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魔女の試練  作者: 銀柑
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魔女と弟子

初めまして。銀柑と申します。

初めての投稿となりますが、少しでも楽しんで頂けたらと思います。

私生活の関係で連投は出来ませんが、ちょこちょこ書いていきたいです。

──魔女とは。


一、高貴、下賎関係なく等しく魔女として知識、見識に優れ、博愛の精神の元、それを実践出来る者の事を指す。魔女となった者達は身体のどこかに魔女である事を表す印が刻まれ、王国民との区別が可能となる。


一、魔女は何によっても縛られず、人にも国にも属さず、時には法律まで縛られてはならぬ。その対価として魔女は世界に対して貢献する事を義務付けられている。(※別紙「魔女の法律規定」一頁参照)


一、魔女に認定されるには『始まりの五魔女』の弟子となり、知識を身に付け、『魔女の試練』と呼ばれる試練の後、達成すれば魔女を名乗る事を許可される。

『魔女の試練』の内容は与えられた魔女見習い以外、知る事は許されない。


(デンメルンク王国法 一部抜粋)



──アウレリア暦128年

大陸内では長きに渡りその地に住む民族や遊牧民との争いが続き、人々の心も身体も疲弊し心は荒んだ。更にその頃には日照りや水害等が起こっては土地すら痩せ、作物が育たぬ有様。次第に人々は少しでも豊かな土地を求め、部族や集落といった単位で寄り集まった集団同士で土地を奪い、田畑を奪い、財産を奪って更に戦いは激化した。

各地では終わりの見えない戦いの中、それでも安寧と安息と繁栄を求めて人々は戦い続けるしかなかった。しかし、夢敗れた者達の血と愛した者を失った人々の悲しみと怨嗟の涙が恵の雨の代わりにその地を濡らし、更に土地は荒廃していくばかり。不毛の地が広がって次第に動植物さえも姿を消していった。

そうしてこの大陸に住む人々は徐々に人を減らし、部族を減らし、人の住めない荒れ果てた広大な土地が増えていったのという。


しかしある時、大陸の外から『五人の魔女』と名乗る者達が現れた。


一人の魔女は水害の多い地域にかかった雨を降らせる分厚い雲を手の一振りで退けて、日照りが続きひび割れた地面が続く土地には雨を降らせたという。

一人の魔女は作物が育たぬ程に硬くなった地面を、自身の足の爪先で小突いて地面を隆起させては各地に豊かな土を作って回り、水害の多い地域に流れる川から石と土を動かして支流を作った。

一人の魔女は何かの植物の種に己の息をひとつ吹きかけて豊かになった土の上にぽとりと落とすと、その種は瞬く間に根を生やし、葉を芽吹かせ、十を数えた頃には周囲を青々とした森へと生まれ変わらせた。

一人の魔女は蝗害という天災によって、田畑を食い荒らした蝗共を風で巻いあげ空中で一塊とし、それを煌々とした光を放つ業火によって一匹たりとも逃さず焼き尽くした。

一人の魔女は当時大陸中に蔓延した「黒石病」という、手足末端から徐々に黒く変色し、最終的には身体全てが石と化して死ぬ病魔を、己の知識によって創り出した特効薬により人々からその病魔を退けた。


人々は目の前でその奇跡が起こる様子を茫然と眺めている事しか出来なかったという。

すると、茫然として戦意を失った誰かが手に持っていた武器をゴトン、と落とし、また一人、また一人と相手を殴ろうと振りかぶった腕をゆっくりと降ろし始める。そうして長きに渡った戦いは急速に終わりを告げたのだった。

争いをやめた者達はその場で敵対していた者達と握手を交わし、家族や愛しい者達が生命を失わずに済んだ事に互いを抱きしめ合って喜びの涙を流したという。

後にその大陸で起こった戦いは「終わりなき百年戦争」と呼ばれ、現在では歴史書に記され語り継がれる事となった。

その戦いを生き延びた者達はそれぞれ村や町を作り、最終的には併合し国となった。そして、この大陸を救った五人の魔女の存在になぞらえて五つの国に分割され、それぞれの国は互いを助け合う同盟国となり、暫くの間平和な世が続く事となる。


平和な時代が幕を開けてから少し。五人いた魔女は一人、また一人と大陸から姿を消し、存在すら忘れ去られ人々の記憶からその存在すら薄れていった。もはやその存在は古い書籍や、子供達に語り継がれた御伽噺や言い伝えくらいにしか残されてはいない。


しかし、いつの時代からか定かではないが、『魔女見習い』と名乗る者が各地でちらほらと現れる。

その者達は国の変遷期や王の代替わり、クーデターや流行病が流行った頃など、様々な場面や場所で現れては陰ながらその動きを支えたのだという。

しかし、その者達は結局どこにも属さず、自身の目的や役目を終えるとすぐにどこかへと消えてしまう。どこから来たのか、何が目的なのか。疑問をぶつける者もまた多かっただろう。だから、訝しむ者達に向かってその者達は自身の身体の一部に刻印された特殊な痣を見せると、声を揃えてこう言うのである。

──『魔女の試練』の途中なのだ、と。


そうして『終わりなき百年戦争』から300年の月日が経過した時、一人の魔女見習いが『魔女の試練』に挑もうとしていた。




「クラリス。これからお前には『魔女の試練』を受けてもらう」


黒のとんがり帽子をかぶった老婆の鋭い視線が目の前の人物を射抜く。ツンと高慢にそらされたのは細い顎か、それとも高い鷲鼻か。肩の高さで緩く結ばれた髪の毛はパサついてごわついており、その色は白髪の多さも相俟ってくすんだ色のアッシュグリーン。老婆は黒いローブを身にまとい、上から下まで全身をくまなく見ても物語に出てくる正しく意地悪そうな『魔女』そのものの出で立ちである。

対して、目の前のクラリスと呼ばれたのは今年で12歳の小柄な少女だ。目の前の目付きの悪い老婆にギロリと見下ろされたが、特に怯む様子はない。それどころか幼子らしい表情を見せる事なく、どことなく飄々とした雰囲気で無表情のまま老婆を見上げている。

クラリスが『否』を唱える事はない。

──何故ならば、このクラリス自身こそが望んで『魔女の試練』へと臨もうとしていたからであり、断る理由など何ひとつとしてないのだから。

足を交差し、後ろに引いた右足のつま先をコン、と軽く少し傷んだ床板を打ち鳴らす。そうして様々な草の汁で汚れたエプロンと冴えない色の灰緑色のワンピースをつまみ、ちょこんと軽く小さな頭を下げて淑女の礼であるカーテシー。淑女というには小さいが、それでも周囲の者達に舐められないようにと、これも目の前の老婆から教えてもらったものである。


「はい。師匠」


頬にかかる榛色の髪の毛がさらりと揺れ、美しい夕焼け色の瞳が無表情な本人の感情を表したかのように嬉しげにきらりと煌めいて老婆を仰ぎ見る。老婆の目は見た目の荒んだ様子とは違って美しいオリーブグリーン。日に透かした木々の瑞々しい葉の色と同じ色がクラリスを見ると猛禽類のように鋭い目線が上から下まで検分し、視線でその小さな体を突き刺した。


「その前に、その小汚い服装を何とかしな。あたしの弟子がこんな溝鼠みたいな状態じゃあ、なんとも格好がつかないからね」

「『可愛い弟子の門出に旅支度一式を奮発して用意してやろう』って事ですね分かります」

「そんな事、あたしゃひと言も言っとりゃあせんよ!!」

「では、この貧相な服装で私に旅に出ろと。嗚呼、創世を司りし神々よ。私は町から一歩出た瞬間魔物に喰われて死ぬ運命らしいですおよよよよ」

「口は回るのに、泣き真似は相変わらず下手くそだねぇ……」


そうして老婆は大きく嘆息する。

この少女の言う事も確かに一理ある。……ただ、一言も二言も余計なだけで。それがどうにも癪に触るので敢えて指摘はしない老婆であるが、クラリスのその余計な言葉を付け加えるクセに拍車をかける一因なのだに気付くのはいつの日か。……いや、これもまた二人なりのコミユニケーションであると考えた方が自然なのかもしれない。本人達が気付くかどうかは別として。

しかし、ただでさえ少女一人旅、それなりの旅の装いが必要であり、ましてや現在クラリスが着用している動きやすさ重視のペラッペラのワンピースとエプロンで旅に出るには無理がある。こんな服装で野宿なんてした日には風邪を引くのが目に見えているし、何よりも魔物に襲われてはひとたまりもない。クラリスの背丈をゆうに超える魔物なんぞいくらでもいるのだから。魔女はそれをよく理解している。


「…………明日、二週に一度の行商が来る日だ。旅の用意は既にあの若造に頼んである。近くの町までそいつの幌馬車に乗せてもらうといい。……それまで、この家から持っていく物を準備しな」

溜息をつかれながらもその話の内容は決して悪いものではない。

どうやら旅装等も師匠が準備してくれており、この家の必要な物は持っていってもいいらしい。やあやあ、なんて太っ腹。クラリスは小柄なのであまり沢山の物は持っていけないけれど、それでも助かる事に変わりはない。……ああ、そうだ。これも忘れないうちに言っておかねばと、小さな両手をお椀にして老婆へ向けて前へと突き出した。

……これは俗に言う、「お金をください」のポーズである。

勿論、老婆の眉間に皺が一本増えた。


「道中のお金ください」

「まったく、金にがめつい子だねぇ!誰に似たんだか!」

「それ、多分師匠に似たんだと思いますよ」

「相も変わらず減らず口ばかり言う子だよ!これでも持ってお行き!」

「ありがとうございます、師匠」

「仕送りはないからね!あとは自分で何とかしな!」

「……世知辛い世の中ね」


ふんっ!なんとでもお言い!

そう言い捨てた老婆が手をひらりと一振りすると、ぽん!と軽い音をたてて、クラリスの両手の何も無い空間から大人の拳ひとつ分程の大きさの皮袋が出現しそのまま手のひらへと収まった。チャリチャリと金属が擦れ合う音の数からするに、中々の大金が入っていることが察せられる。……相変わらず、心配を口に出さない人だ。元々意地っ張りな人だというのはわかっているけれど、その心根は優しい事を私は知っている。

フンフンと鼻息荒く部屋を出て行った老婆を、姿が見えなくなるまで見送った。そうしてクラリスは先程までの慇懃無礼な様子とはうってかわり皮袋を大事そうに胸へ抱き込むと、目を瞑って1つ大きく深呼吸する。

これからが私の始まり。そうして、ようやくスタートラインへと立てた。あとは私が頑張らなければならない。……覚悟を決めろ、私。

そうして目を開くと、もう見えなくなってしまった老婆へと向かって深々と頭を下げた。


「必ず立派な魔女になって帰ります」


だから、ここで待っていて。

……師匠の事を「おかあさん」と胸を張って呼べるように、この試練を達成してみせるから。

誰も居なくなったその部屋で、暖炉の火だけがぱちん、と弾けながら彼女の小さなひとりごとを聞いていた。

誤字脱字がございましたら、そっと教えて頂けるとありがたいです。

優しくしてネ……

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