直、まだ少しだけ怖かったので私はトーノを抱き返す。すると、トーノは満足そうに微笑んだ。

 褒めて褒めてというように頭を突き出してきたので、私は彼の頭を優しく撫でてた。彼が私を守ってくれたのだ。こんなにも小さな身体で。




「無事かっ!ミューズッ……!」




 暫くして、アグラードが走ってこちらに向かって来るのが見える。しかし、その姿は一瞬にして見えなくなってしまった。


 そして、次の瞬間には私はアグラードの腕の中に包まれていた。

 突然の事に驚きながらも、私は彼に大丈夫だと伝えようと彼の背中に手を回した。




「ああ、良かった……君まで巻き込んでしまって……」




 そう言って、アグラードは私を抱きしめる力を強めた。 

 それは痛いほどに……。彼の気持ちが伝わってくる気がして、私は何も言えなかった。

 でも大丈夫だよと、生きているよと。私はただ抱きしめることで彼に私の思いを伝えようと必死に抱き返す。


 その様子を、トーノは黙って、それでも何処か微笑ましそうに見ていたのであった。






***




「マンドラゴラの王?」

『ああ、トーノはマンドラゴラの中で王と呼ばれる存在なんだ』




 暗殺者の襲撃後、暫く立ったある日アグラードから話があるから来てくれと執務室に呼ばれ衝撃の事実を伝えられた。


 私の向かいの席には、皇室の一員であるかのように着飾られたトーノがニコニコとした様子でこちらを向いて座っていたのだ。



 アグラード曰く、マンドラゴラにも階級というものが存在するようで何百年に一度王と呼ばれるマンドラゴラが誕生するようだ。しかし、それには12匹のマンドラゴラを使役する必要があり、召喚者によって12匹のマンドラゴラを召喚し、契約する必要があるらしい。


 つまり、私がその召喚者であるということ。

 私はただ、耳が聞えなくなって侯爵家からの扱いも酷くなり社交界からも隔絶され友達もいなかったため、話し相手というか一緒にいてくれる人がいればいいと思ってマンドラゴラを召喚しただけなのだが、召喚しただけで契約成立になるとは知らなかった。




「でも、12匹しか……」




と、私が口を挟むといただろう。もう1匹……とアグラードは自分を指さした。


 確かに、彼はマンドラゴラだったが……


 そう思いつつもこれ以上突っ込んでも余計に分からなくなるだけだと私は何も言わなかった。

 そして、マンドラゴラを12匹召喚した後召喚された13匹のマンドラゴラであるトーノと私はもう一度向き合った。




「ぼく、おーさまなの!」




 トーノは二パッと笑うと、胸を張った。

 そんなトーノを横目に、アグラードはさらに紙に書いて付け足した。




『初めは、トーノを野に返そうかと思っていたが、マンドラゴラの王となるとまた話は違う。彼の力は、帝国に利益をもたらし、国の繁栄にも役に立つだろう』




と。何でもマンドラゴラの王は、その土地にいるだけで福を招くというのだ。


 また、他のマンドラゴラと違い鼓膜を破るような悲鳴だけではなく、直接脳内に悲鳴を響かせることも出来るのだ。

 そのため、周りに被害を出すことなく敵を無力化できるのだそうだ。


 トーノは凄いんだと、アグラードが自慢げに話すのを見て、私は思わず笑ってしまった。

 トーノは褒められて嬉しかったのか、私に抱き着いて頬ずりしてくる。


 可愛いなあと思いながら、私はアグラードにトーノをこれからどうするのかと尋ねた。




『君が望むなら、皇宮に置いておくことも出来るだろう……しかし、まだ力を制御しきれていない』




 アグラードは、一旦落ち着けとトーノに言うと説明を続けた。


 トーノはまだまだ未熟で、力が安定していない状態だという事だ。

 その為、今は契約者である私の傍に置くことで安全を確保しているのだ。しかし、もう少しだけ実践をつみ力をつけなければならないのだという。


 そう告げられ私は、トーノに目を向ける。




「みゅーずしゃまを守れるぐらい、つよくなりたいから、ぼくがんばるね!」




と、トーノは笑うとアグラードに向かって礼をした。


 それから二人は一言二言話し、話がまとまったようでトーノは少しの間修業に出すという。

 何でもマンドラゴラの専門家がいるようで、その魔術師に弟子入りするという。


 暫しの別れか……と私が落ち込んでいると、トーノは私の頬に手を当ててニコッと微笑んだ。



 そして、唇を重ねてきた。


 突然の出来事に私は驚き固まる。トーノは暫くすると顔を離し、悪戯っ子のように笑った。

 トーノの後ろでもの凄い見幕でこちらを睨んで……トーノを睨むアグラードの姿が見え私は一瞬ひやりとしたとしたが、トーノは私の命の恩人でもある。一度ぐらいなら……許して上げよう。きっと、キスの意味も分かっていないだろうし……




 そうして、トーノは使用人達に連れられ部屋を出ていった。

 残ったのは、私とアグラードだけ。 

 先ほどの事もあり、アグラードはかなり怖い顔になっていた。




「嫉妬してるの?」

「ああ、そうだ」




と、アグラードは頷く。




「まだ、子供のマンドラゴラよ?」

「それでもだ。子供のマンドラゴラでさえも嫉妬してしまう」



 そう言って、アグラードは私の手を取り口づけをする。

 そして、そのまま腕を引かれ抱きしめられる形になる。

 アグラードの腕の中に包まれた私は、抵抗する気もなく彼に身を任せていた。


 この温もりを、感じたかったのだ。ずっと……

 最近は忙しくてろくに互いの体温を確かめ合う時間が無かった。こうして、二人きりで抱き会う時間も。

 トーノがいないのは寂しいけど、こうして二人きりの時間が出来たことは喜ばしいことである。




「アグラード様」

「何だ、ミューズ」

「キス、して下さい」




と、私は自分の唇をトントンと二回さした。



 アグラードは、その言葉に驚いた表情を見せたがすぐにフッと笑い私に口付けを落とした。

 マンドラゴラ達に愛されるのも勿論いいけど、矢っ張り私はアグラードに愛されたいし愛したいと心から思うのであった。







ここまで読んでいただきありがとうございます。

耳が聞えない侯爵令嬢とマンドラゴラの第二弾でした!


もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想、レビューなど貰えると励みになります。

他にも、1作連載、1作完結作品、短編小説もいくつか出しているので是非。



恒例のこそこそ話は泥酔悪役令嬢に引き続き、第二弾なので特にないですが。

こちらは、第3弾まで続く予定なので(その先は未定)もし出した際には、お暇つぶしに読んでもらえると嬉しいです。

マンドラゴラはいいぞ!



それでは、次回作でお会いしましょう。




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