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遠い隣人との狂想曲  作者: 五味
序章
2/10

変わらないはずの一日 2

「レディ、一班に通達。三班に合流しない五機は直ちに当機と合流。二班との合流を目指す。」

「指令受諾:一班に通達。」


これで何も起こらなければ、勘の虫に踊らされた馬鹿な男が一人笑われるだけだ。

そんなことを天野は皮肉交じりに考える。

あくまで他の班員は、天野の指示に従っただけ。そうすることができる。合理性の無い命令を聞いた、疑問を呈さなかった、報告しなかった。そんなくだらないことを言い出すだろう相手の顔も、天野の脳裏をいくらかよぎるものだが。

それにさらされる班員たちへの補填は、まぁ、いつもの通り。そうするしかないだろう。


「一班、了解。五機を二班との予測合流地点へ向けて移動開始。」

「音声ファイルを一件受諾。再生しますか?」


指示への対応報告に加えて、音声ファイルが届いている。

目的を明確にせず急に指示を出せば、確かに疑問の一つもあるだろう。指示への返答、それとは別になっているのは、手続き上の都合、それでしかない。


「レディ、ファイルを再生。」

「指令受諾:ファイルを再生します。」

「小隊長殿。あまりに急な指示ですが、二班になにかトラブルですか?

 状況が分かるのであれば情報の開示をお願いしたいのですが。」


どこか、からかうような声色で録音された、一班班長の音声が再生される。

天野と付き合いが長いこの男は、常々この任務に対して退屈を口にしていた。それも仕方の無い事だが。

ほとんどが新兵、そうなると付き合いの長い彼には、どうしたところで補助的な役割を頼むことになる。要は全体の管理、間に合っていない所への補助。そういった物だ。それも、こんな銀河の最果てで。

何も起こらなければ、それこそ一日の就業時間はモニター、代わりばえの無いそれを眺めたら終わる。閑職と呼ぶにふさわしい業務がただ続く。

これが、本当に何某かの対応が必要な事態だとすれば、少しは退屈しのぎになると考えているのだろうか。


「レディ、音声録音。非常事態の演習だと考えるように。現状では、何も問題は確認されていない。」


言い切った後に、現在の指示を完了させ、続けて指示を出す。対話型のAIと言えど、このあたりは、それこそ初期の頃と変わらないらしい。どうしても、指示は一つづつ切り分けて行う必要がある。軍として行動記録を残すため、そういった理屈も彼は聞いたこともあるが。


「レディ、一班班長に音声ファイル送信。」

「指令受諾:一班班長に音声ファイルを送信。」


この間にかかった時間は、十分にも満たない。

目的地までの移動時間はまだまだかかる。それが、どうにも彼を焦らせる。

こうして指示と移動を続けている間も、先に歪みを見たモニター。その自己診断を数回行わせているのだが、結果は正常。問題が起きていない。そうとしか結果が出ていない。録画されたデータ、それを見返したところでそんなものは存在しない。

それでも、彼はただ焦燥感が募る。


移動を続けて、双方向通信が可能な距離になれば、一班の班長と少し気を抜いて話すのもいいかもしれない。

ただ何もない空間を移動し続け、空いた時間に手持無沙汰を感じ始めた天野はそんなことをぼんやりと考える。

就業時間外ではコミュニケーションをとるものの、思えばこの宙域に向かうように言われて、かれこれ半年以上。指揮下にある面々と顔を合わせて話をしていない。補給にしても、軍の拠点に戻って受けられるわけでもなく、設営用の資材、それを運んできた輸送・補給艦から受けただけ。

物理的に近い距離でのコミュニケーション、それを当たり前とする者もいれば、いっそ煩わしいというものもいる中で、天野はその時間を心地よく感じていた。

同様に長い付き合いの隊員たちも、搭乗機から降りれば何かと集まっていた。

気質の似たものが集められているのだろうか。それとも、そんな変わり者とされる手合いだから、未だに天野について来て、こんな僻地に一緒に追いやられているのか。

そもそも現在の人類は設計され、生産されるものだというのに、未だに個体差があるのは何故なのだろうか。


長時間続く無為な時間を、こういった思索で過ごすのが天野の習慣でもあった。それなりの成績を残して、軍学校の課程を修了した。初任務でもそれなりの評価は得たものだが、結局二つほど大きな、天野にとっては大きな事件に巻き込まれ、今ではすっかりとこのような状況だ。

そして、業務時間内ですら、強化され、それなりの部位を機器に置き換えられた天野としては、閑職に回されればその時間を潰すためにと、試作や興味に基づいた過去の情報を漁る。そういった事にどうしても手を出す。


そんな思考を一瞬で停止させるかのように、音声が再生される。レディの報告も無く、再生指示も待たずに。


「二班班長から小隊長へ。助けてください!急に奴らが、奴らが現れました。

 あいつらはここまで来ないはずじゃないですか!

 なんだってこんなところにあいつらが。

 今、二班全員で拠点設置予定地へ移動してます。

 応戦はしていますが、二班だけでは対処しきれません!」


再生された音声ファイルからは、ただただ慌てた女性の声が流れてくる。内容は間違いなくレディがこちらの判断を待たずに再生するようにと、非常コードが添えられた物なのだろう。内容にしても、それにふさわしいものだ。

奴らとしか言ってはいないが、間違いなく珪素生命体の襲撃にあっているのだろう。こんなところを根城にする、酔狂な犯罪者などいない。襲うべき獲物がいないのだから。

初遭遇から一六年以上も侵入してこなかった、万が一遭遇したとして、追ってこなかった宙域で。珪素生命体の襲撃が起こった。


嫌な予感が現実になった。

この瞬間の天野の考えをまとめてしまえば、その一文に尽きた。


「レディ、射手座方面軍に緊急通達。8.5光年内で珪素生命体と接触を確認。襲撃を受ける。至急救援を乞う。」

「指令受諾:射手座方面軍司令部に緊急通達送信。

 警告:当情報が受理されるまで、最短六十分を要する。」


音声ファイルに添付されていた宙域図、それを合わせて送り、天野もそれを更新情報として自身の物に反映させる。

撤退予定方向、マークされている珪素生命体、その位置も併せて。

通信に時間がかかる、方面軍司令部と外縁、それも銀河外の観測拠点設置予定地との距離を考えれば最短一時間でも十分すぎるほど早い。現行技術の事を考えれば。ただ、やはり何処までも遅い、実際に襲撃を受けた事実を報告し、その対応が行われるまでと考えれば。

母星方面で技術革新が起こり、飛躍的に通信可能距離が伸びた等という話を、天野も聞いたこともあるが。それこそ最新技術など、こちらの方面に割くのはずいぶんと後になるだろう。

少なくとも今ないものをねだっても仕方がない。

割り切るしかない、現状で対処するしかないのだと無理やり飲み込み、天野は次の指示をだす。


「レディ、各班長へ通達。二班が珪素生命体の襲撃を受けている。現在敵の総数は不明。

 各班・各員は直前の指示に従って行動を継続。」

「指令受諾:各班に通達。」

「レディ、二班に通達。救援要請を受諾。現場の詳細を可能な限り報告せよ。

 また、現在六機が二班との合流に向け移動を開始している。

 レディ、併せてこちらの予定航路を二班に送信。」

「指令受諾:二班に通達。予定航路送信。」


天野がモニターの一つを確認すると、予定していた合流時間までは二班の移動が無ければ、残り四〇分程。天野が己の感じた予感、それに従って移動を始めたのが、既に五〇分前。それだけの時間を短縮できてはいる。二班の撤退経路は間違いなく最短距離、それを考えれば合流まではさらに早くなるだろう。

通信にかかる時差などを考慮すれば、結局一時間近くは二班の現有戦力で凌いでもらわなければならない。事実報告として天野が受けたものにしても、タイムスタンプは共通時にして二〇分と少し前。

二班から追加の報告が来なければわからないが、現在合流に向かっている六機だけで対応できないようであれば、さらに撤退を続けつつ、方面軍からの増援を待たなければならなくなるだろう。観測拠点、それを放棄したうえで。

それにかかる時間は、果たしてどれぐらいの物になるのだろうか。

途中、方面軍本体では無くとも基地はある。そこと合流できるだけでも、状況によっては対応しきれるだろうが。だが、現在の彼の上官。それを思えば、切り捨て時間を稼げと言われ、基地ごと撤退をしそうなものだが。この緊急事態を本部に確実に報告する、そのような言い訳と共に。


どうあがいたところで楽観できる要素が現在はない。それでもと、天野はただ己の思考を戒める。

今はただ不安を飲み込み、連絡を待つしかない。少なくとも彼は、己の班員をみすみすと見殺しにする気はない。


ただ、それにしてもと彼はやはり考えてしまう。

一六年変わらなかったものが、唐突に変わった。人類の歴史から見れば、ごく短い期間でしかない。ただ、それでも。

理由は何なのだろうか。

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