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遠い隣人との狂想曲  作者: 五味
遠い何処か
8/10

現在位置の完全喪失

天野は、突然頭を殴られたような衝撃を覚えて覚醒する。

操縦席を兼ねたカプセルに備え付けの、意識覚醒機構によるものだろうかと考え、それを否定する。

天野はその機構に、これまでお世話になったことはないが、聞いている話と、覚えた感覚があまりにも違うからだ。

開いた目には薄暗い操縦席が映る。

どうやら機体の主電源が、落ちているようだ。機体の損傷がそれほど大きいのだろうかと、そんな事を考える。それとも覚えのない安全機構、味方機との接触により一時的にという事が有るのか。直前の状況を考えれば、彼に思い当たる節もあるが。それにしても、戦闘時用の各種補助機能も動作していない。主電源だけでなく、バッテリーによる補助電源で機能するはずのそれすらも。


天野は薄明りの中、手動で操縦席に満たされた溶液を排出し、カプセルから外に出る。

接続されたままの背中のケーブルが、途端に重量を感じさせる。そして今更ながらに、非常灯が灯る操縦室内、補助電源は動作しているのだと、確認する。

直前の作戦行動で、彼の体には相応の負荷がかかっていたようだ。少し動くたびに、鈍い痛みが彼を苛む。

コーンの再起動を行うため、操縦席の奥、手動操作のコンソールを動かす。どうしたところで、機体の電源を落とす機会は多い。人類はどうしたところで、こういった手動操作からは完全に開放はされないらしい。皮肉交じりに、ディランと話すこともあったが、そこでの結論と同じ。自分が巻き込まれる等とは、彼は露程も考えていなかったが、非常事態では確かに有用だ。

一先ず電源系の破損確認を行う。万一核融合炉、その隔壁等に破損があれば、機体諸共消えうせる事になる。致命的な破損が発生していないことを確認し、再起動を実行する。

併せて天野は表示された、致命的ではない問題点を細かく確認する。戦闘による熱疲労。無理な軌道により、荷重が過度にかかった個所では摩耗や変形が。動力炉では無く、それを守るための物ではあるが。

また、過剰な電力の供給は一部の回路に負荷を与え、冷却液、燃料、それらの残量にしてもという物だ。


その中で一つ、彼はどうしても気になる項目があった。

コーンに搭載されている核融合炉の停止した時間が、コンソールの表示時間とほぼ差がなく記録されている。

まるで、自分が意識を取り戻すしばらく前に、同時に停止したようではないか。補助電力は今も供給されている。実際に試験を行ったわけでは無いが、それこそ数日は、補助電源だけでもコーンの全機能を利用できる。そう聞いていたというのに。

ここにきて、彼は改めて気が付く。そもそも、自分は、何故、意識を失っていたのか。それが判然としない。


天野は直前の記憶をさかのぼる。

ベノワの機体に体当たりをして、あの、わけのわからない歪みに自分の機体が引き寄せられ、それから先を何一つ思い出せない。何事もなければ、引き寄せられただけで終わっていれば、このような状況に陥る前に他の班員たち、特にディランの手によって、既に問題が解消されているだろう。だというのに、現状は。

なんにせよ、恐らくそこで、自分が気を失うような何かがあったのだろう。

その何かに一切心当たりはないが、それこそ電源系が再起動してから。すべての記録を確認すればいいだけだ。まだ戦闘が継続していれば、天野の機体はこんなに悠長な状況に置かれていない。ならばその時間はあるはずだ。

いや、それよりも先に通信機器が回復すれば、客観的な確度の高い情報が手に入るか。他の班員の機体は、今も健在だろうから。

そこまで彼が考えを進めるたところで、主電源が回復する。


彼にとっては、すでに手癖で行える、機体制御システムの再起動作業を行う。

グループごとに分けられた、各種システムに電源の供給を指示。最低限の電力供給で、まずは機体全体の自己診断を実行させる。

問題がなければ起動。問題があるものを保留として次々と振り分けていく。


「再起動完了。おはようございます。天野中尉。」


操縦室へと電力が供給され、コンソールによって周囲が照らされる中、操縦者補助用AIも再起動する。

一度電源が切れたため、AIの状態もリセットされ、通常状態となっている。戦闘時、作戦行動時における手続きを意識させる端的な物では無く、ストレスの低減を主目的とした、天野が大まかな設定を決めた物に。


「レディ、通信機器周りの再起動を補助。同時に、先ほどの珪素生命体との戦闘、並びに現時点までの行動記録を、全てまとめて表示してくれ。」

「了解です。直前情報と現在の機内タイムスタンプ誤差、220秒。保持された記録、入力された行動記録をすべて作成。

 特記事項を抽出しました。どうぞ。

 通信システム再起動迄、残り作業時間およそ90秒。機器の破損、再起動予定に含まれない機器が含まれています。通信精度の低下が予測されます。」

「ありがとうレディ。通信機器の復帰作業完了次第、戦闘隊の他機体と相互通信を確立。行動記録の補完を。再起動予定にないものは、電力の供給に問題があるか、機器の破損が判明しているものだ。主電源が停止している間に処理を行った情報を参照してくれ。そちらでも処理に余裕があれば機体全体の診断を。

 また、稼働可能になった外部センサーを順次起動、周辺状況の確認。」

「了解しました。」


対話型のAIとしての本領とでもいおうか。

ほとんど人間との会話と変わらない調子で、天野とレディは会話をしながら各々作業を行う。単純作業、コーンに付けられた膨大なセンサー。その確認作業は天野と比べ物にならない程、レディは早い。天野が見るモニター、その一つを占有し、各種機器の名前、その後ろに次々と使用可否が色分けされて高速で流れていく。

そちらは任せ、天野はまとめられた行動記録に目を通す。

そこに書かれていたことは、自分が直前までの記憶として認識していたものと、差異がない。

あえて気にするとすれば、コーンの全ての機能が一斉に停止していることだろうか。主電源、並びに操縦室に置かれた最低限、コーン内の操縦者の生命を維持するために、補助電源もしくは非電源系として設計されている物、それ以外が一斉に停止している。

主電源が落ちたからと考えれば、納得できないことではないが、違和感はある。予備電源も機能していないが、補助電源は動作している。

予備電源で動いている生命維持装置の記録には、天野は違和感しかない。

記録では、連続して問題なく動いている。そう記載されている。天野が意識を取り戻すまで、記録が正しければ、約一四〇秒。その間も機器の記録としては、問題なく稼働しているとなっている。

では、問題なく動いているなら、なぜ自身は意識を失っていたのか。意識を失う、それを易々と行わせるような装置では無い。

そして、意識を失っていたにもかかわらず、何故覚醒処置が行われていないのか。直前までは戦闘行動をとっていたというのに。


「レディ、生命維持装置に関してだが、何故覚醒処置が行われていない?」

「生命維持装置、並びに関連装置の確認。

 各種薬剤に、不明な重量増加を確認したため破棄されています。」

「重量増加?」

「原因は不明。成分に変化は一切なく、体積にも変化は見られません。」


天野の頭を疑問が埋める。納得事の出来た事はただ一つ。規定によって薬剤が破棄されている。ならば、確かに覚醒処置は行えないだろうと。


「あり得るのか?」

「計器のエラーの可能性もあります。順次確認を行いますので、しばらくお時間をいただきます。」


人類が重力を克服して久しい。

重力子の存在は完全に解明され、人は重力を好きな場所に発生させ、望むがままに、重力が働かない場所を作り出せる。逆に、それを与える事も。


「重力管理システムは、補助電源でも稼働するシステムだったな?」

「はい。稼働記録も連続性を持っています。」


故障はない。そもそも宇宙区間で停止に至る問題が起きれば、天野も今のように操縦室内を歩き回れていないし、慣性制御カプセル内から伸びるケーブル。その重さを煩わしく感じる事もない。


「これは、一度保留にしよう。廃棄とは、すでに機体外への投棄が行われたということか?」

「いいえ。投棄までは行っておりません。

 廃棄物密閉処理などが完了していないので、一時的に隔離層に移されているだけです。」

「ならば、そのまま機体外への投棄を行わず保持。

 本日突然始まった状況の、原因特定を行うための材料になるかもしれない。それでなくとも、不測の事態で重量増加が行われたのであれば、医療部に提出する必要もあるだろうしな。

 密閉処理を行ったうえで、隔離層に別途区画を生成、そこで保管しよう。」

「了解です。通信機器の再起動完了。戦闘隊との双方向通信確立に失敗しました。

 通信可能な範囲に、対象が存在しません。遠距離通信システム、接続試行。失敗。周辺へ自由通信帯域を利用して、接続を試行。応答なし。」


天野は頭痛を覚える。

直前まで同じ宙域にいた相手と、連絡が取れないというのはどういうことだと。

遠距離通信システムはまだわかる。システムがダウンしている間に移動を行えば、相対位置座標を喪失してしまい、そもそもワープ自体が不可能になるからだ。

接続の試行を行い、直ぐに応答がない。それほど他の機体とは離れていないはずだ。流石にそこで何かがあったとして、天野を問答無用で見捨てる様な手合いばかりという訳でも無い。それこそ、機体外部に記憶媒体くらいは張り付ける。それぐらいはしてくれるはずではある。


「周辺状況を確認するため、外部カメラを最優先で復旧してくれ。

 現在完了していない作業を一時保留、外部カメラの破損は無視。すぐに稼働できるものだけでかまわない。」

「了解です。作業優先度を変更。稼働可能なカメラの画像、モニターにでます。」


空間に投影されたモニターには、天野の全く予想していない光景が広がっている。

周囲には木々が生い茂り、鮮やかな緑と幹の茶が目に優しい。

木々の先には、青空が広がり、まばらに白い雲が浮かんでいる。

下には草が深く生い茂り、赤茶けた土がところどころでその色をのぞかせている。

先ほどまで、銀河の端。碌に恒星系も存在しないエリアにいたのだ。それが何故こんな惑星に。それもまるでテラフォーミングが終わった後の様な。


「なんだ、これは。」


天野はそれ以外の言葉が出ない。


「レディ、周辺モニターの情報は取得できているか?」

「はい。記録に残っている、直前状態との一致率は0。

 観測される構造物から、当機は現在、人類の生存可能性が非常に高い惑星上に存在すると、判断できます。」

「そんな惑星が、作戦域に存在していたか?」

「いいえ、記録が存在しない時間で、移動できる範囲にも存在しません。」


では、ここは一体何処なのだ。

自分は、いったい何に巻き込まれたのか。

天野の思考が空回りを始めだす。


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アルファポリス
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