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3話 届いたテレビ

 ピンポン


 秋守とのこれまでの会話を思い返して頬が緩みっぱなしの亜結。そんな彼女の部屋のチャイムが鳴った。


「お届け物です」

「はーい」


 亜結はいそいそとドアを開ける。


(いいタイミングで届いてくれた!)


 良いことがあった日は物事も順調に運んで幸せだ。これなら歓迎会にも余裕で行ける。


「乙葉亜結さんですね」

「はい、そうです」


 受け取りにサインをしてにこにこしている亜結に、配達のお兄さんが重そうな荷物を見せる。


「けっこう重いんですけど、部屋の中に置きましょうか?」


 亜結は目を丸くして置く予定の場所を見つめて考える。


 配達の人とはいえ、1人暮らしを始めたばかりの部屋に男の人を入れることに少し躊躇ちゅうちょした。しかし、小さい部屋とはいっても玄関から奥の部屋まで多少距離がある。


(この際、男手があるなら手助けしてもらおう)


 と、考えを切り替えた。


「お願いします」

「失礼します」


 大きな段ボール箱は部屋に入れると存在感を増した。


「ここでいいですか?」

「はい」


 帰りかけたお兄さんが動きを止める。


「あの」

「はい」

「テレビって書いてあるんですけど、1人で出せますか?」


 縦長の段ボールは腰の高さまであった。蓋を開けて引っ張り上げても、亜結の背丈では引っ掛かり難航しそうな気がする。


「手伝ってもらって・・・いいですか?」

「よろこんで」


 申し訳なさそうに言う亜結へ笑顔で対応するお兄さん。


「すみません」

「いえいえ」


 お兄さんはてきぱきとガムテープを剥がしテレビの取り出しにかかった。亜結も急いで段ボールを押さえる。

 中から姿を現したのは、四角い本体に4本の足が付いた旧型のブラウン管テレビだった。


「これ、テレビですか?」


 不思議そうに眺めるお兄さんは20代後半か。


「ブラウン管テレビって言うんです」

「聞いたことあるけど。これが、へぇ・・・」


 亜結はテレビの平らな上部を愛しそうになでる。


「祖父の遺品整理でもらったんです」

「写るんですか?」


 しゃがみこんでブラウン管と対峙しているお兄さんの姿に亜結はくすりと笑った。


「いえいえ、アンティークな感じがよくてもらっちゃいました」


 納得したお兄さんが大きく頷く。


「そうですね。おもむきがあるというか、味がある感じがしますね」


 亜結はその言葉が嬉しくて話を続けた。


「このブラウン管の部分を外して、なかに水槽すいそうを入れる予定なんですよ」


 テレビの上に葉の垂れる観葉植物を置くつもりだ。

 緑に包まれて魚の泳ぐアクアリウムが亜結の最終イメージ。


「ああ、いい感じですね」

「はい」


 亜結は満面の笑顔を向けた。


「あっ、行かないと。お邪魔しました」


 長居したことに気付いたお兄さんが慌てて玄関へ向かう。


「ちょっ、ちょっと待って下さい」


 その背に亜結が声をかけた。


「これどうぞ、手伝ってもらって助かりました」


 亜結が元気よく差し出した麦茶のペットボトルに二人の目が止まる。


「・・・・・・」


 中身が半分しかなかった。


(の、飲みかけ!)


 気付いた亜結が顔を真っ赤にして取り替える。


「失礼しました! こっちをどうぞ!」

「いえ、気にしないで下さい」


 お兄さんは吹き出しつつ断った。

 亜結は穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだったが食い下がる。


「どうぞどうぞ」

「いえ、当たり前のことをしただけですから」

「業務外の事をしてもらったので、どうぞ受け取って下さい」


 恥ずかしさにうつむきながら両手でボトルを差し出す亜結の姿は、殿様に貢ぎ物を渡そうとする人の様で更に笑いを誘ってしまった。


 結局、お兄さんが折れてペットボトル片手に車へ戻っていった。



 ひとりになった亜結はテレビを眺めてわくわくとしていた。


「これからよろしくね」


 そう言ってテレビを撫でて、さて・・・とテレビの後方に手を伸ばす。

 プラグを掴んでコンセントへ差し込もうとして手を止めた。


「見る訳じゃないからいいか」


 コードを束ねてゴムでまとめてぶら下がるままにする。次にテレビの裏側を確認した亜結は眉間にシワを寄せた。


「嘘でしょ? 何これ」


 裏のパネルが補強されていて厳重に留められていた。


「お祖父ちゃんったら、どうしてこんな事したの?」


 ネジの頭は潰され、補強で付けられたらしい金属の板も隙間無く貼られていた。見るからに手こずりそうだ。


「ああーーっ。ブラウン管外してから送ってもらえばよかったぁ」


 落胆した亜結はぱたりと寝転んで天井を仰ぐ。


「お祖父ちゃん、魔法で解決してくれない?」


 亜結は大好きな祖父に問いかける。


(大好きな私の魔法使い)


 物静かで寡黙かもくな祖父の唯一のジョーク。


『これは内緒だけど、お祖父ちゃんは実は魔法使いなんだよ』


 そう言った時のいたずらな表情を思い出して笑顔になった亜結の目がにじむ。


 機械いじりが好きで家電以外にオモチャも直してくれた祖父。ヨーロッパの血を引き、外国のイントネーションをわずかに残す話し方が好きだった。

 趣味部屋で沢山の家電に埋もれるように机に向かう後ろ姿が懐かしい。


(お祖父ちゃん・・・)


 潤む目を擦って亜結は起き上がる。





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